第8話 深夜の無双劇

 身体強化の術――

 この2年間で俺が鍛え上げた術のひとつだ。

 とん、と俺は飛び降りた。

 それは飛び降りるというよりも、瞬間的な着陸だった。素早くライクの背後に移動して声をかける。


「こんなところで何をしているんだ?」


「あ、あ……」


 目の前の少年は目を白黒とさせている。そこにピュアさを感じ、この子は誰かの命令で動いている、と俺は直感した。

 ライクが怪しいことに俺は気がついていた。

 だから、性格が良すぎる両親に変わって俺がライクを見張ることにした。現代社会の荒波に呑まれていた俺に、人を容易く信じることなどできない。

 身体強化の術を使ってこの円柱に上り、俺は静かに時間を過ごした。

 俺の思い過ごしならいいのだが――

 そうはならなかった。

 そして、今この状況にある。


「何がどうなっているんだ?」


「う、うわあああああああ!」


 俺の詰問に対する返答は殺意だった。左手に持っていた短剣を引き抜き、俺めがけて襲いかかる。

 もちろん、動じない。

 荒事は前世の頃から得意だったから。

 俺はライクの手を捻って投げ飛ばした。細身の体がくるりと周り、地面に叩きつけられる。手からこぼれたナイフが銀色の弧を描いて地面に転がった。


「かはっ!」


 完全に制圧されたライク少年に抵抗する意思はもうなかった。涙を流しながら、ぽつりぽつりと身の上を話し始める。


 感想は、ただただ酷い。

 いいように幸せを壊されて、いいように利用されている。ライクは父と母が存命だと信じているようだが、間違いなく殺されているだろう。


 言葉にもならない怒りが腹の底にわだかまる。


 前世で例えるのなら、もしも戦時中に飼い犬を亡くして泣いている子供を、必要もないのに戦車で狙いをつけて砲弾を射撃したのを見たような気分だ。

 強者が弱者をいたぶる、悪趣味な遊び。

 気分が悪い。

 あまりにも不愉快だ。


「……許してもらえないことはわかっています。殺すなり突き出すなり好きにしてください。もう生きていても仕方がない――」


 ライクの懇願を、俺は――

「死ぬべきなのは君じゃないよ」


 そう言って、俺は短剣を拾い上げた。

 こんなとき、俺が大好きだった忍者マンガの主人公ならどうするだろう?

 簡単だ。

 泣いている子供の無念を晴らす。

 ならば、そう生きるべきだ。忍者に憧れた俺の生きる道はまさにそれなのだから。


「ダダ、ダメです! そんな! 死んじゃいますよ!」


 止めに入ってきたライクに当身を喰らわせた。気絶したライクの体を窓から部屋に戻した後、俺はアーティファクトを操作して屋敷を囲む結界を解除した。

 じゃないと、帰ってこれなくなるからな。


 そして、ライクから聞いたクローズ一味が潜伏する林へと歩いていく。

 怒りを覚えながらも、俺の冷静な部分はこうも思う。


 ちょうどいい、と。


 なぜなら、俺は己の強さを試したかったからだ。

 斬って捨てることにためらいを覚えない悪党の存在はありがたい。

 日々の鍛錬を重ね、俺の忍術はかなり向上している。だが、それを表に出すことはなく、両親すらも知らない。


 理由としては、単純に隠したかったからだ。


 忍者というものは、自分の力をひけらかすようなマネはしない。忍び隠れ、闇から敵を討つ。

 であるのなら、俺もそうあろう。

 それに、忍術という話をしても理解ができないだろう。


 俺は夜の林を静かに歩いている。

 静かに、というのは気分的な意味ではなく、物理的な意味でだ。土は愚か葉っぱを踏む音さえ聞こえない。

 消音の術。

 それだけではない、夜目の術も使い、夜の林でも明かりなしで歩ける。


 しばらく歩き、向こう側にぼんやりと明かりが見えた。


 木に身を隠しながら様子を眺めると、風体と人相の悪そうな男たち10人が明かりを絞ったランプを囲んでたむろしている。


「ったく、あのガキ、何やってるんだよ……」


「今日は貴族の家のベッドで寝るつもりだってのによ!」


「マジかよー、俺は死体が転がっている屋敷でなんて寝たくないぜ」


 男たちが軽口を叩きながら時間を潰している。

 さて、どうしようか。

 そんなことを考えていると状況が動いた。


「うう、小便行ってくる!」


「引っ掛けるなよ!」


「うるせえよ!」


 男が仲間たちから離れていく。

 ちょうどいい。どうせなら、一人ずつ倒していくとしよう。

 男が立ち止まり、ズボンに手をかける。

 俺は近づく。

 男は俺に気がつかない。

 俺は近づく。

 ゼロ距離になり、俺は短剣を逆手に持ち替えた。

 俺たちを殺そうとしていた連中だ。ライクという少年の人生を踏みにじった連中だ。

 殺されても文句は言えないだろう?

