第27話


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! チキン屋ピディの出来立て熱々チキンはどうだい? そこの超イケメンなお客さん、美味しいチキンがたったの銅貨3枚ときたらもう、買うっきゃないよ!」

「じゃあ一つ頼むよ」

「注文一丁!」

「了解! ミミ、これ揚げ終わったやつね」

「うん!」


 鳥人らしくよく響くピディの声に呼応し、俺が揚げていたチキンをミミが丁寧に袋詰めして、料金の銅貨3枚と引き換えに客に渡す。子供から大人まで、熱々のフライドチキンを美味しそうに夢中で頬張る客の姿を見るだけでも楽しいし飽きない。


 今日は現実世界だと祝日ってことで、俺は昼間からこうしてピディの屋台――チキン屋を手伝っていた。この店以外にも周りには色んな店が並んでて、声を張り上げたり看板娘を置いたりしてあの手この手を使って客を引き寄せようとしていた。


 誰だろうといつでも自由に商売ができるかっていうとそうじゃなくて、商人ギルドにお金を払って登録しないとダメなんだとか。もっとも、王族のお抱えのマジカルユーチューバーならどこでやってもお咎めなしみたいだが。


 なお、ピディは獣人ってことでより多くの登録料を支払わないといけないらしい。それはなんでかっていうと、獣人や亜人の作る料理なんていかにも汚そうだし臭そうだから嫌だとクレームが多く入るからっていう理不尽な理由だった。


 そういう胸糞悪い話を聞いたあとだけに、俺は遠慮するピディを説得して、ミミと一緒に店の手伝いをしてるって格好だ。


 獣人や亜人の作るものが嫌だというクレーマー体質の客についても腹立たしいが、一度根付いてしまった差別感情ってのはそう簡単には消えないわけで、人間の俺がいるだけでも大分違うんじゃないかと思ったんだが、その影響かどうかはともかく売れ行きはかなり好調で、ひっきりなしに客が訪れていた。この分だとそのうち行列ができそうだな……。


「ふいー。今日はやけに売れるねえ。目標の額に1時間足らずで到達しちゃったよ。これもトモのおかげだな、ミミ」

「うん。トモのおかげだね」

「いやいや、俺なんてほとんどなんにもしてないし……」


 実際、俺はこうしてチキンを揚げることで、香ばしい匂いを風に乗っけて周りに届けてるだけだしな。このステータスなら油を被って火達磨になったとしても普通に生きてると思うし(そんなことをあえてするつもりはないが)。


 顔に向かって立ち上ってくる煙は少々きついものの、ホームレスを経験してることもあってこれくらいは余裕で我慢できる。


 意外なことにこのチキン、今まではあんまり売れることがなくて、たまに行商人かなんかが遠出のついでにまとめて買っていく程度だったらしい。それじゃ、また食べたいと思っても戻ってくるまでに時間がかかるし、そのうち忘れられてしまう。


 ピディのチキンは凄く上質な味がする上、彼が厳選したっていうスパイスが幾つも効いてて癖になるから、一度地元の客の口に入りさえすれば噂が噂を呼んで人気が出るはずだ。どんだけ差別しようが、生き物ってのは食欲には抗えないものだから。


「――ふう。さて、品切れだからそろそろ店じまいにしようかね」

『えーっ!?』


 並んでいた客が一様にショックの声を上げる。俺の予想通り、ピディのチキン屋は激安なだけじゃなくて美味ってことでたちまち大繁盛になり、またたく間に売り切れてしまったんだ。


 つーわけで、夕方くらいまで手伝うつもりが、今は午後3時くらいってことで予定より時間が余ってしまった。ピディはここから5キロほど離れた場所にある洞窟でコウモリ狩りの配信をする予定らしくて、ミミも近所の村の畑を荒らすゴブリン退治に参加して、その様子を配信するつもりなんだとか。


「それじゃ、ピディ、ミミ、行ってらっしゃい」

「おうさ、トモ。行ってくるよ!」

「うん。トモ、行ってくるねー!」

「…………」


 こうしていざ一人になっちまうと寂しいもんだなあ。うーん……俺はどうしようか? 情けないことに、二人と違ってまだなーんにも決めてないんだよな。


 現実世界に戻って当てもなくブラブラしようかとも思ったが、向こうだと学校以外じゃ散歩か空き缶拾いくらいしかやることないしなあ。この際だから思い切って配信してやろうか。


 ただ、ここで問題になるのはどういう配信をすればいいかってことなんだよな。最近、色んな人の配信を横から見させてもらったんだが、武闘家がスライムだけを素手で延々と狩るっていう変わり種や、パーティーとすれ違うたびに爆笑して逃げるなんていう迷惑系、世界の各地を転々とする旅人系、依頼を淡々とこなす正統派系、多種多様な配信があった。


 人気があるかどうかはコメント数で推し量ることができ、褒め言葉や罵倒、さらには配信そっちのけで信者とアンチが場外乱闘し始める等、現実世界とあまり変わらない光景も見られたもんだ。まあ世界が違うとはいえ、同じ人間がやってることだしなあ……って、またしてもいつの間にか脱線してしまった。


 これから俺が配信をするなら、どういうものを選んだらいいのかってのを考えてたんだ。


 人気が出れば王族のお抱えになれるってことで、とにかくコメント数を稼いで目立ってやろうと思う冒険者も多いようだが、俺はあんまりそういう派手なものには興味がないっていうのと、別に金には困ってないのもあって人気を得たいってわけでもない。そもそも、ある程度自分の好きなことじゃないと長続きしないだろうしなあ。


