ダンジョン配信を切り忘れた有名配信者を助けたら、伝説の探索者としてバズりはじめた ~陰キャの俺、謎スキルだと思っていた《ルール無視》でうっかり無双

どまどま

陰キャの日常

 霧島筑紫きりしまつくし。十六歳。


 ここ月島高等学校で、俺の名前を知らない生徒はほとんどいないだろう。


 貧相な身体つき。明らかに非モテだとわかる顔。対人経験の薄さゆえの、挙動不審とも思える言動や仕草。


 しかもよっぽど陰湿な雰囲気があるのか、同じ二年生にはもちろん、一年生にさえ蔑まれている始末。男には暴力を振るわれ、そして女には陰口を叩かれる。そんな日々がもう長いこと続いている。


 だからこの高校で、俺の名前を知らない生徒はほぼいないだろう。今日も今日とて、俺は大勢の生徒たちを前に、大胆にいじめられているのだから。


 ――二年三組。その教室にて。


「おらよ、もう一発!」

「くうっ……!」


 右肩に強烈なパンチを見舞われ、俺は思わずその場にうずくまってしまう。


「あっははははははは! たった一発で倒れてやんの‼ なっさけねーな!」


「よえー! クソザコじゃん‼」


「クスクスクス……」


 同クラスの郷山が高らかに笑うと、それにつられるようにして、周囲の生徒たちも馬鹿にしたような視線を注いでくる。


 右肩ここは昨日も殴られ続けた箇所だ。

 痛みも引かぬままにまた殴打されてしまっては、さすがに片膝をつかざるをえなかった。


 ――郷山健斗ごうやまけんと

 俺を徹底的にいたぶってくるこいつは、もちろん、俺とは違って圧倒的な陽キャ。


 学業成績はそこそこながらも、所属しているサッカー部では大きな成績を収めているようだし、そして何よりもイケメンだ。彼女はもちろんのこと、いわゆるセフレ的な相手も何人もいるらしい。


 対する俺は、学業も底辺、部活にも所属していない、そして自他ともに認める不細工。


 いじめの標的となりうるのも、自然っちゃ自然のことだった。


 もちろん……初めは怒る気持ちもあった。

 俺だって人間だからな。馬鹿にされれば当然ムカつくし、反論の一つや二つは言いたくなる。


 けれど、それは全部無駄だと悟った。


 いくら理屈で正しいことを言っても、それは全然関係ないんだ。多少無理のある発言でも、カースト上位の奴が言うだけで正論に思われてしまう。逆に俺みたいな最底辺の人間がなにを言ったとしても、その内容に関わらずまったく聞き入れてもらえない。


 だから――抵抗してもなんの意味もない。

 ただただこうして、殴られ続けるに留める。それが一番賢い選択であると、俺は身をもって学んだのだ。


「おい霧島、なんか言えよ」

 俺の前髪を掴み上げながら、郷山が顔を近づけてくる。

「土下座して謝罪さえすりゃあ、今回は見逃してやってもいいぜ? 許してください郷山様……ってな! ははははははははは‼」


「…………」


 俺は何も悪いことをしていないのに、なにを謝る必要があるのか。


 そういう《正論》は、ここでは通用しない。いかに突拍子もない発言であったとしても、郷山がそれを発せば正しいことになるのだから。


「……許してください、郷山様」


 すべてのプライドをかなぐり捨てて、俺は両手のひらを地面につけ、額を頭にこすりつける。視界がうっすら滲んできてしまっているが、ここで泣くことだけは絶対に避けたかった。みっともないいじめられっ子である俺の、ささやかな抵抗とでもいうべきか。


「あっはっはっはっは‼ マジかよ! マジで土下座してやがる! だっせぇ~‼」


「はははははははははは……!」

「うっわ、ほんとキモ」


 ……本音を言えば、こんなクソみたいな学校、今すぐに辞めてやりたい。


 面倒なことに関わりたくないのか、教師も見てみぬフリを決めやがってるしな。

 こんなふうに罵詈雑言を毎日浴びせられているようじゃ、俺のメンタルがもたない。


 でもそんなとき、いつも女手一人で育ててくれた母親の顔が浮かぶのだ。


 父が他界してしまってから、うちの家計は著しく逼迫ひっぱくしてしまった。ぶっちゃけてしまえば、俺が高校生活を満喫する余裕なんて全然ないだろう。


 それでもせめて――高校だけは出してあげたい。

 母はそう言って、二つの仕事を同時にこなしてくれている。毎日眠そうにしながらも、一生懸命に弁当を作ってくれている姿を……俺は知っている。


 だから、退学するわけにはいかなかった。

 これ以上、母を悲しませるわけにはいかないのだ。


「ひゃはははははは! おまえの土下座に免じて、今日は許してやるよ! 寛大な俺様に感謝するんだな‼」


 そう言って最後に俺の胸部を押しのけると、郷山は自分の席につくのだった。 


 ――このときは、まるで思いもしなかったんだ。

 俺には隠された才能があって、後々、この郷山が土下座をしてくるようになるなんて。


―――


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