第24話


         ※


「うわわわわわわわっ!?」

「おう、そう暴れんなよ、ケレン! あっぶね!」


 以前同様、ゴンとケレンは緩やかに長い配管を転がり落ちた。暗闇とスポットライトの光が対比を為すスペースへと。

 ケレンには魔術の素質があったが、まだその全てを発揮できずにいるのが現状。だからゴンに引っ張られ、無様な登場となった。


「何者だ!」


 ギィン、と響く魔導士の鋭い声。それはゴンをぞっとさせるのに十分な芯の強さがあった。ケレンに至っては一瞬で涙目である。


 魔導士七人がすっと利き手を上げて、攻撃魔術の球体を形成し始めた。が、しかし。


「皆、腕を下ろしなさい!」

 

 これぞ鶴の一声というもの。リーネストの上げた声で、全員がすっと腕を下ろした。そのまま彼女の方へ向き直り、一部の隙も無い挙動でひざまずく。


「ところでケレン、こいつらは敵なのか? 味方なのか?」

「ん? あ、えーっと……」


 顎に指先を当てて考え出すケレン。滑稽なのか愚かなのか。

 ゴンはあからさまに大きな溜息をついた。がくん、と首を下げる。

 と見せかけて、背後から小振りのサーベルを引き抜いた。音もなく投擲され、斬撃をもたらしていく。どちらもわざと外したつもり――だったのだが、ゴンの視野では奇妙な現象が起こっていた。


 サーベルの軌道が変わった。直線ではなく、ぐいっと捻じ曲げられるようにして外側に逸れたのだ。


「ほう……」


 これだけで、ゴンには合点がいった。今目の前で円陣を組んでいるローブの連中は、確かに一流の魔導士だ。合同任務に就いた時に見かける者たちは、魔術の行使に武器を頼っていた。だがここにいる連中は、そんなものがなくとも、科学の領域を超える戦闘が可能なのだ。


