20

20

『お父さんは時々ぼくをしかります。でもプナキアが慰めてくれるから、僕は泣きません。 こういう時のお父さんは怖いから嫌いです。 だけどプナキアはいつも大好き』

 つい、嫉妬の視線を送ると、気づいたプナキアは焦ったようにして、ステラの頭を撫でて褒め称えた。

「素晴らしい作文です」

 ステラはプナキアに褒められてはにかんだ。

「ねえ、作文終わったから遊んできていい?」

「いいですよ」

 ステラはガラクタのテレビの上に置かれてあったミニカーで遊び始めた。嫉妬はさておき、僕はプナキアに小さな声で話しかけた。

「覚えが速すぎる。それに」

 プナキアは不安げな目をしている。僕も同じだろう。不安と憂鬱が胸の中を支配していた。 

 僕らはステラの作文用紙をまじまじと見る。

「ここにある単語の半分は、まだ教えてない」

 ステラの身長がまた伸びた。極めてまん丸だった顔も、少しすらりと細くなったような気がする。それを再認識するごとに、またあの呪いが目の前に迫ってきて、僕らは息ができなくなる。

 ある日のことだった。仕事始めにグローブをはめていると、ステラが駆け寄ってきて尋ねた。

「お父さん、ぼく、外に行ってみたい」

 思わずギョッとして、ワクワクした顔を見返した。まずい。呪いのこともあるし、人の子を今、外に出すのは危険すぎる。ボリジンに遭遇したら大変な目にあうかもしれない。

「外なんて・・・誰から聞いたんだ?」

 まさかプナキアが?いや、彼がそんな唆すようなことを言うはずはない。

 ステラは表面の埃を払ってから、分厚い本を渡してきた。

「この本にね、世界は広いって、海とか山とか美しいモノにあふれてるって書いてあったんだ。 絵もついてるんだよ」

 と言ってページをめくってくれる。 そこには豊かな高地やエメラルドのように光る海の絵があった。確かに、この洞窟よりは楽しそうだ。

「ステラ、それは物語だよ。創作だ。ここの外には何もないんだよ」

 しかし、ステラは納得しない。

「じゃあ、お父さんはどこからシチューの具材を買ってくるの?」

「それは・・・」

「どうして外に出ちゃいけないの?僕もう子供じゃないんだ。もう六歳なんだよ?」

「六歳はまだ子供だよ。いくら作文が上手く書けても、計算が速くても子供なの。だから駄目」

 僕はつい声を荒げてしまい、さらにステラの反感を買った。ステラは膨れっ面をし、こぼれ落ちそうな涙をぬぐった。胸が痛むが仕方がないんだ。ステラを守るためだ。

「そんな顔したって駄目なものは駄目なの」

 ステラは唇を噛みながら睨んできた。

「じゃあ僕が大人になったらいいってことだね!」

「・・・ステラ、僕を困らせないでくれ」

 ステラは口喧嘩も強い。

「けど、お父さんの話だと、僕が子供だからダメなんでしょ。なら、大人になったら、いいじゃないか」

 ステラがあまりに必死な顔をするもので、僕の心は一瞬揺らぐ。しかし、どうしてもステラを外に出すわけにはいかない。そこで、閃いた。それは我ながら意地悪な、しかし最高の返事だった。

「わかった、大人になったら外に出てもいい。でも、僕とプナキアが君を大人と認めない限り、君は大人じゃないからね」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る