第10話


「――おっと……」


 異世界の洞窟から現実世界の公園へ戻ってきたらそこはベンチの下で、俺は立ち上がろうとして危うく頭を打ちそうになった。正直、このステータスならベンチのほうが派手に壊れるとは思うが。


 次からはこんな窮屈なところじゃなく、以前のように高いところに異世界とのリンク地点を置こうかな。じゃないと公園でかくれんぼとかして遊んでる子供に入られる恐れがあるし。高い場所だとたまにボールかなんかが洞窟へ入り込む可能性はあるけど、そのときはまた戻してやればいい。


 そう思って見上げた空はとても眩しくて、もう赤く染まろうとしていた。まだ昼間くらいの感覚だっただけに不思議だ。異世界でそれだけ長くやってたってことか。いつもは時間がやたらと長く感じるっていうのに。楽しいと時間が過ぎるのはあっという間ってのは本当だったな。


 そういや、自分の顔をまだ見てなかったので公衆トイレへ行き、鏡を見てみることに。


「――ちょっ……⁉」


 一体誰なんだよ、このイケメン俳優……。ちょっと年は食ってるが、整ってるし精悍だしでダンディすぎて鳥肌が立つほどだ。エデンの首輪の威力を思い知らされる。どうせなら年齢と服装も変えてやろうってことで、【年齢操作】で見た目年齢を二十歳にして冒険者スタイルからスーツにしてみたら、自分に惚れ込みそうになってしまった。おいおい、ナルシストかよって自分に突っ込むくらい気分が上がってる。


「…………」


 お金が欲しいなら【換金】スキルで【倉庫】内にある魔石(微小)を変換すればいいだけだし、この勢いでホテルに泊まろうかと思って意気揚々とトイレを出たが、そこで俺は考え直した。


 というのも、人が普通に出入りするようなホテルで空間の歪みを作り出すわけにもいかないからだ。歪みは時間が経過するごとに徐々に小さくなるとはいえ、長時間残るようなものだからな。だったらあんまり人が来ないこの公園のほうがいいし、ここで寝泊まりしたほうが異世界へすぐ行くことができる。


 それに、この公園にいれば【あの子】とまた会える可能性もあるしな……って、何考えてんだか、俺は。不良少年たちにボコられるリスクはあるが、あのときと比べると遥かにステータスが高いから大丈夫だろう、多分。


 というわけで、俺はまず寝泊まりするための段ボール探しをすることに。


「……あ……」


 いや、待てよ? それなら金があるんだからテントを買えばいいんだ。っていうかわざわざショップへ行くのも面倒だし、寝床を自分で作れるスキルとかないかな。そういうのがあると便利なんだけどなあ……? よぉし、窓が出てきた。


『【物々交換】スキルを獲得できますが、枠は現在一つしかありません。それでも獲得しますか?』


 スキル枠が埋まってしまうとのことだが、よさげな感じのものが出てきたので俺は即座に獲得を決断する。スキル名だけでもなんとなくわかるものの、一応【鑑定】で効果を調べてみよう。


【物々交換】:金銭を除いて、何か欲しい物があるとき、自分の所有物と交換できる。ただし、それに見合った確かなクオリティがなければ量が増えても何も起きない。


 なるほど。たとえば、その辺に転がってる石ころや木の枝じゃ、いくら集めても欲しい物がパソコンや宝石だったら等価交換なんて到底できませんよってことだな。


 そうだなあ。魔石(微小)が【倉庫】に七個あるから、これ一個と手鏡を交換できないかどうか試してみよう。やっぱり人と接するようになると身だしなみも大事だからな(キリッ。


『手鏡を獲得しました』


 おお、魔石が消えたと思ったら手元に手鏡が出現した。そりゃ1000円の価値がある代物だしな。それにしても現実世界のアイテムなのにメッセージが表示されるとは。スキルを使って得たからだろうか。俺はもう一個魔石を取り出し、一軒家と交換してほしいと無茶な要求をしたものの、当然撥ね付けられた。そりゃ無理だよなあ。それなら、新品じゃなくて中古のテントならいけるかもしれない。