「ここは武装解除すべきかな? こちとら仲間の身柄を保護しようと思っていただけなんだが?」


 それに応じたのはリーネストだった。ドーナツ状の円卓の中央、穴の開いた部分に立っている。そして彼女だけが、真っ白なローブを纏っている。


 穏やかな所作で両手を組み、軽く俯いて目を閉じる。ゴンは何も感じなかったが、ケレンは違った。

 これはきっと、僕やゴンの有する武器について分析しているのだ。

 あっさり武装解除させずに、武器を持たせたままにして安心感を与えようという意図があるのかもしれない。


「なるほど、非魔導士の人物がお二人に、新米の魔術師がお一人。話し合いを持つには絶好のお相手と言えるでしょうね」


 中央の人物――リーネスト・アライリアンは、淡々と語った。幼子らしい高い声だったが、不思議と落ち着きを帯びた声だ。


「セド、レベッカ・サリオンの意識を戻してあげなさい。ゴンさん、ケレンさん、こちらへ」


 そう言って、セドは一礼して踵を返し、さっさと歩いて行ってしまう。


「こ、こちらへ、って……」

「大丈夫だよ、ゴン。真っ暗だから怖いだろうけど、僕たちの足元にはちゃんと床があるから」

「わ、分かった」


 こればかりは、ケレンに従う外なかった。


         ※


「ぶわはっ!?」


 胃袋がひっくり返るような発声をしながら、レベッカは目を覚ました。


「おいレベッカ、落ち着いて聞けよ。今、俺たちは魔導士たちのアジトにいる。皆親切だ。俺たちに敵対感情を抱いているわけじゃない。立てるか?」

「ああ、大丈夫だ」


 ゴンの端的な言葉で要領を得たのか、レベッカはあっさりと了解し、自分の足で担架から下りて立ち上がった。それからスポットライトを頼りに進むこと、約二分。


「さて、そろそろいいようですね」


 セドはスッと三人の間に視線を走らせる。


「そろそろ、って言われても……。ここで何か?」


 ケレンの声に、ゴンも振り返った。ここに来るまでの間に、何が目印になったのだろうか。これも魔術の一つか。


「それでは、ちょっとした歴史の探索と参りましょうか」

「歴史?」

「左様。それも一応、ここ三〇〇年ほどの間に限った話です」


 ゴンと言葉を投げ合いながら、セドはしゃがみ込んで床をノックした。そこから勉強机に使えそうな、丸い切り株がぬっと現れる。


「さあ、ご着席ください」


 振り返ると、三者三様の体格にあった高さの切り株がせり上がってくるところだった。

 ゆっくりと腰を落ち着けていく三人。堅そうな椅子に見えたが、意外と快適だ。


 慣れた所作でフードを翻しながら、セドも椅子に腰を下ろした。


「まずはスタート地点、約三〇〇年前に起こったことから始めましょう」


 ここでセドが語ったのは、三人共承知のことだった。食人獣と魔導士の出現、そしてその台頭。


「問題は、人間同士の争いが絶えなかったことです。食人獣という脅威を目の前にしてもね」


 呆れた調子で溜息をつくセド。こんな態度を取られても、何故か三人に怒りが湧いてくることはなかった。あまりに聞き慣れてしまったからだろうか?

 いや、それは違う。

 そう考えたのはケレンだ。きっとセドもまた、今のこの世界の歪み、それも人間の心の暗部を見てきたのだろう。セドの過去は知らないけれど、他人事とは思えない。


「我々セイクリッド・ナイヴスとて、一枚岩とは言い難い。それなのに、当時の数十億と言われた人間たちが団結するなど、夢のまた夢だ」


 そっとゴンの横顔を窺うケレン。前の腕を組み、後ろの腕を後頭部に当てたゴンは、じっとセドの話に聞き入っている。


「あとは簡単な話です。魔力という未知の力を持つ者と持たざる者、双方が相手に不快感を示し、争いを始めた。その間にも食人獣たちは進化し、領土を広げ、この星の支配者としての地位を確立させた」

「えっ、でも、魔力を使える人も使えない人も、皆で協力して食人獣を倒していましたよ? 僕はこの旅で、その様子を何度も見てる」


 ケレンの前で、セドはすっと息を吸った。


「それは、人間たちがようやく気づいたからですよ。仲間割れしていては、やがて自分たちは絶滅させられる、とね」


 絶滅。その一言に、ケレンはぞわっ、と総毛立つのを感じた。

 

「このことをまともに人間たちが考え始めたのは、およそ一〇〇年前。手遅れかもしれませんが、魔導士たちはここへ集い、大魔法の研究に明け暮れた」

「大魔法……?」


 ずいっと身を乗り出すケレン。その肩をそっと押さえながら、レベッカはこう言った。


「それが、非魔術師に対するここの施術だな」


 とんとん、とレベッカは自分の側頭部を叩いてみせる。対するセドは、一瞬目線をテーブル上に走らせた後、首肯を繰り返した。


「魔力の有無で分かれていては、人類は絶滅する。かといって、分裂状態から人類を団結させる手段も見当たらない。そこで、我々は禁忌とされる魔術に着手したのです。――この星の全人類に対する、意志統一魔術を」


 沈黙が、三人の胸を押し潰す。語った張本人であるセドも、俯いて眉間に手を遣っている。


「我々は意図的に、他者の意識に干渉した。それも一人二人という人数ではない。一〇〇年前の地球に存在していた全人類、約十億人に対して」

「あんた、後悔を?」

「いえ」


 レベッカの問いかけに、セドは素早く答えた。


「後悔はしていません。しかし、他にまだ人類の意志統一の手段が残されてはいなかったのか……。そんなことばかり考えています」


 ゴンは大きな溜息をつき、ケレンは肩を落としてがっくりと項垂れている。

 レベッカに至っては、もどかしげに目元に手を遣っている。


「ん……」

「どうしたの、レベッカ?」


 流石に異常だと察したのか、ケレンが声をかけた。振り返ってゴンの方を見ると、彼もまたレベッカを見つめていた。


「どうかされましたか、レベッカ様?」

「……目……」

「目?」

「目が見えねえ……。さっさと義眼技師のところに行くべきだったんだが、その前に過度な負担をかけすぎちまったようだ」

「そんな!」


 レベッカの肩に手を載せて揺さぶるケレン。そんな彼をやや乱暴に突き放し、ゴンはそっとレベッカの上腕に手を遣った。


「立てるか、レベッカ?」

「ん……」


 魔術で処置できないのは、レベッカもゴンも承知している。


「あ、あの、今からでも間に合うんじゃない? 技師さんのところに行ければ……」

「そうだな。セドさんよ、あんた、俺たち三人をここからテレポートさせられるか? 場所は伝えるから」

「畏まりました。では早速」

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