 俺は短剣を、男の背中に振り下ろした。心臓の位置めがけて。

 どん。

 低い音がして、男の体が震えた。くぐもった声が口からこぼれる。そのまま、男の体は力を失って地面に崩れ落ちた。

 まずは、一人。

 俺は元いた場所へと戻る。

 再び静かに息を潜めていると、誰かが誰何の声をあげた。


「……なあ、帰りが遅くないか?」


「本当はでかいほうだったんじゃねーか!?」


 下品な煽りを遮るように、低い声が放たれた。


「おい、遅すぎる。どやしつけてこい」


 おそらく、こいつがクローズか。その命令を受けて、部下の一人が場所を離れ、殺した男の向かった方角へと歩き始める。

 俺もまた後を追った。


「ったく、暗くて見えにくいぜ……おおい! どこまで行ったんだよ! 返事をしろ!」


 その目が、地面に横たわる大きなものに気がつく。


「あん、お前、寝てい――」


 男が息を呑んだ。なぜなら、そこには死体があったからだ。

 それが男の最後だった。

 死体に気を取られていた男に、俺の気配を感じ取れるはずがない。再び、俺は短剣を男の心臓に叩き込んだ。

 悲鳴を上げる間もなく、男の体は倒れて死体に折り重なった。

 これで、二人目。

 俺は再び様子を見るために元の場所へと戻った。どうせなら、このまま一人ずつ派遣してくれれば楽なのだが。

 そうはいかなかった。

 クローズが不愉快そうに舌打ちをする。


「おい、あいつの声、聞こえなくなってだいぶ経つぞ」


「……そうですね」


 気味が悪そうな視線を8人の男たちが林の向こうに投げかけている。その先に届く明かりは弱くなっていき、やがて、闇の深淵だけが広がっている。

 クローズが口を開いた。


「2人――いや、3人だ。3人で様子を見てこい」


 3人が立ち上がって、男たちが消えた方角へと歩き出す。

 もちろん、俺も一緒に。

 ……さて、どうしたものやら。さすがに3人同時に暗殺は不可能だが。


「おい、あれはなんだ……?」


 彼らはそこに転がる2体の死体に気がついた。

 それを確認しようと二人が近づく。残った一人は立ち止まり、周囲を警戒している。

 俺は短剣を投げた。

 銀閃は夜気を突っ切り、一直線に見張りの喉に突き刺さる。


「えげぁ!?」


 意味不明な声が男からこぼれる。

 その声に反応して、二人の男が振り返った。そして、投げると同時に飛び出していた俺の姿に気づく。

 が、遅い。

 反応するよりも早く、俺は一方の男の腹を殴った。くの字に体が折れた瞬間、その頬を殴り飛ばす。

 同時、腰に帯びていた剣を引き抜き、奪った。


「んだぁ!? ガキ!?」


 残った側が大声を上げながら、剣を引き抜いた。

 しかし、それもまた遅い。

 振り返りざま、奪った剣で俺は男の体を逆袈裟懸けに切り捨てる。


「おおおおああああ!」


 悲鳴を上げながら、男は後方によろけてぶっ倒れた。

 ふぅ、これで半分、片付いたか。

 背後でうめいている男にとどめをさす。その頃には遠くから怒号と走ってくる音が近づいてくる。

 遠くから、といっても、そう遠くはない。

 走れば数秒。

 急げば隠れることもできるが、俺は見張りの男の体から刺さった短剣を回収することを優先した。

 これは復讐だ。復讐には、ふさわしい武器が必要だ。

 俺が立ち上がるのと、5人の男たちが姿を現すのは同時だった。男たちが持ってきたランプが周囲を明るく照らす。

 クローズが叫んだ。


「なんだ、これは!? おい、お前か! お前がやったのか!?」


「そうだけど?」


「何者だ、てめぇ!」


「コウ・アリガ――あんたたちが殺そうとしていた人間だよ」


「ライクのやつ、しくじりやがったか……!」


「いや、作戦そのものがお粗末だったのさ」


 もう話す必要はない。

 俺はしゃがみ、地面に手を当てた。


「あんたらを許すつもりはない――砂礫鉄砲の術」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る