門前いばらの自傷マンガ

闇之一夜

 門前(もんぜん)いばらは、萌え系のマンガを描くマンガ家だ。二十代半ばになる女性で、描くのは恋愛ものの少女マンガだが、萌え萌えした絵柄と癒し系のなごむストーリーのおかげで、性別を問わずオタク全般に人気がある。すべての話がハッピーエンドで、作者いわく「現実逃避と言われようが、かまわない」「つらい現実を、わざわざ描くことに意味を見出せない」とのこと。


 実はこの「つらい現実をテーマとして取り上げることは無意味」という発言には、ファンの知らない、彼女独自のリアリティがあった。つらい現実などは、私生活を送るだけで充分すぎるほど間に合っているので、わざわざ描く必要など微塵もなかったのである。




 門前いばらは、本名ではなくペンネームだ。察する人もあろうが、これは「門前払い」のもじりである。また、いばらには「いばらの道」のようなきつい意味もある。

 かような、ふわふわした明るく楽しい萌えマンガを描く人が、なぜこんな妙に厳しく重い名前にしたのかと、疑問に思う者もたまにいる。

 だが、これも本人いわく「なかなかデビューできなくてつらかったころ、勢いでつけちゃっただけ」で、深い意味はないそうだ。


 しかし、「名は体(たい)をあらわす」という。

 以前、子供に「悪魔」と名づけようとして止められた奴がいたように、名前というものは、(たとえ本人や周りがどう思おうが、)世間で通っている「意味」を自然に「呼び込んでしまう」もの。そして門前いばらも、たとえもじりであったとしても、結果的にそうなったばかりか、文字通りの「いばらの道」すら歩むことになったのである。


 というか、実はどんなPNにしようが、彼女の人生には、もとから悲惨になる要素がてんこもりだったのだが。

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