18話 思い出とは心に記憶されるものである

「いい朝だ」


 気持ちのいい暖かな光に照らされ目を覚ました俺は、ゆっくりと起き上がり、すぐに準備に取り掛かる。

 今日は本当に朝の時間帯に起きた理由は、幼馴染みとのデートの約束があるからだ。


「10時に駅前待ち合わせ……だったな」


 現在同じ家で過ごしている俺たちだったが、花奈が少し家に荷物を取ってから来ると言うことで、外で待ち合わせをすることになった。


 部屋の時計を見て、集合時刻までもう少し時間があることを確認した俺は、最後の身だしなみのチェックをした。


 なにせあの花奈の隣を歩くのだ。

 生半可な気持ちで行くと、きつい視線を浴びることになる。


「よし、行くか」


 俺の中では悪くない状態であることを確認すると、俺は一呼吸おいてから家を出た。




「お待たせしました」

「俺もちょうど今来たところ」


 相変わらず大勢の視線を連れながら集合時間より少し早くやってきたのは、言わずもがな俺の自慢の幼馴染みの花奈だった。


「地元で待ちあわせって、なんか小学校の時以来だな」

「そうですね。ちょうど、そのタメでもありますから」

「どういうことだ?」



 俺がそう問うと彼女は少し微笑んで何も答えてはくれなかった。


 まだお楽しみということ……か。


「それでは、行きましょうか」

「お、おう」


 俺はそう自分の中で解決して、としあえず彼女について行くことにした。


「何だか懐かしいですね」

「ん?」


 しばらく周りの視線にさらされながら二人で歩いていると、不意に花奈がそう言ってきた。


「小学生の頃は、よく二人で歩きましたよね」

「そうだな……」


 俺はそう言われて昔の記憶を少したどる。


 小学生の頃、貰ったお小遣いを片手に二人で駅前で集合し、近くの駄菓子屋へとよく行っていた。


 そしてこの道は正にその時に通っていた道だ。


「着きました。今日最初の目的地です」

「なるほど、ね」


 そう言って花奈が指さしたのは、記憶より少しだけ古びている駄菓子屋だった。


 なるほど、今日の目的は分かった。

 俺たちの思い出の場所をめぐるのだろう。


 しかしまた何故こんなことをするんだろうか。


 俺が目的は分ってもその理由が分からず戸惑っていると、花奈が控えめに腕を引っ張って中に入るよう促してきた。


 俺は考えたところで分かるわけもないので、取り合えず中に入ることにした。


 中に入るとそこは記憶よりも少し狭く、自分たちが成長したことを実感させられた。


「懐かしいな」

「そうですね、二人でよく買いに来ましたよね」

「そうだなー。あの頃の俺たちには宝の山に見えたもんな」

「そうですね。確か、天斗が大人になってお金をいっぱい稼いで好きなだけお菓子を買うんだって言ってましたね」

「あー言ってたなー」


 懐かし思い出だった。

 あの頃は100円が高価に感じていたが、今となっては好きなだけお菓子を買うことは、それほど難しい事ではなくなってしまっていた。


 てか、昔の俺ってちょっと可愛い事いってたんだな。


「何か買っていきますか?」

「そうだな、じゃぁココアシガレットでも買っていこうかな」

「天斗はそれが一番好きでしたね」

「そう言えばそうだな。だったら花奈はコーラのラムネか?」

「私の一番のお気に入りでしたね」


 そう言って、俺たちは互いに笑い合った。


 なんて言うか、懐かしい感覚だ。

 あの頃の、まだ俺たちが仲が良かった時の感覚。


 この感覚を言い表す言葉は……。


「それじゃぁ、次に行きましょうか」

「あぁ。そうだな」


 そんなことを考えていると、花奈に呼ばれたので俺は慌てて追いかけた。




 その後は色々と懐かしいところを回った。

 小さな本屋に少し大きな公園、俺たちの母校の小学校。


 そして、最後に訪れたのは、俺と花奈の二人だけの秘密の場所だった。


「あーこれは懐かしいな」

「ですよね」


 夏の暑い太陽が沈み、涼しい夜風が吹きつける。

 辺りには人気がなく、あるのは草木と一寸先の闇。


 ここは俺と花奈が初めて二人で家出したときに見つけた山の一部。

 少し飛び出たところにぽつりと空間のできている場所だった。


 大きな岩の上からは街を一望することができ、空には無数の星の海が広がっている。


 小学生の時は正に秘密の場所って感じだったが、高校生になった今でも、そこは特別な場所に感じられた。


「綺麗だな……」

「そうですね、本当に……」


 思わずこぼれてしまった声に、同じように声をこぼす花奈。

 俺はふとそんな彼女を見ると、そこには風になびく髪を片手で押さえながら夜空を見上げる美女が立っていた。


