乙女ゲー世界の悪役令嬢に転生してしまった私は『運命』を全力で否定する。

田中 凪

第1話

「面っ!!」

 剣道場に竹刀の乾いた音が響いた。

 相手の選手の頭に私『下田佳奈』の正面打ちが綺麗に決まったのだ。


「下田先輩、お疲れさまでした!」

 試合が終わって剣道場から出た私を後輩の『則子ちゃん』が迎えてくれた。

 則子ちゃんは剣道部ではなかったが、応援のために駆けつけてくれたのだ。

「則子ちゃんもお疲れ様」

 私は則子ちゃんと並んで家路に着く事にした。

 則子ちゃんと私は家が近くて、幼い頃からの友達だ。

 小学生の頃からこうやって並んで帰るのが当たり前の光景になっていた。

「先輩、良いんですか?」

「ん?何が?」

「このあと、剣道部で打ち上げとかしないんですか?」

「ああ、良いの良いの。私が居なくてもみんな盛り上がるよ」

 私はそう言うと夕日に向かって歩き出した。

 則子ちゃんも特に何も言わずに並んで歩き出した。

 実は、私が剣道部の打ち上げを蹴るのはこれが初めてではないのだ。


「先輩って部長よりも強いんですよね?」

「うん、今のところは勝ち越してるかな?」

「それなのに、どうして部長にも副部長にもならないんですか?」

「あたしは今の立ち位置が一番気に入ってるの」

 正直、私は『人の上に立つ』と言うのがあまり好きではない。

 気苦労が増えるし、自分の時間は減ってしまう。

 私は『好きな事』のために時間を使いたいのだ。

「それに、部長や副部長になったら『ゲーム』の時間が減っちゃうでしょ?」

「いよいよ来週発売ですね」

 私と則子ちゃんは顔を見合わせて笑った。

 私たちは『来週発売されるゲーム』を心待ちにしていたのだ。

 私と則子ちゃんは家が近い幼馴染なだけではなく、趣味も良く合った。

「則子ちゃんは誰から攻略する?」

「やっぱり私も最初は王子様からでしょうか?」

 私たちはそんな会話をしながら家へと帰った。


「はぁ~、明日が待ちきれないなぁ~~」

 私はスマートフォンの画面を見ながらため息をついた。

 画面には新発売される最新乙女ゲーム『true heart』が表示されていた。

 人気のイラストレーターと声優を採用した今年大注目の力作だ。

 私もパッケージに描かれた登場人物を見た瞬間に予約してしまった。

「誰から攻略しようかな~~やっぱり王子様からかな?」

 このゲーム『true heart』の攻略対象は3人だ。

 1人目は一番人気の王子『エドワード』だ。

 エドワードは主人公の『ジェニファー』より2歳年上の金髪の腹黒王子だ。

 もう一人は俺様貴族の『ジョージ』だ。

 ジョージはジェニファーと同い年のいわゆるオラオラ系だ。

 true heartには二人しか攻略対象が登場しない。

 だがその分、二人の掘り下げにはかなり力が入っているらしい。

「う~~ん、見れば見るほど悩むな~~」

 私はスマホの画面とにらめっこをしながら、明日の事を考えていた。

 明日は金曜日だ。

 つまり、家に帰れば月曜日の朝までゲーム三昧と言うわけだ。

「部のみんなには悪いけど、これは譲れないんだよなぁ」

 私が剣道部に所属しているのは、剣道が好きだからではない。

 実は私にはコスプレの趣味があるのだ。

 剣道を習っているのは、コスプレした時に映えると思ったからだった。

 だから、必然的に『オタク趣味>剣道』と言う事になる。

「はぁぁぁあああ、明日が待ち遠しいなぁぁぁあああ」

 私はベッドに横になったまま、大きなため息をついた。

 もし『タイムマシーン』があったら、迷わず明日へ飛ぶだろう。

 それくらいこの『true heart』を心待ちにしていたのだ。

「佳奈~~変な声出してないでお風呂入りなさ~~い」

「はーい!」

 下の階から聞こえたお母さんの声に返事をすると、私はベッドから起き上がった。

「変な声は余計よっ!」

 私はスマホを閉じるとパジャマをつかんで部屋から出た。

「今日は早く寝よっと」

 パチンッ!

