騎士爵領立志編3ー9

そうだ、殿下より頂いたあの瓶さえあれば、アメリア様を救うことが出来る! だがどうやって荷物を回収しアメリア様の元まで行けば・・・


 その時、窓を破り記憶の中にいた眼帯の男が入ってきた。

 ジャスパーは、その男を見て驚きで指を指した。


「貴方は、第二殿下の部屋にいた・・・」


 それを聞き眼帯の男は首を傾げる。


「殿下の話ではもう一度、青い薬を飲むまで思い出さないって話だったんだが・・・まあ話が早いし良いか、ジャスパー様これを」

 

 眼帯の男が、あの赤い小瓶を2本手渡してきた。

ジャスパーが受け取ると、扉から近衛が勢いよく入って来た。


 近衛二人は剣を抜き「何者だ!」と眼帯の男に凄むが、眼帯の男が煩わしそうに手を振ると、近衛二人は熟れた果実が落ちるように、抵抗無く頭が落ちた。

ジャスパーは何が起こったのか理解できず、ふと男の手元が目に入ると、指輪に細い糸の様なものが巻き付いていた。


 ジャスパーが大事そうに小瓶を胸ポケットに仕舞うと、眼帯の男はそれを見て、何が可笑しいのか「フッ」と鼻で笑った。


 ジャスパーは笑われたことに少しの苛立ちを覚えた。


「何が可笑しいんだ?」


「失礼しました。お詫びに情報を一つ、擬い物まがいものは近衛を増員して森の方に向かった様だぞ。確かジャスパー様の幼馴染である、トリスタだったかな? 彼女も向かった様ですよ」


 ジャスパーはトリスタの名前を聞くと、怒りで顔を赤く染めた。ジャスパーは死んだ近衛の兜と鎧を着ると、剣を一本拾い上げ鞘に納め腰に差げた。そして窓を乗り越えると、眼帯の男の方を振り向いた。


「私は、アメリア様とトリスタを救わねばならなん。第二王子殿下には、深く感謝していたと伝えてくれ」


 ジャスパーはそれだけ告げると、北の森へ向かい走っていく。


 その様子を眼帯の男は冷めた目で見ている。


「馬鹿な男だ。それにしてもあの第二王子とやら、第一王女の傀儡かと思ったが、面白い加護と薬を持っているな。少しあの馬鹿な男を手伝ってやるか」


 眼帯の男は、窓から部屋を出ると火炎魔石に魔力を込め、部屋の中に投げ込んだ。火炎魔石は“バン”と破裂音を出し部屋を火の海に変える。


 そこに音を聞きつけた、ミランダとハインツが遠くから走ってくるのが見えた。


「流石に早いな」


 眼帯の男は全身を魔力で強化し東に向かって走り始めた。


 「ちっ・・・流石に早いな、追い付かれはしないが振り切るのも無理か」


 眼帯の男は前方に馬を一頭発見する。


 何故こんな所に馬が居る? 不審に思ったが馬に気を取られていると近くの岩からチェスターがメイスを持ち進路を阻んできた。


「おうおうおう、アッシュ久しぶりだな!|姐御あねごとハインツに追いかけられてんのか?悪いが此処は通さねえぞ?」


 眼帯の男アッシュはチェスターに向かい腕を振った。近衛の首を落とした糸がチェスターに向かっていくが、チェスターはメイスを振りかぶりアッシュに突撃する。


 糸がチェスターに触れるがチェスターは糸を空いている手で掴むと力任せに引っ張った。

 アッシュが後ろに飛びながら、手を振ると糸が切れ先程まで居た場所にメイスが叩きつけられ、“ドン”という鈍い音を響せ地面を大きく抉った。


 そこにミランダの声が響く。


「アッシュ、二年前国境で会って以来じゃないか。投降するきはあるのかい?」


 ミランダに少し遅れてハインツも到着しアッシュを囲むように横に動く。そこにアッシュは腕を振り糸を伸ばすがハインツに当たる直前に切られ地面に落ちる。


 ハインツは全身から魔力を迸らせ両手にナイフを持ち眼鏡の奥から射抜くようにアッシュを見る。


「アッシュさん?何ですかその糸は、もしかして私を馬鹿にしてますか?」


 アッシュは糸が切られた指輪を、残念そうに見ていた。

 

「最近気に入ってたんだがなぁ、せっかくBランクのミストスパイダーの糸を集めたってのに・・・」


「Aランク上位1匹と、Aランクに成りかけが2匹か・・・よくもまあそれだけの力がありながら、こんな所で退屈しないもんだな?」


「アタシは此処での暮らしを、結構気に入ってるんでねえ」


 アッシュはその言葉を信じられないとでもいう様に肩を竦めた。


「アッシュ、観念したかい?チェスターが巡回の時に丁度鉢合わせしちまうなんて運がないねえ」


 アッシュが両手を振った。その指には先程までの銀の指輪では無く。金に輝き、全てに魔石が嵌められた指輪に変わっていた。アッシュの体から濃密な魔力が溢れ、指輪にも魔力が流されていく。

  

「ミランダ、大人しく俺を通せ、やり合うもりならそこの二人のうちどちらかが死ぬぞ」


 ミランダの体から魔力が吹き上がる。ハインツとチェスターも体を巡る魔力が増える。


「アタシの目の前で出来ると思ってるのかい?」


 ミランダは背負っていたハルバードを、両手で持ちアッシュに向けて突き出すと、斧刃に付けられた赤の魔石に魔力を流していく。


「アッシュ・・・ここで死にな!」


 ミランダがアッシュに向け一歩踏み出したその時

 

 “ガァァアァァアアア” 獣と人の声が混ざった様な遠吠えが響いた。それを聞きアッシュは勝ち誇った様な笑みを顔に浮かべた。ミランダは踏み出した足を止める。


「アッシュ、今の遠吠えは何だい!」


「何だと言われてもなあ? 早く行った方がいいぞ?ガキ共の命が大事ならな」


 それを聞きミランダは駆けつけるべきか此処でアッシュを殺すべきか思考を巡らせる。その時、チェスターが「姉御、森が!」と叫んだ。


 ミランダが振り返ると村の北にある森から煙が上がっている。目を瞑り歯を食いしばった後、ミランダは決断した。


「ハインツ、チェスター森へ向かう!」


 ハインツ、チェスター両名は直ぐ様アッシュの事など無かったかの様に森に向かって走り出した。ミランダはアッシュをひと睨みすると「ユウリに何かあったら、殺してやる」そう吐き捨て森へと走った。


 一人残されたアッシュは深く息を吐いた。


「もう少し引き付けたかったが無理か・・・」




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る