第26話【第六章】

【第六章】


「で、これからどうする?」

「さっさと博士の身柄を押さえてトンズラする。警察やら何やらでは、対応が後手に回っちまう」


 ゴンの問いに、レベッカはまた淡々と答える。ケレンは真っ青な顔をして、うつ伏せに倒れ込んだ技師の遺体を見つめている。


「行くぞ、ケレン。そんなもん、ガキが長々と眺めるもんじゃねえ」


 レベッカが言葉を吐き棄てる。ゴンは目で非難したが、こちらには全くの無反応。

 こうしてこの一行は、機械技師長の居住する地下のフロアからエレベーターで地上に出た。

 向かう先はと言えば、やはり安宿。賞金稼ぎという足の速い職業人が急激に増加したために、どんな街にでもあるものだ。

 ぐったりした博士を、飲みすぎで潰れた、と適当に紹介し、二部屋を得ることができた。

 安宿に来る前の商店で、シャツやズボンを購入できたのは幸いだった。そうでなければ、あまりの血生臭さに、安宿の従業員たちの顰蹙を買ったかもしれない。


 四人はひとまず荷物を置いて、広めの男性用の部屋に集まった。


「おい、博士! デインハルト博士! 聞こえるか?」


 博士を椅子に座らせ、ゴンがぺちぺちと頬を叩いた。博士の手首と足首は、既に縄で椅子に固定されている。


 レベッカは天井の裸電球を取り外し、ほれ、と言って博士の眼前で振ってみせた。やや熱を帯びた光線が博士の網膜を刺激する。


「ん、くっ……」

「お目覚めだぜ、レベッカ」

「おう、よっと!」


 がぁん、と硬質な音がして、椅子が蹴り倒される。


「おいレベッカ、ケレンの目の前だぞ!」


 ゴンが囁くものの、レベッカは攻撃的態度を崩さない。


「おいてめえ、あたしが世話になってる義眼の技師殺したな? あれだけ腕の立つ技師、探すのに苦労したんだぜ? そのための努力がパーだ、パー! ざけんな」


 言葉を放つごとに、蹴りを入れていくレベッカ。しかし、ケレンは意外なほど落ち着いていた。父親は、平気で殺人を犯す人間だった――その事実を、まだ認識しかねているようだ。


 ケレンに大丈夫かと声をかけてから、ゴンは博士に向き直った。


「あんた、この状況でよく落ち着いていられるな。あらいざらい話を聞かせろ」


 すかさず割り込むレベッカ。


「さっさと話してくれれば、それだけ苦しまずに死なせてやる」


 博士は額から嫌な汗をだらだらと垂らしながら、口元を引きつかせていた。

 だがそれは、眼前の賞金稼ぎたちが怖いから、ではない。自分の作戦が上手くいく、もう誰にも止められない。そんな歓喜に近い興奮からだ。


「そう、君らの前で、私は技師を殺した。彼は私の理解者であり、友人であり、同士だった。だからこそ、彼のバイタルサインをモニターできるよう、首筋にマイクロチップを仕込んでおいたんだ」

「何の話だ?」


 目をすっ、と細めるレベッカに、横たえられたまま博士は答える。


「今からおよそ一〇〇年前、本来相容れることのない科学と魔術が組み合わさって、より大きな力を得たのは知っているな? 人類はその力で、食人獣に対して、それまでよりも優位に立つことができるようになった。この、通称『奇跡合一』の大魔術は、しかし、長くは続かなかったのだよ」

「続かなかった?」

「ああ。今もこんな術式が活きているのは、それこそ奇跡だ。だがそれがいつ打ち砕かれるか、分かったもんじゃない。魔術を排する人間と、科学を蔑視する人間。その境目が、より明確になるんだ。まあ、人類の知的レベルからしたら、元の状態に戻る、と言った方が適切だがね」

「ざっけんな!!」


 椅子に縛られたまま横たわった博士。その臀部を、レベッカは思いっきり蹴とばした。


「がっ! おいおい、乱暴はよしてくれ。私は丸腰だぞ?」

「知るか。あんたの言うことには証拠がない。その程度のブラフで、あたしたちが惑わされるとでも思ったか?」


 それでも博士は笑みを浮かべる。


「私の目的は、人類の心理状態をその根源へと立ち戻らせることだ。手段は択ばない。証拠、といったな? レベッカさん。それは私よりも、君のクライアントの方がよく分かっているんじゃないのかね?」

