番外編

看病と下心

 ルシェは僕に実家へ帰るように言うのに、僕の作ったご飯を食べる事を当たり前に思っているのはどう言うことなんでしょうかね。

 ただルシェならそれに気付いたら「確かに! 明日から自分で作る」と言うのが目に見えているので、そんな事を自分から言うなんて愚かなことはしませんが。……そのような突拍子もない行動が僕の心を弄んでいると僅かでも気付いて欲しいですね。


 鈍感。以前勇者の正室候補達が話していた言葉がふと頭に浮かびます。

 ルシェの鈍さも勇者と良い勝負ですよ。もしかしたら勇者以上かもしれませんね。ただその割にルシェは距離を詰めようとすると僕に対して躱そうともする変な所で鋭い。稀に気があるような反応をする事もありますし。……と今更ルシェの鈍感について考えても変わる事はないでしょう。それよりも今は僕は目の前のお盆に載っている土鍋をどうすべきでしょうね。


「このままではご飯が冷めてしまいますからね」


 中に入っているお粥を頭に浮かべる。ルシェは今手を使えません。ならば僕がルシェの手の代わりになれば良い。話としては単純なんです。少し前なら「お嫁様を看病するのは僕の役目です」と言って、ルシェに判断を委ねれば良い。簡単だったんです。

 それが簡単ではなくなったのはきっと、ルシェへの恋心が原因なんでしょうね。気付いたらルシェが面白いから、優しいに変わり、そして今は凛々しいに変わった。

 日を追う毎にルシェへの気持ちが強くなっている気がします。っと、また悩んでいると更に冷めてしまいますね。ルシェには一番美味しい状態で食べて貰いたいのに。


 こういうときは度胸が大事。そもそもルシェの手が治るのを待っていると断食どころではなくなります。更にお粥が冷める前にルシェの所に行きましょう。


 なのになんでこの体は動こうとしないのでしょう。婚約者が看病するのは当たり前の事。そうです! 食べられないルシェのために僕が世話をする。看病です! なんとか心に言い聞かせ体を動かしお盆を持つ。


「ルシェ。昼ご飯です」


 居間に向かい、ルシェの様子を確認する。あまり調子は良くなさそうだが、僕に気付く興味を持ったようにじっと見つめる。そしてお盆にのせられてご飯を見て嬉しそうに笑う。これは僕の事をご飯だと思っていそうですね。


「ありがとうございます」

「ルシェ。食べられますか? もし食べられなければ僕が食べ」


 そのまま何気なく伝える。そう看病。これからするのは看病だと言い聞かせながらお盆を置く。さりげなくルシェの方を見ると、ルシェが眉を顰めながら、ソファーにもたれていた体を起こす。そんな簡単に動く怪我ではないはずなのですが。


「あっ。ヒャク動く! さっきより動く、これならいける」


 ”いける”その何気ない言葉は僕の悩みを一瞬で意味のない物に変えた。なんで悩んでいたんかが不思議になるくらいあっさりだった。


「僕のドキドキを返して下さい」

「ヒャクのご飯は食べたいから絶対食べる。だから心配しなくて」


 僕のご飯。さらりと言うその言葉の意味にルシェは気付いているのでしょうか。異性を虜にするには胃袋を掴む。聖女はそう話していましたが、僕がルシェの胃袋に飲み込まれているように感じますね。

 ルシェもまた僕の心を弄ぶような言葉を……。その心配にこのまま添い遂げてくれると言う意味はきっと含まれていないんでしょう。


「本当に返さなくて良いんですよ」


 僕に期待させるような言葉を言わないで欲しい。そう考えていると自然と出た。ルシェが困っているようだが、少しくらいは構いませんよね。


「流石に二時間くらい休んでいれば良くなるよ。今ならちゅうしてきても避けられるよ」


 ちゅう? ルシェはどうしてここでキスを出すんですか? ルシェと僕の会話が成立していないのは明らか。


「ルシェ。これ以上僕の心を弄ぶようでしたが、今度は麻痺を付与してキスをしますからね」


 確かにあの時はルシェが急にしおらしくなって、恥ずかしくなり機会を逃してしまいましたか、今度は、おそらく、僕だって、度胸はあるんです。


「ちょっと待て、それ、避けられない。ってかヒャク、さっき、避けなかったことを根に持っているんじゃ」

「避けなかったこと?」

「満身創痍で動けないって言っていたのに、あっさり体が回復しすぎでしょ。色々考えさせちゃったみたいだし、ごめん」


 所々僕を気遣う言葉に、自分の気持ちしか考えていなかった自分が恥ずかしくなる。


「ルシェ。まだ全快とは言えないですよ」


 そして先程レンゲを握ろうとしたときに顔を顰めていた姿が頭に浮かぶ。

 そこまでして食べようとしてくれるのは嬉しいですが、無理をして欲しくない。そう思うと僕の手は自然とルシェの手に触れ、そのままルシェからレンゲを取る。そのままお粥を少し掬い。ルシェの口元に添えた。


「いや。自分で食べれる」

「ルシェの怪我は手の平が一番酷いんですよ」

「知ってる。けど、握れてる。いける」

「いけないです。握れたからと言って無理をするのは良くないですよ。ほら、あーん。ちゃんと大人しく食べないと治るまで手を動かさないように手に麻痺を付与しますよ」


 治りかけているとは言え無理はさせたくない。そのまま口元に添えていると、ルシェがゆっくりと口を開き、食べる。


「食べれますか?」

「うん。少し冷めていて、丁度良い。猫舌だから少し冷ましてくれたんだ。あり」

「ルシェ。あーん」


 あなたにこう食べてもらうのが気恥ずかしくて照れていた。と話すのは恥ずかしい。鈍いくせに妙な所に気付かないで下さい。お礼を言われる理由もないですからね。

 ルシェの言葉が恥ずかしくなり、無理やりルシェの口を塞ぐように、お粥を口元に添える。ルシェはそんな僕の思惑には気付かず、お粥を食べた。その表情は嬉しそうで、僕のご飯に夢中だと言う事は簡単に伝わってきた。


 だからか最初五月蠅かった心臓も何口か渡していると徐々に落ち着いてくる。どうしてこんな深刻に悩んでいたのかが、不思議に思えて来るほどです。ルシェとの距離は近いが、先程のような照れはなくなり、美味しそうに食べている姿を見ているだけで、僕も嬉しくなります。

 僕はルシェが笑ってくれていれば、それが一番なのかもしれませんね。


「ルシェは僕のご飯が大好きなんですから」


 それでも少しだけ物足りなくて、いつか僕も好きになって下さいよ。そんな気持ちを込めて伝えると、ルシェは僕の意図が伝わっているかのように困ったようにわらう。本当にこの人は魔王のように手強くて罪な御方だ。

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