8話 続、お泊り会

 裁判パート2から数日たった。


 瑞希の時とは違い、未だに男共からの視線がきつい。


 理由は分かる。

 花奈と毎日登校しているからだろう。


 別に学校でも仲良くしているわけではない。

 いや、正確には、学校では瑞希と仲良くして、花奈と登校してくる。


 そんなことが、余計に腹立たしいのだと思う。


「お帰りなさい、天斗」

「あぁ、ただいま」


 家に帰ると、花奈が家で待っている。

 そんな生活にも三日もすれば慣れてきた。


 勿論母さんは帰ってきていないので、今日も今日とて俺と花奈の二人きりだった。


 ちなみに今日は、ラッキースケベなるモノはなく、花奈は既に着替えてリビングでくつろいでいた。


 いや、ほんとによく人の家でくつろげるな。


「今日は尚子さん、遅くなるそうです」

「そうか、じゃぁなんか出前でも頼むか?」


 俺がそう言って、スマホを取り出すと、花奈はスッと立ち上がった。


「いえ、今日は私がお料理します」

「いや、悪いよ」

「いえ、やらせてください」

「そ、そうか。じゃぁ、よろしく」


 俺は、花奈の強い押しに負け、あっさりとお願いしてしまった。


 まぁ、彼女の手料理を食べられるのだ。

 嬉しくないわけがない。


 花奈は立ち上がると、冷蔵庫の方へと行った。


「開けてもよろしいですか?」

「あぁ、大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 そう返事をすると、彼女は冷蔵庫の中身を確認し、何度か頷いた後、扉を閉めた。


「少しお買い物に行ってきます」

「分かった。じゃぁ俺も行くよ」


 俺はそう言うと、すぐに荷物を部屋に置き、準備をした。




「何を買うんだ?」

「今日はハンバーグにしようかと考えているのですが、天斗はそれでいいですか?」

「ハンバーグか!俺の大好物だな」

「はい、知ってますよ。昔から好きでしたから」

「覚えてくれてたのか」


 俺は思わずこぼれるようにそう呟いた。


 だって、あの学校の女神と呼ばれている花奈が、俺なんかの好きな食べ物を覚えていてくれたのだ。

 嬉しくないはずがない。


 俺は思わず緩んでしまいそうな頬を抑えつつ、花奈の隣を歩いた。


 俺たちが向かっているのは家の近所のスーパーなのだが、如何せん視線が辛い。


 若い男どもには、何故あんな奴が美女と歩いているのだという目を向けられ、お母さま世代の方には、あらあらまあまあと言った感じでこそこそ話された。


 いや、これはこれできついな。


 学校では、「〇ね」「この二股野郎」「俺たちの女神を奪いやがって」と言った感じの視線を送られたため、痛いと言った感じなのだが、今のはなんだかむずがゆい。


 その理由は、たぶん、俺が花奈のことを好きだからだろう。


 付き合っているように見られることに、どこか喜びを感じている。

 そんな感じなのだと思う。


 全く、諦めようと思った矢先に、こんなんで大丈夫なのだろうか。


 意思を強く持つんだ俺よ。


 俺はそう言って、気持ちを引き締めた。




「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 夕食が終わり、俺たちは食器の後片付けを始めた。


「まじで美味かった」

「それは良かったです」


 そう言って、彼女は優しく微笑んだ。


 そんな表情を見ていると、なるほどやっぱり女神だなと実感する。


「お風呂、先入っていいぞ」

「ありがとうございます」


 皿を洗い終わり、乾燥機にかけた俺は、花奈にそう言った。


 すると、彼女はちらっとこちらを見て、俺と視線が合うと、また目を逸らした。


 その意味は、何となく分かっていた。

 初日の出来事だろう。


 あれ以来別にそんなハプニングは起きていない。

 が、今日は母さんがいないと言うこともあり、お互い少しだけ気にしてしまっているのだろう。


「やっぱり、俺が先に入ろうか?」

「そ、そうですね。お願いします」


 彼女がそう返事をすると、沈黙の時間が訪れた。


 何となく変な空気が流れだしたので、俺は逃げるように風呂場へと向かった。




 結局あまり長湯できなかった俺はあっさりと出てきて花奈と変わった。


 その後、俺は部屋でベッドに寝転がり、ゴロゴロとラノベを読みながら、寝る準備をしていた。


「ん?雨か?」


 ポツポツと雨が屋根に打ち付ける音が聞こえ、俺はそう声に出した。


 洗濯物などは特に干していなかったので、俺は大して気にするこはなく、すぐに読書に戻った。


 しばらくして、段々と雨脚が強くなってきたころ、部屋にノック音が響いた。


「どうした?」


 俺がそう返事をすると、花奈は扉を開けて走って俺の元に飛び込んできた。


 何が何だか分からなくて、とりあえず花奈を抱きとめた俺は、スッと下に視線をやった。


 すると、彼女はプルプルと震えながら、枕を抱きしめて俺の胸にうずくまっていた。


「雷が、雷が……」

「あぁ、そう言うことか」


 俺はその一言で、すべてを理解した。


 彼女は雷がとんでもなく苦手で、彼女の部屋を防音にするほどの重症だった。


 そのため、防音でない俺の家では、久々に雷の音を聞いたのだろう。

 少し過剰なまでに怯えていた。


「大丈夫だよ」

「うん、ありがとう、ございます……」


 俺がそう声を掛け、恐る恐る頭をなでると、花奈は一瞬にして眠りに落ちてしまった。


 よほど怖かったのだろう。

 彼女は俺の腕の中で、安心しきった顔で規則的な寝息を立てていた。


「ったく、俺の気持ちも少しは考えろよな……」


 俺はそう呟きながら、そっと彼女をベッドに寝かした。


 彼女は俺に好意はない。

 それは彼女の口から出た事実だ。


 しかし、やっぱり諦めきれない。

 ほんと、どうすればいいのやら。


 俺はそんなことを考えながら、クローゼットから布団を出そうと立ち上がろうとした。


 すると、俺の腕を花奈がぎゅっと握りしめてきた。


 俺は離してもらおうと、そっと手を触ったのだが、離そうとすればするほど彼女の手に力が入っていった。


「こりゃ駄目だな」


 しばらくして手を離してもらうのを諦めた俺は、おとなしく彼女の横で寝ることにした。


 好きな人が、隣で寝ている。

 横を見ると、綺麗な寝顔が目に入る。


 そんな状況で眠れるはずもなく、俺は結局朝方まで起きる羽目になった。

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