9

 気付いたら朝になっていた。今日は邪竜が来る。ハズだがいつもと同じような朝で少し拍子ぬ


「お嫁様。おはようございます」


 いや、違った。カーテンを開けようとするとベットに頬杖をついている神と目が合う。急いで布団から出る。何があった?


「お嫁様。朝ご飯はできていますよ」


 神は私の様子を気にせずに頬杖をついたまま言う。朝ご飯?


「ご飯?」

「ええ。ご飯が出来たのでお呼びに来ました」


 そっか。いつもよりも起きる時間が遅かったから起こしに来たんだ。寝過ぎた私が悪いんだから起こしてくれれば良かったのにな。


「ご飯冷めちゃうし、起こしてくれて良いのに」

「温めれば良いだけです。それにまだ邪竜が来るまで時間はありますので」


 あ。邪竜の来襲時間を知ってるんだな。ソシャゲの時限イベントみたいだな。

 だから少しでも体力が温存出来るように起こさなかったのか。見られるのはあまり気分が良くないがそれなら仕方な


「ついつい見とれてしまいました」


 くないな。ホント隙あらばだな。私の顔なんぞ見て何が楽しいんだろうな。


「何も良いことがないですよ」

「そんな事ないですよ。お嫁様も起きられましたし、僕はご飯を温めて来ますね。今日の朝ご飯も愛情たっぷりですので、早く着替えて来て下さいね」

「はい」


 なんだかお母さんみたいだな。私が適当に返事をすると神はすぐに部屋から出た。


「やっぱり、あっさり引き下がる」


 着替えるまで居座ることはなかった。相変わらず淡泊だな。神の足音が遠くなったことを確認して着替える。そのまま台所へ向かうと机の上には朝ご飯が用意されていた。

 今日の朝ご飯は熊鍋。朝ご飯にしては重いが、これからのために体力を付けた方が良い。

 だから頑張らないと「いただきます」という言葉がいつもよりも大きかったのは気のせいじゃないと思う。



 ***



 一週間はあっという間だったと思う。これから私達は邪竜と戦う。

 神も緊張しているようで「村の入り口に向かいましょう」と言う声は穏やかだが何となく震えている感じがした。だが私は最終決戦だからな。なんて何処か他人事のように思っていた。どこかに感情を落としてしまったみたいで、何故か落ち着いている。きっと覚悟を決めるしかないからかな。今更だもんな。もうたたかう以外の選択肢は消えているからな。


 神が緊張しているからか村の入り口に向かう間は一切会話がなかった。この状況で話す方がおかしいかもしれないが。それは村の入り口についてからもで、ああこれから始まるのかなんて思いながら空を見上げていた。


「そろそろですね」


 先に口を開いたのは神だった。ぽつりと出てきたその言葉でそうか、もう始まるのか相変わらず他人事のように思っていた。


 それから更に少しして妙な寒気と共に大きな風が吹いた。

 切りつけて来そうな程に強い風だ。すぐに神が私の前に立ち、プリトウェンを構える。おかげで風が私に向かってくる事はなかった。


 盾の中から風の様子を見ていると今度は勢いよく砂埃が舞いあがる。視界がわかりにくい。ここで強襲されるわけにはいかない。木の棒を持ち、なるべく気配を感じ取れるようにゆっくりと息を吐く。

 そして砂埃が落ち着くのを待つ。段々と砂埃がなくなり、視界が見えてきた。だが油断は出来ない。唾を飲み込みながら目の前を見ると。そこには黒くて大きな竜がいた。

 竜は私達のことなど気にせずにもがき苦しむように大きな咆哮を上げていた。


「ルシェ」

「はい!」


 とりあえずこちらに注意を向かせないと。開幕ワンパンだ。別名。こんにちは、死ね! 力に任せて部屋にあったグングニルを投げる。だが竜はグングニルにひるむことなく、大きな羽で弾いた。


「まじか」


 聞いていた通りだが、思った以上に効果がなかった。やはり木の棒で叩きつける以外はないのか。持っていた木を握る。ここから近い罠は。視線は竜から話さず考えていると竜がこちらに向けて口を開く。口の中から光が見えた。光? 光が襲ってくる。そう気付いた瞬間。私の視界に影が出来た。


 間一髪の所で神が防いでくれたようだ。見上げると神が顔をしかめていた。


「後数発なら問題ないか」


 呟く神が言った。後数発。その言葉にプリトウェンへ視線を移すとプリトウェンにははっきりとヒビが見える。これはあまり期待しないほうが良いな。


「魔方陣に誘い込みます。最初に仕掛けた所ですね」

「はい。僕が誘導します」


 ここから一番近い魔方陣はミカちゃんちを真っ直ぐ行ったところの森にある。再び来た光線をプリトウェンで防ぐと盾から出る。そしてそのまま森の方へ向かった。


「ルシェ。左です」


 このまま真っ直ぐ走れば良い筈だが、神の言葉で急いで左に曲がる。すると私が向かおうとしていた辺りに光線が当たった。ギリギリの所で避けられたが、安心している場合はない。まずは魔方陣だ。再び真っ直ぐ走ると神が私に左、右と叫ぶ。お陰でうまく避けながら向かえてる。

 走っていると段々と肺が悲鳴を上げはじめるがそんなこと知ったこっちゃない。このまま走り続ければ勝てるかもしれない。苦しいのは気のせいだ。


「そのまま真っ直ぐ」


 神の言葉を頼りに走ると魔方陣が視界に入る。わかった。更に足に力を入れて魔方陣を通過する。発動したら叫んでくれる筈だ。そのまま真っ直ぐ走っていると、後ろから鼓膜が壊れるかと思う程の大きな咆哮が聞こえた。


「ルシェ。今です」


 続いて神の声が聞こえる。急いで振り向くと邪竜が魔方陣があった辺りでもがき苦しんでいた。どうやら魔方陣が発動したようだ。神の声が聞こえた方向をチラリと見ると神は顔が歪んでいる。時間がなさそうだ。神が抑えている間に倒さないと。


 急いで武器を構え、竜の元へと向かい思い切り頭を叩く。だが固くて棒が弾かれた。どこかやわらかい所を! 何処だ? 肩の黒い部分はなんだろう? ぷよぷよして柔らかそうだ。

 ここ? 考えていても意味がない。急いで黒い部分を叩くと先ほどとは違う柔らかい感覚。そして黒いなにかは黒い煙とともに消え、竜が咆哮を上げる。この場所か? 出てきた鱗を叩くが先程の様な咆哮はない。あの柔らかい固まりか。急いで探して一つずつ潰していく。


「つっ」


 五個くらい潰した辺りだろうか、手の平に何かが刺さったような痛みがした。手を見ると木の棒から私の血が少し垂れていた。

 握り過ぎたか。手は……動く、ならやるしかない。握ると棒が傷口に食い込み痛いが、歯を食いしばり堪え黒い何かを叩く。叩くとその塊も他の塊同様に黒い煙とともに消え、鱗が見える。

 全ての黒い何かを叩き負えると竜は一際大きな鳴き声をして崩れ落ちるように倒れた。体中から黒い煙が吹き出し、まるで蒸発されていくようだった。それから少しして私の視界から竜が消えた。

 ワープ? 神から作戦を仰ぐように神の方向を向こうとするが、私の体は動かず、ゆっくりと視界が地面に近づいていくようだった。

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