原因不明の病気の僕は、治療と冒険は異世界で行うことにした

伊都海月

第1話 出会い

 木の上で気をうしなっている少年が一人。木にもたれかかり、つるぎかまえたまま、ことれている男が一人。今、あらわれた男がもう少し早くここに着いていたら、木にもたれかかっている男の命は助かっていたかもしれない。その位、男は強かった。取りかこんでいた魔物まものをあっと言う間にたおすほどに。


 全ての魔物まものたおすと、木の上の少年をこわれ物をあつかうように丁寧ていねいきかかえて下ろしてやると、どこからか取り出した水袋みずぶくろのようなものから、これもどこからか取り出したコップに液体えきたいそそぎ、少しずつ飲ませた。


 少年は、コップの液体えきたいを飲みむとことさら苦しそうに声を出し、顔をしかめた。


初級しょきゅう回復かいふくポーションがかない…。」


 男は、少し考えこんでいたが、丸薬がんやくのようなものを取り出し、少年の口にふくませた。


魔力病薬まりょくびょうやく…。これがかないとお手上てあげだな。」


顔色が良くなり、少年のたてる寝息ねいきやすらかになった。


「良かった。効いたようだ。しかし、魔力病薬まりょくびょうやくの残りはもうない。たった一つ持っていたのが奇跡きせきだった。」


男の顔には、深いしわがあった。かみは長く頭の後ろでたばねているが、その色は真っ白だ。まゆも白くかなり高齢こうれいなことが分かる。しかし、身体は、はがねのような筋肉きんにくでおおわれており、おとろえは見えない。


しばらく少年の様子ようすを見ていたが、容態ようたいが安定したことを確信かくしんしたのだろう。少年をきかかえると、あたりの様子ようすをうかがいながら移動いどうし始めた。


「よし。このくらいの広さがあれば十分じゅうぶんだろう。」


少年を一度地面に下ろすと、獣道けものみちのわきの草原くさはらに何やら大きな物を広げた。


「これを組み立てるのもひさしぶりだな…。」


男は、少年から目をはなさないように気を付けながら一人で何やら組み立てていった。やがて、それは、一軒いっけんのコテージ(丸太小屋まるたごや)になった。


少年を抱きかかえてコテージに入ると、ベッドと布団ふとんを取り出し、少年をかせた。静かに寝息ねいきを立てている少年を見ると安心したように息をき、続けて1たいのゴーレムを取り出した。

男と大きさが変わらないゴーレムだ。


「今から、この子のれを埋葬まいそうに行ってくる。魔術結界まじゅつけつかいっていくからおれもどってきたらドアを開けてくれ。いいな。くれぐれもこの子のそばはなれるな。そして、この子を外に出すんじゃないぞ。」


ゴーレムは、コクリとうなずいて返事をした。


男は、先ほどオオカミがた魔物まものれをたおした場所にもどって来た。その魔物まもは、皮ときば素材そざいとして利用できる。ませき石を取り出せば、いくらかで販売はんばいすることができるだろう。にくは、美味おいくない。しかし、ここにほうっておけば、魔物まものせることになってしまう。


(俺は、くなった少年のれの死体したいをストレージに入れた。ここに埋葬まいそうしようかと思ったが、少年の肉親にくしんなら、少年がおまいりに来ることができる場所に埋葬まいそうした方が良いと考えなおしたからだ。)


男は、魔物まものの皮をぎ、魔石ませききばなどの素材そざい収納しゅうのうしていった。のこった素材そざいにならない物をしばらくながめていたが、ストレージに収納しゅうのうしていった。魔物まものせないようにだろう。


たたかいの痕跡こんせきをすべてして男は、コテージの方へもどっていった。


「ガルド、おれだ。ドアを開けてくれ。」


木々がうっそうとしげっている場所からドアが開かれ、ゴーレムの姿があらわれた。


「少年は、まだねむっているのか?」


ゴーレムに聞くとゴーレムはコクリとうなずいた。


「今、何時なんじだ?」


男は、腕時計うでどけいを見た。4時10分。


晩飯ばんめしには、少し早い時間だが…、魔力病まりょくびょうなら食欲しょくよくはないんだろうな…。」


男はひとごとを言うとコテージの台所だいどころかった。


「何か、消化しょうかい、美味かいしいものがいな。」


ストレージからジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、森ウサギの肉を出すと、食べやすい大きさに切り、あぶらを引いたなべに入れた。魔力まりょくコンロの火加減ひかげん調整ちょうせいしながらげないようにいためている。肉に火が通り、玉ねぎがしんなりしたらミルクプラントのしるしおにおい消しのくわえてコトコトと煮込にこんでいった。


しばら煮込にこんでいるとミルクプラントのしるからとろみがまれる。ひつじちちのチーズをけずってれとろみと風味ふうみした。もう少し煮込にこめば出来上できあがりだ。


コテージ中にいにおいがただようようになったころ、少年が目をました。


「なんかいいにおい。おとうさん、これなんにおい?」


「目がめたか?少年。おまえちちは、いまはいない。父のことはあとで話してやろう。それよりも、お前の名前なまえおしえてくれないか?わしの名は、ロジャーだ。おぬしは?」


「僕は、佐伯さえき りんです。ロジャーさん?外国がいこくかたですか?」


「サエキリンか?わった名前なまえだな。よろしくな。」


「あっ、名前なまえは、りんです。佐伯さえきは、苗字みょうじなんです。それと、あの…、ここってどこなんですか?ぼく病院びょうんのベッドでていたはずなんですけど…。」


