第6話 サロンにて


 そこで、二人は初めて顔を合わせた。

 パーラーメイドがティーポットからカップへと紅茶を注ぐ。それはアネット警部の妻の隣に控えていたアンソニーに迄および、彼が遠慮して顔を背けた。それを笑う影がある。彼が、パーシーだった。

「君は、アネット警部宅のフットマンかい?」

 楽しげに頬杖をつき、パーシーは言った。アンソニーは誰かと話す際には聞くように言われていたので、アネット夫人に視線を向けた。

 すると、夫人は何処かうっとりとした声色で、囁いた。

「パーシヴァル・エルマー・ヒースコート侯爵。今ロンドンの社交界の中で一番勢いのある貴族よ。お話なさい、アンソニー」

 アンソニーは頷いた。

「そうです、ヒースコート侯爵様」

「そんなに格式張る事はないよ。パーシーで良い」

「しかし、」

「なに、アネット夫人が睨んでいるかな? 君の独り占めは良くないね」

「はぁ」

 アンソニーは困ったように息を吐き出した。

「そう言えば侯爵様、今回の事件の推理は出来て?」

 そんな二人のやり取りを取り消すようにこのサロンの主催者の夫人は言った。


 今回の事件。そう言えば、アネット警部から話は聞いていた。確か、中流階級の令嬢、シャロン・ヘザリンドンが、食事中に毒殺されたものだったと思う。

「大方犯人は判っているよ。そのトリックもね」

 パーシーは言った。わっと、貴族達は沸き立つ。

「早く教えてくださいませ、パーシー様」

 アネット夫人はパーシーへと詰め寄った。

「犯人は一番始めに彼女に駆け寄った許嫁の、ダーレン・ヴィンセント・アクソン。トリックは……君、判るかい?」

「え?」

 突然に話を振られ、アンソニーは口ごもった。話は聞いていたが、推理など考えた事もなかった。アネット夫人はアンソニーを小突いた。

「警察官のフットマンとして、確りお答えなさい!」

「すみません、奥様。私には──お手上げです」

「難しいかな? まぁ良い。誰だって推理を披露するときは緊張してしまうものさ。もしかしたら、ただの人間を犯人と決めつけて処刑台に送ってしまうのだからね」

 パーシーは肩を竦め、

「それじゃあ、話を進めようか。彼女が毒を飲まされ首に手を当てて倒れたと言う。それが、演技だったらどうだろう」

「演技!?」

 そこには集まっていた貴族達はパーシーの方へ目をやった。

「そう、シャロンは、家族が勧めたダーレンとの見合いは失敗だったと漏らしていたらしいじゃないか。結婚が決まり、ダーレンが家に出入りするようになっても。しかしながらそれは、家族からの注目……愛が欲しいだけ──実際彼女はダーレンの子供を孕んでいたと聞いているからね。そうして、自分が毒を飲んだように倒れ、家族にアピールをするようとした。しかし、それは残酷にも失敗に終わる。ダーレンによって、無理に泡を吹いたような口許に、ネズミ殺しの毒を飲まされてね。そうして、ダーレンは悲劇の婚約者として、シャロンの後釜についたと言う事さ」


「成る程。面白い推理ですわ。主人に伝えましょう。メモは取れて? アンソニー」

「はい、奥様」

 アンソニーはこうべを垂れた。

「アンソニーと言うのかい!」

 パーシーが、改めて身を乗り出して言葉を発した。するとアネット夫人は、

「うちのフットマンに何かご用でしょうか? パーシー様」

 と、首を傾げた。

「いえね、丁度我が家のヴァレットが疲労で倒れてしまってね。新しいヴァレットを探していると言う訳で」

「まさか、うちのアンソニーがお気に召して?」

 己のフットマンの意外なる出世に、夫人は目を見開いていた。パーシーは足を組み直し、

「まぁ、そう言う事だよ。今日明日にでも、欲しいくらいだ」


 この言葉には、アンソニーもアネット夫人も驚いた。

「ま、まぁどうしましょう。私、倒れてしまいそうだわ」

「アネット夫人。貴女の家にはもっと仕事が出来るフットマンを紹介しよう。等価交換だ。良いかな?」

「パーシー様のお屋敷に仕えているフットマンですの?」

「勿論さ。それ程、僕はアンソニー君が欲しいな」

「それは──」

 と、アンソニーは言った。

「それは私の肌の色や瞳から雇いたいと? パーシヴァル侯爵様はシノワズリの趣味がお有りなのですか?」

 アンソニーの言葉に、パーシーは一度押し黙る。それによって、運ばれた一陣の風がサロンの中を駆け抜けた。


「いや、僕は君がどんな容姿であっても欲しい。それだけだよ」


 突然の告白と差し出された手を、アンソニーは思わず取っていた。

「ヒースコート侯爵家へようこそ。アンソニー……えぇと?」

「アンソニー・ブルーウッドです」

「あぁ! アンソニー・ブルーウッド君」

 そう言って、パーシーは立ち上がり、アンソニーへと歩み寄ると、彼の腰に手を回し、上目遣いに彼を見た。通った鼻筋、きらきらと光る瞳。遠目から見ても中々の美丈夫だった。こうして見つめられる方が、くらりと目眩がした。

「今日中には新たなフットマンを紹介しよう。アネット夫人。すまないね」

「いいえ、主人も受け入れて呉れる筈ですわ。靴磨きの腕の良いフットマンを失ってしまうのは寂しいけれど……アンソニー、無礼の無いように」

「はい、奥様。お世話になりました」

 アンソニーはメモ帳をアネット夫人へと手渡し、頭を下げた。

これが、二人を引き合わせた事件だった。


 パーシー経由だったが、やはりダーレン・ヴィンセント・アクソンが殺人の容疑で逮捕され事をアンソニーは後程知った。やはり目的は金で、シャロンもお遊び程度に数度肌を重ねただけだったと言う。ダーレンの家からもネズミ殺しの毒が見付かり、無事、事件は解決した。

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