第16話◆これは夜の散歩

 急いで会計を済ませ店の外に出たが、日が落ちて暗くなり人も疎らになった道に、銀髪も怪しい四人パーティーもすでに姿がなかった。


 そういやあの銀髪、空間魔法使いだったな。

 当然のように転移系の魔法も使えるだろうし、転移魔法で宿に帰ったのなら変な四人組につけられるなんてことはないか。

 転移魔法ってかなり高度な空間魔法で魔力消費もやべーんだっけ?

 ま、俺は魔法は使えないからよくわかんないや。


 気になってつい勢いで飛びだしてしまったが、銀髪とはただの顔見知りってだけで、わざわざ面倒くさそうなことに関わりにいく必要はない。

 やっぱ俺には関係ないし、放っておくかなぁ。


 せっかくダーツで一番になったのに、金を貰わずに出てきてしまってもったいないことをしたな。

 くそぉ、俺が損しただけじゃないか!!


 ……なんか、ただ損しただけですごく悔しいな。


 会計を済ませて店を出たので、今更店に戻るのも気まずいし、今日は宿に帰って薬草でも弄ろうかなと思ったが、ただ損をするだけの行動を取ってしまったのがなんだか悔しくてそのまま帰るという気分にはなれなかった。


 宿かー、アイツはBランクだからそこそこいい宿に泊まっていそうだな。

 冒険者ギルドの裏手に当たる区画は旧市街地地区であまり治安は良くないが、ギルドに比較的近い場所にランクの低い冒険者が常宿にしている安い宿が多い。

 ただし治安が悪く窃盗や詐欺などにも遭いやすいし、部屋が汚く泊まると痒くなるような宿も混ざっているので要注意だ。

 しかもよく見ないと目的の違う宿が交ざっている。

 俺も冒険者になったばかりの頃は、旧市街地地区の安い宿屋にお世話になったが、稼ぎが少し増えた今は新市街地地区の少し綺麗な宿屋に泊まっている。


 アイツの宿屋も新市街地地区の方の宿だろうなぁ。

 冒険者をやっているけれど、元はいいとこのお坊ちゃんっぽい感じがするし。

 冒険者ギルドの正面側の大通り周辺と、その向こうの辺りが新市街地区画。

 現在も町並みを整備中で、古い建物がどんどん新しくなっていっている綺麗で治安のいい区画。

 こちら側は新しくて綺麗な店が多く、宿屋も綺麗で痒くならない宿屋ばかりだ。

 もちろん旧市街地の安宿に比べ値段は高く、上を見ればきりがない。

 稼ぎのいい冒険者は広くて安全で綺麗で、個室にトイレや風呂の付いた宿に泊まっているんだろうなぁ。


 アイツは俺よりいい宿に泊まっていそうだなー、冒険者ギルドに通いやすくて少しいい宿のある区画はあっちの方かなー、転移魔法使いなら場所はあんま関係ないかー?

 でも冒険者向けの高めな宿ってギルドに通いやすい場所ばかりだよな。



 ――なんとなくすぐに宿に帰るって気分でもないし、新市街地を少しぶらぶらしてみるか。



 ユーラティアで最も人口の多い王都ロンブスブルクも、夜になれば人通りも少なくなってくる。

 歓楽街やいかがわしい店が集まっている辺りは遅くまで賑わっているが、宿屋が密集している辺り、とくにお高い宿屋のある区画は客引きや酔っ払いなどの姿はなく静かで、道に人の姿は少ない。

 小綺麗な建物が並ぶ通りで空を見上げると、大きくて明るい月が高い建物の隙間にチラリと見えた。


 フラリと気の向くままにやって来たのは、収入の良い冒険者向けの宿屋や店が密集する区画。

 冒険者ギルドからあまり遠くないが、賑やかな表通りから少し奥まった通りにある静かな地区。

 暗くなってホテルと飲食店以外の店はほぼ閉まっていて、静かな住宅街の一角のような場所だ。


 王都の夜は俺が住んでいた山奥の田舎よりもずっと明るい。

 たくさんの建物から漏れる光、整備された道に設置された照明用の魔道具、それに加え今日は満月に近い月の明かりもある。

 ダメだよ、そんな明るい日だと真っ黒は逆に目立っちゃう。

 山の魔物だって、もうちょっとかくれんぼは上手だよ。


 それに冒険者の装備って金属や魔物素材が多いから、わざわざ真っ黒に染めている人って意外と珍しいから覚えやすいんだ。


 ねぇ、そこの宿屋の敷地に生えている少し大きな木の上に登って、葉っぱの中に隠れている黒ずくめのお兄さん、さっき料理屋にいたよね?

 よく銀髪の周りをうろうろしているパーティーの一人だよね?

 お揃いの黒い靴に黒いベルトの四人パーティーの一人だよね。


 あっちの宿屋の屋根の上、煙突の陰にも一人いるね。

 陰に同化できる黒ずくめだけれど、装備の金具が月の光を反射しているよ。


 向こうの閉店した武器屋の前で誰かを待っている風で新聞を読んでいるおじさん。

 目立たない普通の装いだけれど、新聞って朝発行するもんじゃないの? 夜遅い時間に道で読んでいるっておかしくない?

 料理屋にいた時と違う服っぽいけれど、冒険者っぽい装備を外して上着を換えただけかな?

 それにやっぱ靴とベルトが例のやつ。


 あ、建物と建物の間の細い路地に積んである箱の陰にもう一人。そこは確かに光が入らないから、全身黒の装備だと明るい通りから見えづらいね。

 でも人通りの少ない場所だから、ちゃんと気配を消さないとすぐバレちゃうよ。

 少し身じろぎしただけでもわかっちゃう。

 あ、路地にネコちゃんがいたんだ。ネコちゃんなら仕方がないね。


 お兄さん達、みんなお揃いの黒い靴に黒いベルトだよね。


 それがみんな同じ宿をチラチラと気にしている。

 あまり大きくないが、小綺麗で落ち着きのある外装の宿。


 ここがアイツの泊まっている宿か?

 ん? なんか俺、ストーカーみたいだな?

 いやいや、ストーカーは銀髪の周囲でコソコソしている怪しい人達だ。

 俺はちょっと夜風に当たりたくて散歩していたら、上級冒険者達向けの宿屋街に迷い込んだだけだ。


 俺は道に迷った田舎の子供のように、腰の引けた姿勢でキョロキョロと周りを見ながら、ゆっくりとした歩みでその通りを歩いている。

 いやー、こんなところで田舎出身の子供という属性が役に立つとは思わなかった。

 ホントは銀髪の泊まっていそうな宿屋を探すと、怪しいパーティーも見つかるかなとか思っていたけれど、だいたい夜の散歩!!

 きっとどっからどう見ても道に迷った田舎者!



 よぉし、誰にしようかなぁ?



 木の上のお兄さんに決めた!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る