 そんな姿に思わずドキッとすると共に、そんな彼女が昔の姿と重なって見えた。


 あぁ、そうか。

 そうだったな。

 俺は、あの時から……


「どうかしましたか?天斗」

「いや、何でもないよ。何か、ほんとに今日は懐かしい事ばっかりで、つい昔に戻った感覚になるなって思っただけだよ」

「私も、そう思いました」


 そう返事をした彼女は、一度目をつぶってからゆっくりと顔を上げた。


「やっぱり、少し緊張しますね」


 そうして、一度深く呼吸をして、口を開いた。


「私は、後悔していたんです」

「え?」

「あの日、クラスの男の子たちにからかわれて、何が何だか分からなくて泣いてしまったことを」


 彼女の口から放たれた言葉は、俺にとっては意外なものだった。


 俺たちが疎遠になった元凶。

 そして、最近仲が戻ってきてからも一度も触れてこなかった話。


「優しい天斗の事です。きっと、また私が泣かないように、私と距離を取ってくれたんですよね」

「それは……」

「分かっていたつもりでした。きっと私から話しかけることで、また元に戻れるようになるなんて、そんな甘い考えでいました。でも、現実はそんなに優しくはなくて、天斗との距離は広がるばかりでした」

「違う、それは俺が」

「違いませんよ。私の考えが甘くて、私が臆病だったから、明日には話せるようになるって思って、今日に行動をできなかったから……」


 彼女は苦しそうに、そう言葉を紡いだ。


 俺は何も声を掛けることができなかった。


 俺は、勝手に勘違いをしていた。

 彼女は遠くに行ってしまったのだと。

 俺には届かない距離に行ってしまったのだと。


 でも、違った。

 花奈にとってみれば、俺が離れていったように見えていたのだ。


 俺が勝手に劣等感を覚えて、それを感じ続けるのが嫌で、逃げていたのだ。


 そして、その元凶を作った自分に、彼女は後悔を覚えていた。

 俺に悟らせることなく、4年間もずっと一人で抱え込んでいた。


 情けないな、俺は。


 ただただ美しい彼女を、俺は眺め続けられればいいと思っていた。


 でも、彼女にとっては、それは寂しい事だったのだ。


「俺は、花奈と仲良く話すのか好きだった。一緒に遊んでたのは、居心地が良かったからで、このままずっとこの関係のままでいられるって思ってたんだ」

「……」

「でも、俺が弱いから、身勝手に距離取って、花奈から離れていってた。ごめん」

「謝らないでくださいよ。これは、私の問題なんですから」

「それは違う。俺も、悪かったんだ」


 俺の絞り出した言葉は、何とも弱く感じた。


 あの頃の俺は情けなかった。

 けど、今の俺もあんまり変わってなかった。


 はぁ、何ともみじめだな。



 しばらくの間、俺たちは星空の下、ただただ気まずい沈黙の時間が続いた。


 そして、先に均衡を破ったのはまたしても花奈の方だった。


「今日は、どうしても伝えたいことがあってここに来てもらったんです」

「え?」

「私の後悔は、さっきの通りです」

「うん」

「ですので、今日、ここでもう一度始めさせてください」


 そう言った彼女はもう一度深く息を吸った。


 そして、綺麗な碧い瞳で俺の目をとらえた。


「もう一度、私と友達になってください」


 そう言った彼女の表情は、至って真剣そのものだった。


 俺はそんな彼女を見て、思わず吹き出してしまった。


「ぷっ」

「……今笑いましたか?」

「いや、笑ったって言うか我慢できなくてつい……」

「私は本気でお願いしましたのに……」


 そう言って、少し拗ねた素振りを見せた花奈に、俺も真剣に、でも少し照れ隠しを入れながら、返事をした。


「友達って、俺の方がむしろお願いしたいぐらいだよ」

「なら……」

「うん、これからもよろしくな、花奈」

「はい!」


 そう言って、俺たちは笑い合った。


 結局、俺は逃げてしまう性格なのだ。

 言い訳はない。

 ただただ情けないだけだ。


 でも、こうして、花奈ともう一度仲良くなれたことに、俺はただただ喜びを感じずにはいられなかった。


 二人で遊んで、心置きなく喋って、心の底から笑い合える。

 あの頃は当たり前だと思っていて、今ではどうあがいても手に入れることができないと思っていたことが、目の前で起こっている。


 あぁ、そうだったのか。

 俺は、花奈の事を……


 もやのかかっていた、俺の気持ちは綺麗に晴れ渡った。

 後は、俺に覚悟がいるだけだ。


 俺は目の前で楽しそうに夜景を眺める花奈を見つめがら、ある決心をするのだった。

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