 音を立てて部屋が真っ暗になった。

 下の階から聞こえたお母さんの声に返事をすると、私はベッドから起き上がった。

「変な声は余計よっ!」

 私はスマホを閉じるとパジャマをつかんで部屋から出た。

「今日は早く寝よっと」

 パチンッ!

 音を立てて部屋が真っ暗になった。


 キーンコーンカーンコーン

 チャイムの音が金曜日の放課後を告げた。

 もう、私にはそれがスターターピストルの音にしか聞こえなかった。

「ぬぉぉぉおおお!急げ!!急ぐのよ!!!」

 私は先生に怒られない程度の速度で廊下を歩き、校門から出た。

 本当は走りたかったが、先生に見つかって怒られたら大幅なタイムロスだ。

 そんなバカらしい事に時間なんて使いたくなかった。

「先生、さようなら!!」

 私は校門に待機している生徒指導の先生ににこやかにあいさつした。

「おう、さようなら」

 ジャージ姿の先生は私のあいさつに輝くような笑顔で返してくれた。

 だが、今の私にはそんな事はどうでも良かった。

 ここを突破すれば、あとは全力で走るだけだ。

 そうすれば時間指定で購入した『true heart』が私を待っている。

「(あの角さえ曲がればっ!!)」

 私は先生の死角に入るまで、はやる気持ちを必死で抑えながら早歩きを続けた。

 角まであと、五メートル程度だろう。

「(二メートル!一メートル!!)」

 そして私はついに角を曲がり、先生の視界から消えた。

「ぅおっしゃぁぁぁあああ!!!」

 私は日ごろ鍛えた体力を思う存分に発揮して走り出した。

 制服姿で少し走りにくかったが、今の私にはそんなのは関係ない。

 ただ『ゲームをしたい』と言う想いが私の身体を突き動かしていた。

「あ、先輩お疲れさ……」

「則子ちゃんお疲れ様!」

 私はすれ違いざまに則子ちゃんと挨拶を交わした。

 優雅に歩く則子ちゃんと鬼の形相で走る私は対照的だった。

 だが、私たちの内には共通のオタク魂が入っている。

「(家まで残り一キロ!スタミナ持ってくれよ!!)」

 

「ただいまっ!!」

 私は肩で息をしながら家に駆けこむとテーブルの上を見た。

 そこには未開封の私宛の梱包材がちょこんと置いてある。

 私はついに『true heart』を手に入れたのだ。


 それからの私は眠りもしないでゲームの攻略に取り掛かった。

 金曜日も土曜日も日曜日も一睡もしないでコントローラーを握り続けた。

 まるで『締め切り前の漫画家』のようだった。

 そして、月曜日の朝が来た。

「……や、やった……ついにコンプリートした」

 画面には花嫁姿で3人の攻略対象に囲まれる主人公『ジェニファー』が映っていた。

 トロフィー回収率100%、文句なしのフルコンプ状態だ。

 支払った代償は高かったが、私の心は満足感と達成感で満たされていた。

「……途中から意識がもうろうとしてて、何が何か分かってなかったなぁ」

 コントローラーを置いたところで、私の身体に脱力感が押し寄せてきた。

「…もう気絶、していいよね」

 私が重くなっていくまぶたを閉じようとした時

「佳奈ぁー!起きなさーーいっ!!」

 お母さんの声が私の安らかな眠りを妨げた。

 時計を見ると七時を指している。

 せめて一時間くらいは眠りたかったが、それはかなわないようだ。

「はーい!今、行くーー!!」

 私は鉛のように重い身体を引きずるように起き上がらせると、洗面台へと向かった。

 鏡に映った私の顔は……これは書くのはやめよう。

 私の顔を見た父は

「お前、年末のお父さんみたいな顔になってるぞ?」

 と心配そうに言って、学校を休むように勧めてくれた。

 私も今日、一日眠っていたかったがお母さんが

「どうせ休みの間ずっとゲームでもしてたんでしょ?」

 と言って、学校へ行く事になってしまった。

 いや、おっしゃる通りなんだけどさ。


「(帰ったら全回してからもう一度『true heart』プレイしよっと)」

 私は身体も心も疲れ切った状態で登校していた。

「先輩、危なぁぁぁあああいっ!!」

「へ?」

 見ると、白と緑のツートンカラーのトラックが私の方向へと走ってくるではないか。

「(あ、これは助からないな。せめてもう一度だけプレイしたかったけど……)」

 次の瞬間、私の身体に強い衝撃が走った。

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