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「この赤ん坊をか 」

 わかっているのにわざと尋ねていた。合理的ではない行動だ。

 私は『動揺』しているらしい。確認するだけの時間が欲しかったのだろう。

 心というものが非常な厄介な代物であると、私は嫌々ながら気づき始めていた。


 名をつけてやってくれと言われたが、そんなことやったこともない。

 私は仕方なくプナキアに声をかけた。

「何か、いいのはないか? 」

 しかしプナキアは私の方を向いて、片言の言語で

「何カオ運ビデキルモノハアリマスカ? 」

 と言っただけだった。 私も今まではこんな話し方をしていたのだろうか? 不気味に思う。

 赤ん坊が、不都合など何もないというような顔で寝ている。

 しばし思考を巡らせる。


 だめだ、できない。候補をいくらか挙げてみたが、すべてステラに却下された。

「15A3Bはどうだ?」

「馬鹿野郎」

「じゃあ・・・21のC1 99は」

「この野郎!」

 

 自信作だった21のC1 99もダメだなんて、人間のセンスというのは奇妙で不可解で理解不能だ。

「そんな名前つけたら、かわいそうだろう」

 と言われたが、私達の間では名前と言えば、こういった形のものが一般的なのだ。人の価値観で勝手なことを言われても困る。

 しかし安らかな赤ん坊の寝顔を見ていると、思い直した。 この赤ん坊が人ならばちゃんと人間的な名前を付けてやろう。

 不意に、赤ん坊がぐずるような声を上げた。 ぎくりとして思わず赤ん坊を両手で抱え上げてしまった。赤ん坊の顔が、だんだんと圧力を中心に集中させたような、しかめっ面に変化していく。

「ど、どうしたらいいんだ? 」

 ステラから返答がない。笑っている。

「ふ、ふざけるな!教えろおい!」

 思考停止になり、自分が赤ん坊の平穏を壊しつつあることに、ヒヤリとする。

 そして赤ん坊が、一層悲痛な声を上げた。ぐずるような音だ。

 私は無様と言われても仕方のないような声を漏らした。 泣き出した赤ん坊が、人間の酔っ払いと同じくらい扱いにくいのを、経験上知っている。

 これは、泣かれる、私は覚悟した。聴覚神経の作動を50%低下させる準備をした。

 しかし、意外なことに赤ん坊は泣かなかった。

「あれ? 」

 それどころか、キャッキャと笑いだしたのだ。 手足をジタバタさせて私の顔を見て。その黒い瞳が、目の前の男と重なった。

 血生臭い世界の中で両親を失って、一人ぼっちだというのに一粒の涙も流さず、幸せそうに笑っている。


「ステラにしよう」

 私は男と目を合わせた。

「この子の名は、ステラだ」

 へんてこで、不思議だからステラ。 もっと知りたいと思わせて、新しい風を吹き込んでくれたから、ステラだ。

 私は両手の中にある新しい風を、眺めた。笑っている。

 私は自分が微笑んでいることに、今更気づいた。

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