第4話

「斧は……もうだめか」


 パイセンが斧を捨て俺たちは翔子に近づく。

 だがもう手遅れだった。

 顔は半分なくなっていて、目に力はなくなっていた。

 死後の痙攣すらなく、頭部からこぼれた脳みそが床に散乱していた。


「翔子さあ、女子剣道部のエースだったんだ。前のホードも日本刀持って生き残ったんだ。進藤くんは男子剣道部だったけど、最後にかじられて死んじゃった。坂本は帰宅部だけど子どもの時から少林寺習っててさ、でも逃げようとして死んだ。のんちゃんも小学生の時に空手やってたんだけどさ……死んじゃった。みんな死んじゃった」


「おい美海しっかりしろ。ホードってなんだ?」


「ゲーム用語だよ和也。ほら何日かに一回ゾンビの群れが襲いかかってくるやつ……」


「つまり……いまは……」


「ホードの真っ最中だよ」


 パイセンが俺の肩を叩く。


「オラ、もめんな。ホームセンターに行くぞ。武器があるんだろ?」


「うっす」


 俺たちはこそこそ外をうかがう。

 怪物はいない。

 そのままパイセンのバイクでホームセンターに向かう。


 ああ、説明でもしよう。

 俺たちはガキのころ同じ道場で出会った仲だ。

 俺たちの道場はちょっと特殊だ。

 道場主のオッサン、先生が若いころアジア各地を放浪中に習った武術。

 さらに帰ってきてから習得した古武術。

 それらを混ぜて一流派を立ち上げ……なんてことはしない。

 バラバラなまま気分で教えている。

 そのせいで、美海はナイフ。

 俺は刀も含めた剣。

 パイセンは鉾や大斧や大鎌、とにかくデカいやつが得意なのである。

 だがこいつら武器の才能は無駄。

 一生使うことのない無駄技術であった。

 ついさっきまでな。


「翔子……ばいばい」


 美海はぐしぐしと涙をふく。

 俺たちはかける言葉が見つからなかった。

 するといまた、あの耳障りな音楽と声が聞こえてくる。


「はーい。新入りのためのチュートリアル終了! よくできましたー! 偉い!」


 うるせえ馬鹿野郎、ぶっ殺すぞ。


「前回の参加者は期待外れでしたねえ。でも今回の参加者は……おおっと、前回の敢闘賞受賞者、美海ちゃんの幼馴染みです! 呼んで来た甲斐がありましたね」


「さっき名前呼んでただろ。わざとらしいんだよ!」


 イライラしてつい口に出してしまった。


「では戦闘後のイライラを鎮める曲を……タイトルは『役立たずどもの最期』」


 またあの耳障りな曲だ。

 すると大音量で悲鳴が響いた


「おかあさん! おかあさん! おかあさん! やだ助けて!!! やめてえええええええええッ!」


「俺の手が! 手があああああああああ! や、やめ! たすけぐぎゃ!」


「なあ、金ならやるから! 金ならやるから! なあ助けて……だめ……?」


 意図しないヒップホップ調、それが悪趣味に拍車をかけている。


「僕の指返してぼくのゆ……ぎゃあああああああああああああッ! 痛い! 痛い!」


「どうして! 私がなにをしたの! やめぎゃッ……」


 最後に男の子の声がした。


「あははははは! 逃げ切った逃げ切ったぞ! やっぱり逃げても死なないじゃねえか。俺は生きて……」


 ぼんっとなにかが破裂する音がした。


「坂本……、ただ逃げただけなのに……。こんな死に方するほど悪いことしてないのに」


 くそ野郎が。

 ……あの野郎は……生かしておいちゃならねえ。

 俺は声の方を指さした。


「殺してやる。首洗って待ってな」


「あはは! あははははは! 久しぶりだよ! 神を、俺を殺す宣言するって!!! あれはいつだっったか、そうだ! 浅野内匠頭! あの野郎以来だ! ……いや曾我兄弟が後だっけ?」


 あん?

 誰だっけ?


「和也、赤穂浪士と曾我兄弟だ」


「パイセンなにそれ?」


「和也に知性を期待した俺がバカだった。江戸時代と鎌倉時代の仇討ちだ」


 歴史に興味なさすぎて知らん。

 大河ドラマすら見てないのにわかるはずがない。


「扱いがひどすぎる。美海、逃げたら死ぬって本当なんだな? その顔の模様に関係あるんだな?」


「うん、和也。これは呪いの証。和也もパイセンも呪われたよ。ほら手を見て」


 自分の指を見ると、指先から肩まで文字みたいな模様があった。


「あたしのは南方の失われた文字だって……読めないけどね」


「俺のはトンパ文字だ」


 パイセンの胸にあるのは象形文字だった。


「トンパ文字?」


「中国の少数民族が使ってる文字だ。むかーしテレビのドキュメンタリーで見たことがある……ま、読めないけどな。おまえのは梵字か。サンスクリット語だ」


「サンスクリット語?」


「インドの文字だ。仏教の経典はもともと梵字で書かれてるんだってよ」


「へえ、じゃあ美海のは?」


「フィリピンのバイバインだと思うがよくわからん」


「なんでパイセンそんなにくわしいの?」


「あー、目立つためにタトゥー入れようとしてときに調べてな。ほら漢字読めねえのに感じでタトゥー入れて埼玉とか入れられるのあるじゃん。ちゃんと調べねえと恥かくんだよ」


 死ぬほど下らねえ理由だった。

 怒りは少し引っ込んだ。

 冷静に冷静に。


「さあさあ、次のウェーブの前に選手は用意しろ。ホームセンターに行け!」


「行くぞ」


「パイセン、大人しくあいつの言うこと聞くのか?」


「ここにいるよりはマシだ」


 ホームセンターに行く間にあのバカの裏をかく手でも考えるか。

 筋肉ダルマの後ろに乗ってホームセンターに向かう。

 道の隅に遺体が放置されていた。

 来たとき鎌を投げてきたおばちゃんだ。

 首を噛み切られたようだ。

 いまさら嫌悪感がこみ上げてくる。


「なあ、美海。この村の老人は?」


 たしかほとんどが老人だったはずだ。


「和也さあ、生き残れると思う? 数が減ったら外から連れてくるんだってさ」


「外から?」


「あたしたちみたいにね。まず一人を人質に取る、そしたら探しに来るやつが出る。そいつで遊んだら別の人質を……」


「それだけじゃ維持できねえだろ」


「そしたらプレイヤーのランクを落とす。殺人犯とか麻薬中毒患者とか。戦争犯罪人とか。国もまがつ様の遊びにつき合ってるんだってさ」


 ……つまり美海は知っていたわけだ。

 あの野郎のやり方を。

 だから俺たちを帰そうと必死だったのか。

 なんか腹立ってきた。


「戦車持ってきて踏み潰せよ」


「できない」


「なんよ?」


「近代兵器は効かないの。絶対にね。それを破るとペナルティがある」


「ペナルティ?」


「プレイヤーには死の制裁を。国がやったら……まがつ様の領土が広がる」


「領土?」


「うん。もともとまがつ様の領土はアパートの一室だった。それが村全体まで広がったって」


「兵器を使ったペナルティで?」


「それだけじゃない。プレイヤーの全滅も領土が広がる原因」


「俺たちは……どんな陰謀に巻き込まれてるんだ?」


 パイセンがうなった。

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