20.シャーランの騎士

 シャーラン貴族であるキケの同道の申し出について、私は悩んだ。


 罠の可能性は捨てきれず、万難を排するならば関わり合いにならない方が良いのは分かり切っている。


 それでも、少年キケが語ったザカライアなる魔導士に我が娘の事を問いたいと言う思いは捨てきれなかった。


 そして何より、この少年は重大な情報を持っていた。


 シャーラン王国と屍神ししん教団が結託して押し進める死なない兵士についての情報を。


 それが本当の話であるならばこの少年のもとにも送られてくるはずだ。


 命を奪わんとする刺客が。


 そこに私は引っ掛かりを覚えていた。


 ここで同道せぬのは一人の少年を見捨てただけではないのかという思い。


 確かに我ら親子の旅は血に塗れた修羅の道行き。


 されど、誰かえれ構わず血を求めての旅路ではない。


 我らには我らの義があり、思いを持っている。


 そう悩んでいた私にスラーニャがキケに言った。


 一緒に行こうと。


 おやじ様がすぐにダメと言わないのだから大丈夫だと。


 それで、彼らと同道する事が決まった。


※  ※


 日が明ければすぐに温泉街を出ることにした。


 ゆっくり湯に浸かることはできなかったが致し方ない。


 あの場に留まっている方が危険を感じるのだから。


 さて、ザカライアという魔導士が住むと言う村は温泉街よりさらに東にある。


 我々が怪物退治の依頼を受けている村と方角は一致しているが、少しばかり手前だと言う。


 歩いて一日ほどの距離と言う事になる。


 先頭をキケとメイドのメアリーが、その後をグラルグスと今は彼に抱えられているスラーニャが。


 最後尾を私とロズワグンが並んで歩いていた。


「ふーむ、どう見ても単なる水晶玉何じゃがなぁ」


 ロズワグンは温泉街で野盗どもが持っていた水晶玉を片手で掴んでしげしげと眺めている。


「あの後、芦屋あしや卿の言う通り皆の魔力は戻ったな」

「連中の言葉から察するに教団辺りがこさえたのだろうが、何の魔法具アーティファクトを元にしたのやら……」


 この水晶玉の威力は、ここに住まう者にとっては死活問題になりかねない。


 皆が魔力を用いることに慣れており、それが不意に消えることに対する抵抗は大きい。


 私には分からない感覚ではあるが、周囲が感じているこの水晶玉に対する恐怖感は相当なものだ。


 私に対する恐怖とそう変わりは無いように思える。


「貴公がおらねば大分面倒な事になっておったわ」

「魔力無くとも戦えるだろう、君たちは」


 不快そうに顔を歪めて告げるロズワグンの言葉に私が肩を竦めて返すと彼女は片眉を吊り上げて言った。


「長柄を多数そろえられて多勢に無勢で来られれば切り抜けられたかは分からん」


 確かにそうかも知れない。


 ましてや相手には魔導士がおり、魔法を使えるのだから。


 得心したように彼女の顔を見ると、微かに頬に赤みがさしていたロズワグンはおずおずと言葉を絞り出した。


「だ、だからな、貴公には礼を言わねばならんと思ってな。その、助かったよ、ありが――」


 ロズワグンのお礼の言葉は途中で不意に途切れた。


 馬蹄の響きがすぐ傍で聞こえたからだ。


「えっ?!」


 先頭を行くキケが突然驚きの声を発する。


 前を見ればいつからそこにいたのか空からふってきた様に馬に乗った偉丈夫が我らの前に立ちはだかった。


「シャーラン貴族キケ・ジェスト殿とお見受けいたす。俺はシャーラン王直属の騎士イゴー。王の命によりお迎えに上がりました。大人しくご同行願いましょう」

「させません!」


 メイドが剣を抜き、身を低く構える。


 低く、まるで四足の獣の如く四肢を折りたたみ縮こまる。


 地蜘蛛の構え……。


地蜘蛛アーススパイダーか。だがお主の剣が俺に届くか?」

「やってみねば分らないでしょう……」


 一触即発の空気が流れる。


「イゴー殿」


 不意にグラルグスが口を挟んだ。


 イゴーは真っすぐにメイドのメアリーの切っ先を見据えながらグラルグスに言葉を返す。


「竜魔の王子よ、邪魔立てされませぬよう」

「もはや王子でもないわ。さりとて、その二人は我らの旅路の同行者、勝手に連れていかれては困る」


 イゴーと名乗った剣士は青い瞳を細めてグラルグスを次いで私を訝しく見て、何かに気付いたように目を見開いた。


「……子連れ……黒髪の剣士に金髪の娘……。おお! まさか、お主が……っ!」


 シャーランの騎士ならば当然我ら親子の手配書を目にしているだろう。


「さて、罪を犯した覚えもないが何故にか賞金が付いているな」

「ははっ、王はお主らのある限りゆっくりと休めぬそうだぞ! さてはて、単なる王の戯言ならば聞き流していたが……お主、強いな」


 私の返答に高く笑った後にイゴーは真顔になり双眸を細める。


 戯言扱いとは、シャーランの現王はいささか配下に舐められ過ぎではないか?


 いや、そうだからこそ、欲に目がくらんだ者以外は賞金首にそこまで注意を払わないのか。


「討つか?」


 私の問いかけにイゴーは低く笑う。


「応とも。されど娘には手は出さぬ。先ほども申したが王の戯言には興味がない」

「それならば、何故私と戦う?」

「知れたこと。武とは何か、その答えを得るには実戦しかあるまい」


 その言葉は妙に説得力を持っていた。


 なるほど、これがイゴーと言う騎士か。


 一目置かれるだけの男ではある。


 ただ、権力者が扱いやすい男ではない事も事実。


 何故、キケを掴まえる役回りを受けてきたのか。


 国に帰ればこの少年が殺されることは明白、それを良しとするような男でもあるまいに。


 私は思案しながらトンボに構える間、イゴーは如何なる魔術か全身を覆う金属鎧を纏っていた。


 馬に乗り突然現れた事と言い、この男の魔力は相当な物であろう。


 それが魔力に溺れず鍛錬に励んできたのであれば、これ以上の難敵はそうはいない。


 そして、この戦いを難しくしているのは、イゴー自身が難敵なのもそうだが、必ず王に忠実な者か教団関係者が見ていると言う事だ。


 イゴーは権力者の意のままに動く男ではない。


 そうなると監視役なりなんなりかが側にいるはずだ。


 そいつがスラーニャやキケを襲わないとも限らない。


 周囲の気配を察するには、目の前の馬上の騎士はあまりにも危険な相手である。


 南に来て最も危うい戦いになりそうだ。


 私は内心そう腹をくくり、イゴーに叫ぶ。


「参れっ!」


 と。


<続く>

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