「あたしのクライアントだあ? んなもん――」


 博士を再び蹴りつけるべく、レベッカが足を引いた、その時だった。


「おい、どうした、ケレン!」


 はっとして振り返ると、ケレンが崩れ落ちるところだった。ゴンが身を屈めて、危うく転倒するのを支える。


「ケレン!」


 拳銃を抜き、博士を狙いながら、レベッカもケレンのそばに膝をつく。


「どうしたんだ? もし話せるなら――」

「食人獣……じゃない……。もっと大きくて強い何かが、人間を……」


 覗き込むと、ケレンはぱっちりと目を見開き、がたがたと震えながらよだれを垂らしている。やがて目からも涙が溢れ出てきた。


「おいてめえ! ケレンに何をした!?」

「私は何もしとらんよ、レベッカさん。彼の中の魔力が、何かを察知しているんだろう」

「何かって何だよ!」

「本人の口から聞くといい。私の発言に、証拠能力はあるまい?」

「くっ……」


 微かに呻き声がして、レベッカは再び屈み込んだ。

 ゴンは冷静に、人差し指を唇に当てている。ケレンが何かを語ろうとしているのだろう。


 そっと顔を寄せると、ケレンはこう言った。食人獣の気配がする、と。


「科学と魔術の、それぞれが悪意を吐き出して……。ごちゃごちゃに混ざり合って……。に、人間に襲い掛かってる……!」


 これではどんな食人獣が現れたのか、まったく判然としない。いや、それが食人獣なのか、特定の形を有しているのか、それすら想像できない。


 レベッカがケレンの背を擦る。それを見て、ゴンはゆっくり立ち上がった。


「デインハルト、あんたはさっき、あの技師のマイクロチップがどうこう、と言っていたな? まさかこの時代にまで実物が残っていたとは驚きだが」

「まあな。私も驚いたよ」

「今はそんなことはいいんだ。マイクロチップが何だったのか、詳しく教えろ」

「ふん……。いいだろう。一回しか言わんからな」


 口角をくいっと曲げる博士。しかしその前で、ゴンもまた話術に関する自信を深めていた。

 博士のような自己顕示欲の強い輩は、こういう時に洗いざらい話してしまう傾向がある。

 ヒントを得るのに、トラップを仕掛けた本人こそが最大のポイントになるとは。

 皮肉なものだな、とゴンは胸中で呟いた。


         ※


『奇跡合一』――全ての人間が、科学と魔術のいいとこ取りをするという、大胆で大規模で極めて理解の困難な術式。

 その魔法陣までもが、科学と魔術を混ぜ合わせることでようやく達せられるレベルのものだ。


「それの魔法陣の限界が来ている、ってことか」

「そうだ、ゴンくん。どうやら君が一番物分かりがいいらしい」

「分かりたくはねえがな」

 

 盛大な溜息をつくゴン。続くレベッカの言葉を弾き飛ばすようにして、博士は語った。


「私があの技師を殺害したのは、マイクロチップを破壊することで、この街に迫る脅威を皆に伝え、見せつけるためだ。もちろん、私がその任を受けてもよかったのだが、科学的な側面からして、武器のエネルギー効率が悪いことが分かったものでね。その改修作業のために、私は生きなければならない。だから、技師には代わりに死んでもらったんだ」

「魔術は……」

「ん? どうかしたかね、ケレン?」


 ケレンはレベッカに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「さっきマイクロチップが破壊されたとして、どうして殺す必要があったの?」

「緊張感を持たせるためだ。自分が気を抜いたら、味方同士での殺傷事件に陥る。まあ、そのための見せしめだな」

「ぶぐっ!」


 ケレンは再び膝をついた。嘔吐しているようだが、胃液が数滴、流れ落ちただけ。


「おい、何吹き込んでるんだよ、こんなガキに! どうすればこの街を守れるのか、せっかく考え出したってのによ!」

「まだ夢を見ているのか、レベッカさん? この街、ローデヴィス経済特区は、未だかつてない災厄のテストケースとして、未来永劫人々の記憶に残り続けることになる!」


 甘いな、博士。

 そう言い捨てたのはゴンだった。


「確かにここは有名になるだろう。だが、それは被災地としてではなく、聖地としてだ。ケレン、すまないが教えてくれ。マイクロチップが一つ破壊された場合、どのくらいの範囲で疑心暗鬼が起こる?」


 ケレンはしばし、胸に手を当て、深呼吸を繰り返してから言った。


「ちょうどこの街を包み込むくらいの広さ、だよ」

「行くぞ、レベッカ」

「ああ。ケレン、お前は好きにしろ」

「へ?」


 ケレンは呆気にとられた。

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