8.依頼

 ロズワグンにはスラーニャの実の父との交渉をお願いしていた。


 どこの馬の骨とも知れない私ではなく、この地で高い影響力のある竜魔の、それも元とは言え王族であるロズワグンに交渉を頼めば話くらいは聞くだろうと考えたからだ。


 だが、奴はまるで取り合わない。


 漁色家ぎょしょくかであり数多の隠し子がいると言う話だったから、当初は認知をするような話になったそうだ。


 だが、スラーニャが北の地で殺されかけた娘と知ると態度を一転させ、忌み子を殺さねばならんと言い切ったそうだ。


 受け継ぐものは全て放棄すると言っても、そんな話ではないのだと取り合わない。


 そんな状況だ、これ以上ロズワグンを頼れば彼女にも危害が及ぶ。


 だからと言う訳ではないが、私はスラーニャの実の父を討つ決意を固めた。


「幾つかの国の王にも口添えを頼んだが、あの者は頑固でな」

「多大な労力を割いていただき感謝する」

「野暮な事を言うでないわ。北にて命を救ってくれたばかりか、使命を果たす手助けもしてくれた貴公の頼み。聞かぬと言う選択はない」


 まっすぐに私を見据えながらロズワグンは微か笑みを浮かべてそう断じた。


 それから眉根をしかめて思案するときの癖を見せ始める。


 緑色の翠玉の如き瞳の向かう先がふわりと彷徨うのだ。


「スラーニャが何ゆえ忌み子扱いされるのか、その根拠を探ってはいるがかつて忌み子とされた者達には共通点がない。そうなると、何をもって我が子を殺そうとするのか皆目見当もつかぬ」


 彷徨っていた視線が私へと再び向く、力強さの宿る緑色の瞳が。


「そもそも忌み子なんてものはな、不作の時の口減らしか、民衆の怒りを逸らすための犠牲の羊でしかない。かつての神殿でも使われる事が殆どなかった言葉じゃ。……もし、今でも使う所があるとしたら、それは屍神ししん教団くらいじゃ」


 ロズワグンはそこで言葉を切って、自身の絹糸のような髪を指先でいじくり始める。


「存外に勇者レオナルトは……スラーニャの父親は屍神教団と通じておるのかも知れぬ」


 勇者レオナルト、それがスラーニャの父親を示す言葉。


 私が北の地を巡っている頃に活躍し、勇者と呼び称えられた男が各国の王の口添えを無視する事ができるほどに権力を有した存在。


 つまりは、大きな功績をあげて王と言う立場になり上がったのがスラーニャの父親である。


 その勇者と屍神教団が通じている? ありえるのだろうか?


 屍神教団は多くの神々が死んだ今となってはこの地で随一の神殿勢力ではあるが、各国の王はそれでも死した神々を祭る神殿とのつながりを重視している。


 それは屍神教団の教義が過激であるからだ。


 屍神なる神は死者すら甦らせ不死を与える存在であり、その力は完全である。


 故に信徒となれば俗世に縛られる必要がないと言う教義は俗世を治める権力者には頭痛のタネでしかあるまい。


 その辺りはロズワグンの受け売りであり私は実際には知らぬことだが、話を聞くに王侯の支持を得られる教団ではないだろう。


 しかし、その怪しい教団とスラーニャの父親が通じており、忌み子扱いしているのだとすれば……事態は私が予想したよりもいっそう難しい状況だと言えた。


 実際に教団との繋がりがなくとも相手は一国の王、おいそれと斬る事はかなわぬと言うのに、そこに神殿勢力が加われば斬り捨てるなど無謀でしかないだろう。


 だが、どんな苦境とて現状を知ることができたのは僥倖だ。


「……いろいろとご尽力いただき深く感謝する」

「水臭い。余と貴公の仲ではないか。それにスラーニャの育成には余も一枚噛んでおるでな。……ただなぁ。ちょっと、頼まれてくれんかのぉ」


 珍しく言い難そうにこちらを伺うロズワグンに訝しげな視線を送ると、彼女は眉根を少しひそめて。


「その、な。その腕を見込んで怪物退治を願いたい。とある国の王に口添えを願った際に交換条件で出された話があってのぉ。力添え願えれば幸いなんじゃが」


 そう言ってきた。


※  ※


 宛がわれた宿の一室でスラーニャの髪を整えながら私は一部始終を話して聞かせた。


 むろん、実の父親の事は伏せているが。


「それで、引き受けたの?」

「あの姉弟だけでも十分だと思いはしたが……」


 髪油を一滴手のひらに落として良く伸ばし、肩口辺りまである金色の髪全体に手ぐしでつけていく。


 私の武骨な指先で手ぐしなどして良いのかと思わぬでもないが、当人が望むのだから仕方ない。


「それじゃあ、明日には出発?」

「怖がっている住民もいるそうだからな」


 なんでもここより東、山間の村に奇妙な怪物が現れたらしい。


 人を食うでもなく夜の山をかっ歩しているだけの怪物であり、危険度は低いとその国の王は考えた。


 だから騎士や兵士を派遣するほどでもないだろうが、放っておいては訴え出た住民に悪い。


 そこに腕が立ち身軽な竜魔の姉弟が頼みごとがあるとやって来たので、これ幸いとその件の解決を頼んで来たらしい。


 刺客などよりよほど真っ当な仕事だし危険も少ない様子、何よりロズワグンの頼みであれば聞かない訳にもいかない。


 その様な事を話しながら、スラーニャが大事にしている櫛を……以前私が買い与えた櫛を取り出して最後に髪をすいていく。


「ほら、終わったぞ。後は乾かして眠るだけか」

「じゃあ、乾くまでお話ししてよ」

「分かった、なんの話が良い?」

「勇者クレヴィの物語がいい」


 勇者クレヴィ、かつてこの地の外からやって来た古の大勇者。


 スラーニャの父親レオナルトとは比べるべくもなく非常に多くの英雄譚を持ち、かつてこの地で圧政を敷いていた邪神官を打ち倒して民を解放せし者。


 この大陸の子供ならば大抵が好きな物語の一つ。


「分かった。そうだな、今日は狂王ラスムファとの一騎打ちの話をしよう」


 故あってクレヴィについて多くの事を知っている私は、戦に狂った狂王と呼ばれた王との戦いの一節を脳裏に思い出しながら話し始めた。


 話が一段落する頃にはスラーニャは眠ってしまい、ベッドまで運んで横たえると私も休むことにした。


 ベッドの側に座り込み、剣を抱きながら毛布をかぶる。


 双眸を閉じると程なくして睡魔に襲われた私だったが、レードウルフの残党に会った所為か昔の事を夢で見た。


 この地に来た時の事を、竜魔の姉弟との出会いを、そしてスラーニャとの日々を。


<続く>

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