『テントを獲得しました』


 よしよし、使用感はあるが目立った傷もないし特に問題なさそうだ。もう周囲が暗くなってきてるってことで、俺は残り五個の魔石を全部取り出し、【物々交換】スキルで欲しいものを要求した。


『寝袋を獲得しました。牛丼(大盛り)を獲得しました。鯖寿司を獲得しました。ビールを獲得しました――』

「へへっ……」


 ウィンドウが俺の好物で賑わってるので思わず笑みが零れる。こんな調子で、俺は日用品から晩飯、嗜好品まで、欲しいものをどんどん手に入れるのだった。いやー、人間の欲望って本当に果てしないもんだなあ……。


「――うえっぷ……」


 さて、大いに満足したしそろそろ寝ようかと思ったところで、俺はあまり眠くないことに気が付いた。どうやら全然疲れてないっぽい。まあ体力が自動回復する安寧の指輪の影響もあるんだろうな。ってことで、俺は【強化】スキルを使用することに。これなら何をやっても負荷がかかるので疲れやすくなるはずだし、何より経験値を溜められる。


 おお、呼吸するにしてもなんか息苦しいし、凄くいい感じだ。この調子なら絶対すぐ疲れるし、寝られるぞ、これ……。俺は心地よい疲労感に包まれながら、意識が徐々に沈んでいくのを実感できた。


「……う……?」


 俺はテント内で目を覚ました。どうやら熟睡してたっぽいな。空は明るくなりかけてるし、そろそろ夜明けが近いってところか。昨日【物々交換】で手に入れた置時計を見ると、朝の6時を回ったところだった。半透明の窓には『レベルが上がりました』と表示されている。よーし、まずは【強化】スキルでどれくらい上がったかステータスを確認してみるか。


 名前:上村友則

 レベル:201→302


 腕力値:301

 体力値:301

 俊敏値:301

 技術値:301

 知力値:301

 魔力値:1

 運勢値:301

 SP:200→1210


 スキル:【暗視】【地図】【解錠】【鑑定】【武器術レベル2】【倉庫】【換金】【強化】【年齢操作】【解読】【覇王】【物々交換】

 称号:《リンクする者》

 武器:蛇王剣 鳳凰弓 神獣爪

 防具:仙人の平服 戦神の籠手 韋駄天の靴 安寧の指輪 エデンの首輪 深淵の耳当て


「なっ……⁉」


 想像以上の成果だったので震えた。まさか寝ている間に100レベル以上も上がってるとは……。でもよく考えたら、【強化】スキルを使うと呼吸するだけでも結構苦しいのに、そこに長時間寝るという行為が加算されているわけで、その間に経験値がガンガン溜まってこういう結果に繋がったんだろう。


 まだ上がるかなと思ってステータスをしばらく見てたんだが、レベルは不動のままだ。というか、もう呼吸が全然苦しくないってことは、経験値の上がり方も緩やかになってるっぽいな。これだけレベルが上がったのも、【強化】を使用して以降の初めての行動っていうところも加味されてるのかもしれない。


 そりゃ、慣れていることをやるよりも初めて体験することのほうが経験値の上がり方も半端ないだろうし? 初体験……か。自分で言っておいてなんだが、年齢=彼女いない年齢の俺としてはあんまり口にしたくない言葉だが。なんかステータスが一つだけ1だと見栄えが悪いし、俺はもう【魔法使い】同然だってことで魔力値にも300ポイント振っておくか。


 ん、どこからか複数の声が聞こえてきた。まさか、また不良少年たちが憂さ晴らしに俺をボコろうとやってきたのか? よーし、それなら今や302レベルとなった俺の実力をあいつらにも披露してやるときだな……。

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