魔女になる♂── 好きな女子が魔法女学校に入学したので変身魔法で女になる

ハルマサ

1章 ♀になる

プロローグ


 好きな女子が女学院に行くとしよう。

 そんな時、あなたはどうするだろう。

 あなたが魔法の使えない普通人ハーウィンなら、諦めるしかないだろう。

 だがもし魔法を使えるなら──やるべきことはひとつしかない。

 例えそれが龍も恐れる茨道であろうとも、好きな女子を我がものにしたいと切に願うなら──あなたは魔法を使うべきだ。

 最も古き文献にもこう記されている。

 ──不可能を可能にする異能。即ち魔法なり。


 つまり、魔法とはそういうものである。




 宿屋の朝は大変賑わっていた。

 イルバートは優れた魔法使いを多く抱える世界有数の魔法都市である。当然ハーウィンの街の宿屋に比べれば賑わっていない日の方が少ないだろう。

 しかし、今日ばかりはいつもの何十倍もの人が街へ押し寄せていた。

 理由は単純明快だ。

 今日はアスモディア魔法女学校の入学式があるからだ。

 アスモディア魔法女学校は魔女を育てるための学校としては世界で一二を争う規模のものだ。

 校内で行われる授業の大半は現在も魔法界の第一線を担っているような魔女が教壇に立って行っており、施設もそこいらの魔法学校より遥かに充実している。

 しかし、入学するためにはそれはそれは大変な試験を突破しなければならない。

 だが、それを突破したものは魔女としての将来を約束されたと言っても過言では無いのだ。

 そして今日はその試験を突破した、魔女の金の卵と言える学生たちが入学のために集まってくる日なのだ。

 もちろん客の大半は彼女たち学生ではなく、それを一目見ようと集まった野次馬だ。

 魔女は言ってしまえばアイドルのようなものだ。美しい魔法を使う戦場のアイドル。

 野次馬達が集まるのはその次世代のアイドル達が推すに値するのかを見定めるためなのだろう。


「ま、それで儲かるんだからありがたい」


 宿屋の店主は受付カウンタに立ちながら苦笑した。

 手元に並べられたお金を見てみると、一ヶ月働いてやっと同じくらい稼げるかというくらいの儲けがあった。

 ついつい下卑た笑みを浮かべてしまいそうになるのを堪えながら、店主は店の外にスマイルを送る。

 すると──


「うん? なんだ?」


 何やら二階から騒がしい音が聞こえてきた。この宿屋は一階が食堂になっていて、二階から上が客室となっている。

 そのため客の誰かが暴れているのだろうか。

 店主が不審に思うと、不意に二階の物音が静かになった。

 疑問に思った店主がカウンタから身を乗り出して、二階へ続く階段を覗いた。

 すると、静かになった二階の奥から誰かが走って近づいてくるような音が聞こえてきた。

 そして、その足音が階段まで近づくと、今度は大きな声が叫ばれた。


「遅刻だあああああ!!!!」


 階段を転げ落ちるように下ってきた少女はそんな事を叫んでいた。

 店主は降りてきたら注意してやろうと思っていたのだが、少女の格好を見てその事を忘れた。

 白髪に濃い紫色の瞳をした珍しい顔立ちの少女だ。しかし店主が気を取られたのは彼女のやや浮世離れした美顔ではなく、彼女の着ている服である。

 キャラメル色を基調としたロングワンピースに、ポンチョのように上半身だけを覆うマント。

 焦げ茶色のネクタイには金色のラインが一本斜めに刺繍されている。

 一見風変わりな格好であるが、野次馬を含めこの街にいるもので彼女の格好を知らないものはいないだろう。


「アスモディアの新入生……?」


 客の誰かがそう口にする。するとそれが次々に伝播していき、宿の中は輪をかけて騒がしくなった。


「いちち……。って、やばいやばいやばい!!」


 階段から転げ落ちた少女は慌てて立ち上がると、受付カウンタの前まで駆け寄った。カウンタに銀貨を数枚叩きつける。


「お代ここに置いとくから! それじゃ!!」


 店主の返事も待たずに、少女は急いで宿屋を出ていった。

 店主はカウンタに残された銀貨を眺め、次にその横に置かれた帳簿を見た。


「……うちの宿に女の子の客なんていたっけ?」


 店主は春風のように去っていった少女を遠目に見ながら、密かに首を傾げた。

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