苗字みょうじさき名前なまえあと…、病院びょういんていた…!おまえれいおな日本人にほんじん転生者てんせいしゃか?」


「テンセイシャ?」


りんは、なんのことだかかっていないようだ。外国語がいこくごのような発音はつおん仕方しかただった。


「ちょっとて…。レイはれいではなく普段ふだんは、レイだった。りんもこっちの世界せかいでは、佐伯さえき りんではなく、べつ名前なまえがあるはずなんじゃか。して、おぬしちちは、なんう?」


佐伯さえき 良太りょうたです。もうすぐ病院びょういんるはずなんです。とうさんがどうかしたんですか?」


「うむ…。おぬしちちはどうもしとらんよ。いつもどおり、もうすぐ病院とやらに来るのであろうな。しかし、おぬしがどうにかしているのであろうな。いや、なんのことをってるかわけからないだろう?」


りんは、おとうさんに何もなかったことを聞くと安心あんしんして、少しき、笑顔えがおになった。


ぼくは、どうにかしているって、病院びょういんじゃないところにいるからですか?」


「そうだ。地球ちきゅうだったかな、おぬしがいるほしは?」


地球ちきゅう…、そうだよ。地球ちきゅうの日本って言う国にいた。ここは、地球ちきゅうじゃないの?」


「そうだ。ここは、地球ちきゅうではない。そもそも、この世界せかいには、地球ちきゅうなんてものもないんだよ。」


「この世界には、地球ちきゅうはない?じゃあ、ここは何なの?なんていう星なの?月、水星すいせい金星きんせい火星かせい木星もくせい土星どせい天王星てんのうせい海王星かいおうせい?」


おさないのにく知っておるな。それにしても、おぬしの世界にもたくさんの星があるのだな。この世界にも名前が付いた星はたくさんあるぞ。月もある。しかし、この大地だいちにはほしの名前はいていなかったのだ。最近さいきんそうだな、大地だいちほしと呼ばれるようになったといているがな。」


大地だいちほし…。」


「しかし、あまり人前ひとまえで言うのではないぞ。教会きょうかいは、この世界せかいひとつの星だとおおやけみとめているわけではないからな。まあ、いずれみとめることになるとはおもうがな。」


「ところでだ。おぬしはらは、いておらんか?」


「う~ん…。く分からない。すこいているかな…。なんかべてみたいがするかな…。」


ほし名前なまえっているのに、自分じぶんはら加減かげんからぬか…。」


ぼく、あんまりおなかいたってことなかったから…、それにさっきまで点滴てんてきれていたからね。」


「そうか…。おぬしには、さきほど魔力病薬まりょくびょうやくましてやったから、ずいぶん加減かげんくなっただろうが、地球ちきゅうのおぬしからだくすりはあるのだろうかな…。まあ、くすりもなくなったことだし、くすり以外いがい治療ちりょうをやってみようかの。しかし、まずは、めしじゃ。しっかりべて体力たいりょく回復かいふくしないとな。」


ロジャーは、出来上できあがったシチューをうつわぐとスプーンと一緒いっしょりんの前にした。りんは、シチューのとろりとしたしる一匙ひとさじすくうとフーフーとまし、ゆっくりとくちなかれていった。


「あれ?なんか美味おいしい。いままで、美味おいしいなんて思ったことなかったのに…。これが、美味おいしいなんだと思う。もっと食べたいけど…、もっと食べたいのになんかおなかが…。」


「おおっ。そうか。なかからっぽだったんだな。しばらくなにべていなかったのだろう。それで、がびっくりしているのだろうな。少して、このシチューを少しうすめてひややしてやる。」


ロジャーは、べつ容器ようきして、シチューのしるのみをそそいで、少しおした。ほんの少しおしおくわえてかきぜたかと思うと、容器ようきごとすごいきおいでまわはじめた。


水属性みずぞくせい魔術まじゅつ使つかえれば、ぐにひややすことができたのだがな。泡立あわてないように、加減かげんしたから大丈夫だいじょうぶだとおもうぞ。さあ、ってみろ。ゆっくりだぞ。」


りんは、うすめたシチューをスプーンですくい、おそおそる口の中に入れた。


美味おいしいよ。さっきのとおなじくらい。」


しるだけのシチューなのに何度なんどんで、ゆっくりとんだ。今度こんどは、無事ぶしの中におさまったようだ。一口一口ひとくちひとくちうすいシチューをみしめながら、べている。だんだんペースがはやくなる。


「ゆっくりべるのだ。がびっくりしてしまうぞ。」


美味おいしそうにシチューを食べるりんを見ながらロジャーもシチューを食べ始めた。一口ひとくち食べては、りん様子ようすをしばらく見ておき、また、一口と言うふうに。長い時間をかけて、りんは、一杯いっぱいうすめたシチューをえ、ロジャーもシチューを食べ終わった。


「おなかは、一杯いっぱいになったか?」


「うん。もう、おなかいていないよ。」


本来ほんらいなら、りるはずもないりょうなのだが、しばらくのあいだうごきをめていた消化器官しょうかきかんには、処理しょりしきれないりょうなのだろう。からだがもう食べきれないとつたえたようだ。


「では、魔力病まりょくびょう治療ちりょうはじめようかな。」

「おまえ魔力まりょく無属性むぞくせいならスムーズなのだがな…。はじめて見ればすぐに分かるか…。」


あとのつぶやきはひとごとだったのか、りんにはれなかったようだ。こうして、りんとロジャーは出会であい、りん異世界いせかいでの治療ちりょうはじまった。

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