第19話 白魔塔
テルミラが研究室として使用している白魔塔は塔の中では一番初めに建設されたものである。
しかし、外観はまるで昨日建てられたばかりと見紛う程に美しかった。
そんな塔の目の前に立ったリオンの目には熱い炎が揺れていた。ちなみに休日という事もあって私服である。
「うぉぉ!! 絶対今日中に終わらせてやる……!!」
「おうおう、気合入ってるね〜」
熱く燃えるリオンを横目にテルミラが笑みを浮かべた。
片手で手刀を切って、舌先を覗かせる。
「休日なのにごめんね〜。まぁ、ある程度片付けば帰ってもいいから〜」
「ある程度? 具体的にはどれくらいなの?」
「ん〜……。ま、歩けるくらいかな?」
「──は?」
そう言ってテルミラは不穏な言葉を残すと、扉を開け、リオンを中へ誘った。
彼女の発言に底知れない恐怖を感じたリオンは恐る恐る彼女の魔塔へ足を踏み入れた。
そして──
「んなッ!?」
扉の先に広がるカオスを見て絶句した。
それはまるで盗人にでも入られたような、あるいは『竜這』の被害にでもあわれたかのような。
むしろそれ以外で正当な理由を考えられないほも悲惨で酷たらしい荒れた部屋の様子。
足の踏み場のない地面は部屋の三分の一を埋めている。
地面と一体化したテーブルの上にはいつかの食べ残しが青紫色に変色し、一部溶けていた。
せめてもの足掻きとして女の子らしいフローラルなフレグランスが撒かれているが、汚物の臭いと混ざって最悪だった。
リオンは念の為に持ってきたマフラーで口と鼻を覆い隠す。
テルミラが汚れてもいい服で来いと言った理由が分かった気がした。
「これは……なんというか……最悪だ」
「ストレートだね〜♪」
リオンが毒づいたにも関わらず何故かご機嫌なテルミラ。
彼は胡乱な目をそちらに向けた。リオンが細かな疑問を問う。
「これを歩けるくらいにすればいいんだよね?」
「うん!」
「ちなみに上の階も同じ感じ?」
「うん! あ、でも今日はこの階だけでいいよ! 二階は来週ね♪」
「……ワタシひとり?」
「そうだよ! よろしくね!」
「…………」
悪びれる様子もなく元気に返事を返すテルミラ。リオンは呆れて肩を落とした。
「……仕方ない。やるか……。本とか服とかもあるけど、こういうのは捨てなくていいよね?」
「うん! リオーネちゃんがゴミだと思う物を捨ててくれればいいよ」
「はいは〜い」
「あと中には危険な魔導書もあるから気をつけてね」
「はいは──……はい!?」
「それじゃあ私は上にいるから。終わったら呼んでね〜」
「ちょ──」
さらりと危ない事を言ったテルミラはゴミ山の上をぴょんぴょん跳んで奥の梯子から上へ上がっていった。
それを見送ったリオンは少しの後、作業に取り掛かった。
▼
作業開始から四時間が経ち、あらかたの片付けが終了した。テルミラの要望通り、歩けるくらいにはキレイになっていた。
しかしリオンの中の何かに火が付いてしまい、彼は今、床を水拭きしている最中だ。
「わぁ!!」
不意に声が聞こえてくる。
振り向くと上の階からテルミラが顔を覗かせていた。
彼女は見違えた部屋の様子を見て目をキラキラと輝かせていた。
一階に降りてリオンの元までやってくる。
「リオーネちゃんスゴいね! この短時間でここまでキレイにするなんて! それに水拭きまでしてくれてる!!」
「歩けるくらいって事だったけど、やるからには徹底的にやりたくてさ」
「働き者だねぇ。──けど、働き過ぎは体に毒だよ。一緒にお昼にしよっか」
「はい!」
テルミラが片手に持っていたバスケットを掲げて見せる。
ふたりは昼飯を食べるべく今しがたリオンがキレイにしたテーブルに腰をおろした。
「うわぁ、このテーブル使うの久しぶりだな〜」
「……ここってホントにテルミンの研究室だよね?」
「あはは……。ってそんな事よりお昼お昼!」
リオンの言葉を笑って誤魔化したテルミラは持ってきたバスケットの口を開いた。
中からは可愛らしいティーセットと美味しそうなサンドイッチが現れた。
「もしかしてこれテルミンが作ったの?」
「そんなわけないじゃん〜。私料理出来ないし」
「あ、うん。知ってた」
見た目は女の子らしいのだが、どうやら彼女には女子力というものが無いらしい。
「じゃあこれは誰が?」
「イワちゃんだよ」
「イワちゃん……?」
「イワン・スカルフ先生。ほら、魔法防衛楽の」
「魔法防衛……ってあの人が!?」
イワン・スカルフと言えば全身傷跡だらけのマッチ棒のような教師である。
怖そうな見た目をしているがあれでいて女子力が意外とあるらしい。
テルミラとスカルフとであべこべな印象だ。
驚くリオンの前でテルミラが紅茶を淹れる。
「それもスカルフ先生が?」
「ううん。これは私。実はお茶っ葉集めが趣味なんだ。これは私が一番好きなやつ。リオーネちゃんも気に入るといいなぁ。──はい、どうぞ」
「どうも」
テルミラが淹れた紅茶をリオンは恐る恐る受け取った。
女子力皆無のテルミラが淹れたお茶だ。一体どんな味なのか。想像するだけで気が重い。
「──!!!!」
「…………」
ちらと前を見るとテルミラが期待の眼差しを向けていた。
リオンはそちらに苦い笑みを見せ、紅茶に向き直る。
そして勢いよく一口飲んだ。
「…………おいしい」
「でしょでしょ! 美味しいよね!!」
「はい! とっても!!」
リオンがもう一度お茶を飲む。そしてやはり美味しかった。
やや香味が強く感じるが、口当たりは柔らかく、滑らか。
苦味などは一切なく、しかし甘ったるいわけでも無い。
あまり紅茶を嗜まないリオンでもこれは美味しくいただけた。
その旨をテルミラに伝えると、彼女は非常に嬉しそうな顔をした。
その後は他愛ない話をして、リオンはテルミラと仲良くなった。
そして昼食を終えたリオンは掃除に戻った。
お茶を褒められて以降上機嫌だったテルミラも午後は掃除を手伝ってくれた。
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