満開の桜の木の下で

希藤俊

第1話 桜色の夢1

 淡い陽射しの中で、うすい桜色の花びらが、折り重なるように開いている。太い枝ぶりが花びらをより可憐に際立たせている。


 午後の2時頃になるだろうか。今日は薄曇りの天気で、雲間から射し込む陽射しも弱い。


 春なのに肌寒いくらいだ。つい先日20度を超えた日がまるで嘘のようだ。


 都内多摩西部にある国立公園。公園内の広い芝生の中心に、樹齢数百年にもなる大きな桜が聳えている。


 大人5人が手を繋いでやっと届くくらいの太い幹が、力強く地面に根を広げている。枝ぶりも太く男性的に張り出し、まるで公園広場の主のようである。


 休日には、仲の良いカップルや小さな子ども連れの家族、犬を散歩させる人々で広場は賑わっている。


 しかし今日は平日、天気も何となく不安なせいだろうか、芝生の上に人影は見えない。広い芝の上を吹き抜ける風も、まるで冬戻りをしたような冷たい北風である。


 週休の土曜日に仕事が入り出勤した代休で、久々の平日休みが取れた。朝寝をゆっくり楽しみ、昼過ぎには趣味で揃えたカメラを担いで、ぶらりと外に出た。


 駅までの道をのんびり歩く。道の両脇に建つ戸建てに咲く桜が、ほぼ満開に咲き誇っていた。


 博司は、昔からフィルム式のカメラ集めが趣味であった。写真を撮るよりは、むしろカメラをいじったりファインダーからのぞき、シャッターを切ることが好きだった。


 36枚撮りのフィルムを入れて、すべて撮り終えた後に、フィルムを現像に出さないことも度々あった。


 ファインダーからのぞき、景色の一部を自由に切り取るのが楽しい。シャッターを切る「カシャッ」という小さな音と、シャッター幕が動く僅な振動がたまらなく好きなのだ。


 行く先は何となく決めていた。通勤に利用している駅から3つ目の駅に国立公園がある。自然公園であり、遊園地のような乗り物や遊戯物はほとんどない。


 広大な敷地には広い芝生の広場や池等もあり、公園内全てを回れば、ほぼ1日かかるようだ。


 博司は広場の古い桜の木が何となく好きだった。もう何回か、いや何十回もこの公園に来ているが、なぜか心引かれる。


 桜の季節以外も太く力強い幹を空に向かって広げ、何となく空を支えているような、そんな気がする。


 この木の下に入ると、赤ちゃんに戻ったような不思議な気分になる。温かな母胎のなかで、すべてを預けて微睡むような安らぎを感じるのだ。


 何故だか理由はわからない。しかし、何百年も生きる大きな桜の古木が、まるで母親のような安らぎを与えてくれるのだ。


 カメラを持って出かける時点で、この桜の木だけを想い描いていた。古木は桜の季節になると、満開の桜色の花びらに埋もれ、まるで桜色の雲をまとうようだ。

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