竈の巫女

Naomippon

第1話 巫女に選ばれた少女

 その国には、竈の女神に仕える巫女たちがいた。その巫女は有力貴族の子女のなかから選び抜かれた、美しくて聡明な少女たちだ。巫女に選ばれることは大変な名誉であったが、同時に普通の人生との決別を意味した。これは、竈の巫女に選ばれ普通の人生を送れなかった少女の物語。

 

 竈の女神の巫女としての地位は国家によって保障されており、国民の尊敬と崇拝を集める。娘が巫女に選ばれる名誉を手にするため、有力な貴族たちは、両親はじめ一族をかけて大がかりな推薦と、コネと、賄賂と、あらゆる人脈・金脈をつかい、なんとかわが娘を巫女に選ばせようと奮闘する。


 晴れて巫女に選ばれた少女は、市中を美麗な行列で練りまわしたのち、巫女のために準備された館に入る。それは生まれ育った家との別れではあるが、そののち、巫女が市中に出かけるときは、かならず先導の兵士たちとおつきの者たちがつき、さらには市民全員の歓呼の声が響く。竈の巫女は、国家の繁栄と安泰の証なのだ。

 

 貴族の娘にうまれ、竈の巫女に選ばれた少女に、ステラという少女がいた。ステラは美人の誉れ高かった母親の容姿を引き継いだ美少女で、父親は裕福な有力貴族、一族そろって高位高官についている血筋の娘であり、それでいて奢ったところのない素直な気性だった。周囲の人間は、ステラが選ばれるのは当然のことと考えていた。

 だが、竈の巫女は同時に本物の聖職であり、竈の女神との緊密なる接触が必要とされる。竈の女神の神殿には、女神に捧げるための永遠に燃える火がある。だが、女神の怒りを被ったときには、その火は消えるか、もしくは神殿が焼失する。それは同時に、竈の巫女が竈の女神との接触を怠った証であり、国家の衰退のはじまりを意味する。

 竈の女神の火が消えるか、神殿が焼失した暁には、すべての巫女がその責を負う。それに国家が衰退してしまえば、もはや竈の巫女の地位も権威もない。しかし竈の巫女が有力者の人脈と金脈から選ばれるということは、神と交流ができるかどうか、という重要な巫女の資質については二の次にされるということだ。

 

 その問題の解決は、巫女の侍女たちにまかされていた。巫女の侍女たちを、神と交流できる霊能力をもつ少女にする。そして、巫女の地位にある少女は侍女の霊能力をかりて自分の仕事を行う。そうすれば、表面的には国家は衰退せず、巫女たちも自分の地位を守れる。ただし、本当に竈の女神の怒りをかわなければ、の話。


 巫女の侍女たちは、貴族の娘だけからではなく、一般の娘からも選ばれた。表面的には、巫女のお世話役として、神殿で働くためには霊能力が必要だというお触れにそって探されたが、本当に神と交流できる力を持つ少女を探していた。

 正夢を見る少女、失せ物を探し当てる少女、動物や植物と交流できる少女、未来を予言する少女。そうした少女のうわさを聞けば、神殿を統括する政府の役人がやってきて、その少女の霊能力について検証した。また、巫女に選ばれた貴族の家でもそういう少女を探していた。霊能力が本物と判定されれば、巫女の侍女として、巫女と一緒に神殿で働くことになる。もはや生家に戻ることはないが、そのとき両親には、一般家庭には多すぎるほどの金貨が贈られた。そのためどの家でも、霊感のある娘を売り込もうと必死だった。


 そうやって一般家庭から選ばれた少女のなかに、アメリアという少女がいた。アメリアが得意だったのは、モノの記憶を読むことだ。どの持ち物がどの主のものなのかは見るだけでわかったし、たとえば秘密の会議がなされているとき、その会議が終わったあとで、その会議に使われた机と椅子があれば、その机と椅子から会話の断片を読むことができた。

 その能力を役人に検証されたのち、アメリアは竈の巫女、つまりステラの侍女としてともに神殿で暮らすことになった。そのときステラは八歳、アメリアは少し年長の十一歳だった。

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