第40話 ヴェインの願い



 そこは視界一面、白で染まり切った世界だった。

 ヴェインは周囲を見渡し、何が起こったのだと目を瞬いた。


 先ほどまであの大樹と戦いジュピテルと共に打倒したところだ。

 その倒壊を確認したところ突然自身の視界がこの世界に切り替わったのだ。


「俺は……、ここは一体?」


『おめでとうございます。あなたは世界を救いました』



 ここが部屋?なのか、女性の声が響く。

 ヴェインは周囲を見渡すが、ここには誰もいない。


「誰?」

『わたしはこの世界を守護する名もなき女神。あなたは滅びの女神の企てを見事阻止しました』


 まるでゲームの様だとヴェインは思った。

 だが彼はそれを口に出さず、彼女の言葉の続きを促した。


「それで、俺はどうしてここに?」

『世界を救ったあなたへ報酬を与えるため、しいては願いをかなえるため場所を変えました』


「願い?」

『ええ、どのような願いもかなえて差し上げましょう』


 ヴェインの視界の先にスーツ姿の男性の姿が現れる。

 あまり整ったとはいえない髪、疲れて猫背気味の背中、あの姿は――。


――佐藤大輔、俺、だ。


『望むのなら元の世界に帰ることもできます。あなたは死んでしまいましたが、それもなかったことにして』


 ヴェインが覚えている佐藤大輔の最後の記憶は、無機質なアルミの机と安いパソコン、飲み散らかしたエナジードリンクとコーヒー、そしてプログラミング言語のリファレンス本を枕に仮眠を取ったところだった。


――胸がひどく痛く、どことなく予感はしていたのだが、やはり死んだわけ、か。


 どことなく事態を客観視できているのはヴェインとしての5年あまりの生のおかげだろうか。

 死を覆しあの世界に戻る。

 確かに魅力ある提案だとヴェインは思う。


 今いる世界と比べると日本という環境はあまりに衛生的で安全だ。

 力をもって戦うことだってスポーツの中ぐらいだろう。


 だがヴェインは、首を横に振った。


「俺は帰らないよ」


 ヴェインには、佐藤大輔には、幼い夢が燻っていた。


 それは冒険家になること。

 別に山に登りたいというわけではない。


 ただ、誰も知らないものを誰よりも早く見つけたいというその欲求に一番近いものが冒険家だったのだ。


 だが、彼が成長するにつれ、それはことごとく否定されていった。

 佐藤大輔のいた日本では、世界では――ほとんどすべての謎が解明されていたのだった。

 新しい発見など何もない。


 そんな息が詰まる、期待のない世界。

 それでも生きるために働かないといけない世界。

 そんな息苦しさを間際らせるように必死に働いて、使い捨てのパーツのように自分を酷使した姿、それがヴェインの前に映る佐藤大輔であった。


『そうですか。ならばあなたは何を望みますか? この世界のすべての知識、富、栄光、それは望むままに得ることができますよ』


 ヴェインはもう一度、頭を横に振った。

 ネタバレはもうごめんだといわんばかりに。


『それなら―――』

「いや、大丈夫。俺の願いは決まっているよ」

『聞きましょう』


 思い起こすのはこの五年間。

 自分の世話をしてくれたシアやクリス、それに火の車亭の冒険者たち。

 共に冒険したレイン、アーランド。


 母であるマリーシャ。

 そして父であるパーシル――。


「どうかみんなが無事にうちに帰れますように、だ」


 ニッと笑ってヴェインは女神に言った。


―――――――――――――――――。


 数か月後、ジュピテルと再会した際にヴェインはこの出来事の話をした。

 やはりというか、ジュピテルも女神を名乗るものから願いをかなえるといわれ、改革派の復権を願ったという。

 ヴェインは自分の願いの内容を伝えたところ、「パーシルさんの子供らしい」とからかうように笑われた。


 その言葉はヴェインにとっては心外だったが、案外そうかもしれないとヴェインもジュピテルと一緒に笑った。

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