ネピル


ステラの頬に一筋の汗が流れていく。恐怖からか目に涙がたまっている。どちらも僕には存在しないものだ。

 プナキアがそっと離れ、準備を始めに向かった。

「父さんは、人じゃない・・・」

 ステラは震えていた。その姿を見るのが辛かった。 しかし、一番辛いことは別にある。

「ああ、そうだ。 僕は人間じゃない」

 ステラの表情がどんどん硬くなっていく。その目は答えを探すように彷徨い始める。

 「僕は君の父親じゃない」

 今、僕は全てをぶち壊しにすることを言ってしまったのだろう。


 いや、もしかしたらはじめから何もかも壊れていたのかもしれなかった。この世界も人間もボリジンも、この洞窟も、はじめから終わっていたのかもしれなかった。ステラが、僕を嫌ってくれたらいいと思った。

 しかし、ステラは立ち上がった。その目がいつもよりも真っ直ぐ僕に差し向けられていて、思わずどきりとした。

「それは・・・違うよ」

 ゆっくりと近づいてくる。その体は僕の唇と同じく震えていた。

「人間じゃなくても、血が繋がってなくても、ロボットでも、父さんは僕の父さんだよ。それじゃ、だめなの?」

 熱がせり上がってくるのを感じた。僕は後ずさる。 ステラはまだ近づいてくる。

「・・・来るな。ステラ、君は何もわかってないんだ」

 「父さん」

 ステラの目は優しかった。

 否定して欲しかった。 拒絶して欲しかった。 嘘をついていたとめちゃくちゃに殴って、恨んで欲しかった。 嫌われていたら、ステラの大嫌いな相手になれたら、僕は完全な悪役を演じることもできるのに。あまりの罪の重さに、心がはちきれそうだった。そんな思いも知らずに、ステラは僕の背に腕をまわしぎゅっと抱きしめた。

「助けてくれて、ありがとう」

 僕は人間が大嫌いだ。

「ね、父さん。ずっと、自分の名前がないって言ってたよね 」

 どうしようもない痛みを噛みしめながら、ステラの背に腕を伸ばし返した。

「考えてみたんだ。 ネピルはどう?」

 ネピル。小さく呟いた。ただ、良い名だと思った。

「どうかな?」

 ステラは無邪気にはしゃいでいた。まるで今まで通りだった。

「ああ、ありがとう」

 手を彼の首元にくっつけて軽くさする。神経の1番集まっている場所を探し当てた。

 そして 、

「ごめん」

 うなじを打ちつけた。ステラの体から力が抜けていった。

「 どうし・・・て」

 ステラの目には涙が浮かんでいたが、汚れに染まった僕の指でそれを拭うことは躊躇われた。

 ステラを両手で抱えた。思ったよりも遥かに軽くて辛くなった。

プナキアが戻ってくるのが見えた。

「準備ができました」

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