第3話

 深緑色の髪の青年――マギウスが意識のないエリスを抱きかかえて、村の診療所に駆け込んだ翌日。

 エリスは高熱にうなされていた。

 怪我の手当てをした医者ダレルによると、怪我と疲労によるものだろうということだった。

 紫がかった銀髪が縁取る彼女の頬は痩せこけ、目の下にはくっきりと隈が浮いている。明らかに栄養も睡眠も足りていないのが見て取れた。

 マギウスは未だ名前すら知らない少女の額を冷やしていたタオルを交換すると、苦しげに息をする彼女を見て小さく息をついた。

 目の前で意識を失われて放っておくわけにもいかず、近くの村の診療所に連れてきたまではよかった。そこで身元のわからない者を泊めることはできないと言われてしまい、ひとまず彼女が目を覚ますまではマギウスが彼女の身元を保証して付き添うことになったのだ。

 高熱のために意識が混濁しているのか、時折口を開けばうわ言のように「やめて」とか「早く探さなきゃ」といった言葉を繰り返すばかりで、彼女の名前も、どうして夜道を歩いていたのかもまだ聞けていない。

 ただ一つわかっていることと言えば、彼女が魔術師であることくらいだ。

 遠目ではあったが、マギウスは少女が棒の先を光らせて狼を追い払おうとしているのを見た。おまけに彼女が身に着けていた装飾品――どういうわけかすべて石が砕けてしまっていたけれど、あれだけの数を身に着けていたとなると、装飾品は魔術具の類で間違いないだろう。

 彼女をベッドに寝かせる際に、身に着けていたものはすべて外されている。

 ところどころ破けてしまっていた黒いローブは血で汚れていてとても着ていられる状態ではなかったので、今は診療所にあった白いガウンを着せられている。

 マギウスはベッド横に備えつけられたチェストに目を向けた。そこには彼女の指や腕から外された魔術具が置いてあった。


(指輪が十個にバンクルが二個、それからアンクレットにブローチねぇ……)


 いくらなんでもつけすぎではなかろうか。

 そのうちの一つを手に取って、しげしげと眺めてみる。

 一見するとただの指輪だが、魔力を流し込んでみるとリングの内側に術式が浮かび上がった。

 初めて見る術式に、マギウスが目を凝らす。

 魔力補助の術式に似ているが、いくつかの魔術が組み合わさってひとつの術式が形成されている。

 この指輪一つだけでもものすごく高度な魔術具だ。

 石が砕けて効力を失ってしまっているのが惜しまれる。

 マギウスは組み合わさっていた術式を解読して、指輪に込められた術式が外部から魔力を取り込む用のものだと結論づけた。

 魔力増幅用の魔術具を身につけておきながら狼相手にやられそうになっていたところを見ると、おそらく襲われる前から満身創痍な状態だったのだろう。

 まだ少女といってもいい幼さを残した顔を覆うガーゼが痛々しくて、マギウスは顔をしかめた。

 午後になって容体が落ちついてきたこともあり、マギウスは一度村を出て彼女を助けたあたりに足を運んでみることにした。彼女の荷物があれば回収しようと思ったのだ。

 記憶を頼りに馬を走らせると、街道から少し外れたところに不自然に焼け焦げた草を見つけた。

 狼を焼いた炎が草に移ったのだろう。

 このあたりで間違いないはずだと、馬を降りて周囲を探してみたが、近くに荷物らしきものはなく、少し離れたところに木の棒が口にささった狼の死体が転がっていただけだった。

 あの状態でよく一匹仕留められたものだと感心しつつ、狼の死体のそばに膝をついて観察してみる。死体には魔術が使われたような形跡はなく、口に棒を突っ込まれたのが死因のようだった。

 マギウスは馬に乗って探索範囲を広げてみたものの、ついぞ彼女の荷物を見つけることができなかった。


(収穫なし、か……どうしたものですかね……)


 マギウス自身、魔石採取のフィールドワークを終えて王都に帰る旅の途中である。弟子が王都で待っている身としては、このままずっと村に滞在するわけにもいかない。

 面倒ごとに首をつっこんでしまったなと思いつつ、こめかみを指でトントンしながらこれからのことを考える。

 彼女の身元については本人が目覚めれば解決すると思うが、すぐに「はい、さよなら」というのはいささか薄情ではないだろうか。

 高熱でうなされる彼女の姿が、三年前に死んだ妹に重なった。妹が生きていたら彼女くらいの歳だっただろう。

 そう思ったら何だか放っておけなくて、もし彼女が困っていたら手助けしてあげようと心に決める。

 弟子からはお人好しがすぎると言われそうだが、性分なのだから仕方がない。

 大したことはできないが、治療費とか村での滞在費を工面するくらいならできるだろう。

 馬に跨ったままあれこれ考えていると、サァーッと草原に風が吹き抜けた。緩く結んだ三つ編みが風になびいて揺れる。


(風も冷たくなってきましたし、そろそろ戻りましょうか……)


 気がつけばもう結構な時間が経っていた。

 そろそろ町に戻ったほうがいいだろう。

 マギウスは荷物の回収を諦め、来た道を引き返すことにした。

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