 自分の好きなことってなんだろう? そういや、ユーチューバーをやる前は毎日のようにゲームをやってたんだ。


 そうそう、その頃のネットゲームなんかはまさに黎明期だったこともあり、引きこもってたときによくプレイしてたのを今でも鮮明に覚えてる。昔は同時接続していたプレイヤーが一万人以上もいたこともあって、いわゆる遅延ラグってのが頻繁に発生して、ゲームから弾かれるサーバーキャンセル――鯖キャンが起こるなんてのは日常茶飯事だった。


 ネトゲじゃ徹夜してレベルを上げまくって装備も揃えて敵なしだったのもあって、廃人扱いされて掲示板じゃ一時期俺の強さについて話題になっていたこともあった。やってもいないのに不正だのなんだの。いわゆる、ろくでなしどもが集まる【廃人スレ】だ。


 昔はモンスターを横から殴ったとか、アイテム取引における詐欺行為を働いたとか、下半身に直結するような言動をしたとかでキャラクターを晒す行為が盛んに行われていたんだ。


 ただ、俺自体は晒されることもあったが迷惑行為を望んでやってたわけじゃない。強すぎるがゆえに目立ってしまったんだ。


 それなら、その頃のように大いに暴れ回ったらいいんじゃないか? ステータスも装備も、ネトゲで無双してた頃のように強いわけだし。よし、腹は決まった。強さをこれでもかとアピールできるようにしっかり準備するか。




 ◆◇◆◇◆




「異国風のイケメンな男だって? うーん、顔はよく見てないから知らんが、そんなの今じゃ珍しくもないしなあ」

『…………』


 ようやく辿り着いた都にて、少女が何人目かの通行人に人の行方を尋ねるも手応えは得られず、目立たないように木陰に立つ人物と困惑した顔を見合わせる。


 一人は白いワンピースを着たあどけなさの残る少女で、もう一人はレザージャケットに身を包み、胸元から腹部まで地肌を覗かせる蛇頭の男だった。


 彼らが探しているのは、別世界からやってきた滅法強い男であり、都でもその姿が見つからないということで途方に暮れていたのだ。


「あたしのダーリン、ここにはいないのかしら……」

「なあエシカテーゼ。いずれは見つかるだろうし、そんなに必死になって探さなくてもいいだろ? とりあえず暇だから、エッチなことでもして楽しもうぜ?」

「はあ? ジャフ、あんたね、いくら底なしに頭が悪いっていっても奴隷としての自分の立場くらいわかるでしょ?」

「へへっ。奴隷だからこそ奉仕するんだよ。さらに、もう一人雇ってそれを配信して金を取るってのはどうだ? 注目されまくり、興奮しまくりで金も儲けられるしウハウハだぜ!?」

「あら……それもいいわねえ。あはん……なんて言うわけないでしょ! この粗チン変人なまくらパイソンッ!」

「ぎへっ!?」


 緩みきったジャフの顔面にエシカテーゼの拳が文字通りめり込む。


「じぇ……じぇじぇじぇっ、じぇったい失明! じぇったい失明いぃぃっ!」

「うるさいわね。あんたっていちいち大袈裟なのよ。そんなの唾つけとけば治るわ!」

「ん、んなわけねええ! 今の一撃で一瞬目が飛び出たぞ!? 一体どれほど酷い環境で育ったんだ、このお転婆っ!」

「ふん、それこそ余計なお世話よ! こう見えて、いいところのお嬢様だったんだから!」

「……し、信じられねえ……」

「世の中そんなものよ! わかった? 勉強になったわね、この世間知らずのドスケベアホ面トンチキスネーク! やーい、ざーこざーこ!」

「こ、こいつ、言わせておけばあぁぁっ!」

「何よ!」


『――はぁ……』


 二人はしばらく言い争ったあと、お互いに溜め息をついた。


「もう諦めようぜ。俺たちで、そこら辺の通行人を挑発して喧嘩する配信でもやろう。そうすりゃ勝手に金を落としてくれる。兵士が来ても、ただのじゃれ合いだって言い訳すりゃいい」

「そんな簡単には諦められないわよ。ダーリンはあれだけ強いんだから、意外な時間帯に配信をやってる可能性もあるわ」

「んー、俺も何度か呼び掛けたけど、一向に始まらねえぜ。あの旦那、配信には興味ねえんじゃ?」

「そ、そうなのかしら?」

「そうだって。名前はだったかな?」

「カミムラトモアキ……? ちょっと待って。なんかそれ違うわよ。確か、じゃない?」

「いやいや、それも絶対ちげー! なんだっけ……トモノリじゃ?」

「あっ……!」

「ったく、あんたが間違ってるから、あたしまでつられて間違えたんじゃないの! このスカタン能無しクソ雑魚なめくじ!」

「お、おい、俺に責任転嫁すんな! てか、なめくじの名前出すなって! ゾッとするんだよ、俺はなめくじを想像するだけで気分が悪くなるんだ……」

「それじゃあ、今度あんたに特別に大量のなめくじをご馳走してやるわよ! あ、そうそう。カミムラトモノリ、カミムラトモノリ……あっ!」

「ど、どうした?」

「こ、これ見て……」


 配信者の名前を呼び掛け、イービルアイを覗き込んだ二人の目が見開かれる。そこには、が広がっていたのであった……。

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