第29話 お母さん



 私はロッシュ殿下と共に丸テーブルに腰掛けていた。部屋には他にもクロードさんとコレッタさんとメルナがいる。


「ふふっ楽しみだな」


「嬉しそうだな。半年以上ぶりか?」


 浮かれる私にロッシュ殿下が微笑みかけてくれる。


「そうです。元気かな。元気だろうな」


 私はルンルンしていた。久しぶりに母に会えるのだ。


 私とロッシュ殿下の正式な婚約発表に向け、着々と準備は進んでいた。後はベルミカ公爵家に向かった使者が戻ってくれば概ね完了の状況。

 そして先程、使者としてゼラート王国に赴いてくれていたジェローム・エクリュさんの船が港に入ったと先触れがあった。しかも、私の母も船に乗って来たらしい。

 馬車で王城に向かっているのでもうすぐ着く筈だ。


「しかし、一方的に婚約してしまった訳で、気分を害していないと良いが。外国ということで不安だろうし」


「奥様は楽観的な方なので、単純に喜んでると思いますよ」


 メルナが笑う。実際、ロッシュ殿下の心配は間違いなく杞憂である。


「そうです。母は何というか、パッカーンとしてます。細かいことは気にしないです」


 殿下が「パッカーン?」と戸惑いの表情を浮かべたとき、扉の外から「失礼します」と声がした。


 扉が開き、ジェローム・エクリュさんがゆるりと歩いて入ってくる。その後ろには懐かしい顔。

 蜂蜜を思わせる艶やかな金髪をふわふわ揺らし、濃青の瞳を煌めかせ、満面の笑みを浮かべている。私の母アリッサ・ベルミカだ。


「ん? お姉さんも来たのか? というかルディーナは姉がいたのか?」


 隣でロッシュ殿下が呟く。


「あれが母です」


 うちの母はやたらと若く見える。35歳の筈なのだが精々20代の半ばにしか見えない。


「お母様っ!?、済まない。失礼なことを言った」


 殿下が小声で謝る。


「いえ。私の姉と間違えられるの、母も喜びますので」


 立ち上がり、二人を迎える。


 ジェロームさんがテーブルの前に来て一礼した。


「ロッシュ殿下、使者の任を終え帰還いたしました。こちらはベルミカ公爵夫人のアリッサ様でございます。返事は彼女から」


 母が恭しく礼をする。


「お初にお目にかかります。ロッシュ殿下。アリッサ・ベルミカでございます」


「お初にお目にかかる。ロッシュ・ヴォワールです。国王と王妃両親は所用で城を空けております、ご容赦願います」


 海を隔てるとこの辺が面倒だ。陸路なら騎馬を先行させられるが、海路となると港に入るまでいつ到着するのか分からない。


「とんでもございません。来訪を受け入れていただき、お礼申し上げます」


「そう言っていただけるとありがたい。どうぞ、お座りください」


 ロッシュ殿下が席を勧め、母が椅子に座る。私とロッシュ殿下も着席し、ジェロームさんは「私は一旦ここで失礼いたします」と退室する。


 お母さんがこっちを見た。ニッコニコだ。


「ルディーナ! すっごい男性射止めたね! 流石!!!」


 そう言って、両腕でガッツポーズ。礼節ある貴族モードが切れたようだ。母は若い頃は『踊る向日葵』という奇妙な異名で呼ばれ、実は今も裏ではそう呼ばれている、楽しい人だ。


「お母様、お久しぶりです。元気そうで良かったです」


「ええ、元気よ。貴方が幸せそうだもの。船旅も楽しかったし。ロッシュ殿下、娘に良くしていただいて本当にありがとうございます」


 殿下は「いえ、こちらこそ助けられてばかりで」などと謙遜する。


 母は次にメルナに顔を向ける。


「メルナ! グッジョブ!! 百万点!」


 メルナは「ありがとうございます」と笑う。

 うんうん、お母さんは変わらない。


「ということで、ベルミカ公爵も婚姻には賛成です。今後ともよろしくお願いします。さぁルディーナ、私は娘の恋バナが聞きたいよ」


 そんな恥ずかしいことはできません。しかも本人の前で。

 私が苦笑いしていると、コレッタが紅茶と焼き菓子を出してくれる。クロードさんは少し離れたところに立って微笑んでいた。


国王と王妃両親との場は明日以降設けます。お茶としましょう」


 そのまま、お茶会に突入する。恋バナ以外だって、色々なことがあった。話題もお菓子もいくらでもある。


 母が「美味しそう。いただきます!」と元気に言って、頬張る。

 豪快に食べてるのに、何故か上品に見えるのが母の凄いところだ。


「んー濃厚っ! 美味しい!」


 焼き菓子はお気に召したようだ。


「そうだ、楽しい恋バナの前に一つだけ。ザルティオあの馬鹿は廃嫡して島流しにしたわよ。もう二度とカベディア島から出さないから、存在ごと忘れて大丈夫」


 島流しか、妥当な措置だろう。


「わかった、ありがとう。でも恋バナはしません」


 母が「えー」と頬を膨らませる。

 と、メルナがすすっと母に近付く。どこに隠していたのか、手には新聞の束。


「奥様、こちらを読めば恋バナの内容は概ね」


 メルナが差し出したのは”羞恥プレイ”の時期の『フレジェス・クェア』だ。


「やめてっ! メルナ!」


「やめません!」


 私の命令は侍女に思いっきり拒否された。


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