第29話 みんな気が付いていたのかもしれない
それから三か月の月日が流れた。
火ノ車亭にやってきたパーシルとヴェインに、シアは開口一番、苦々しく告げた。
「依頼はないわよ」
「今日もか……」
「まさかこんなに人がいなくなるなんてね」
パーシルはたまっていた日雇いの仕事をほぼすべてこなしきってしまった。
魔の領域の影響で王国から人が減ったといわれているが、その影響はパーシルの生活にも及んでいた。
二人が生活をしていく分には、金はまだだいぶ余裕がある。
だが、それとこれとは別の話だ。
魔の領域の影響でここまで人がいなくなるということは、やがて近いうちにこの王国は滅ぶということだろう。
結局、仕事がないのならばとパーシルとヴェインは自宅に帰ることにした。
その帰り道、彼らは夕食のパンと肉を買うために人気が減った市場に立ち寄った。
市場はかなりの店が閉まっていた。
影の魔物事件の時でさえ、店を開けていた強気の商人たちがみな南に逃げて行ってしまったのである。
それでも、なんとか夕食用のパンと肉、それと野菜を買い、パーシルとヴェインは自宅に戻ることにした。
「おかえり~。仕事あった?」
「言ってやるなレイン。この時間に帰ってくるということは無かったということだろう」
「追い出すぞ、二人とも」
パーシルとヴェインを出迎えたのは、レインとアーランドだった。
なんでも拠点にしていた宿屋が店をたたんでサンズライン共和国に移転してしまったとのことで、彼らはパーシルの家に居候していた。
「ねえ、ヴェイン。魔術の取得は進んでる?」
「そこそこには、今は最適化できないか研究中」
「最適化? なんだそれは」
レインとアーランドが来てからというもの、ヴェインは二人から魔術の取得の手ほどきを受けている。
だた、師事を受けていたのは初めの二週間までで、今ではアーランドを追い越し、レインと研究者仲間のような会話をしていることもしばしばあるほどになっていた。
「魔術の発動過程の無駄を減らすってやつよね。エルフの間じゃ、マイナーなジャンルだわ」
「人間には必要。一般的に出回っているエルフ式はエルフの種族性質を前提にしていて、人間だと上位の魔術に体が持たない」
「あー、あの狂人たちが作ったやつは知らなくてもいいレベルよ。『寿命全部使う魔法はロマン』とかいって、トンデモ魔術多いから……」
「トンデモ魔術……ああ、どおりで」
パーシルには二人の会話の半分ぐらいしか理解出来なかったが、ヴェインが生き生きしているので、それで良いのだろうと見守ることにした。
ただ魔術は寿命を消費するという性質上、魔術を積極的に研究するヴェインの事が心配ではある。
ーー本当は身を守る手段として覚えて欲しかったんだけどな。
パーシルは複雑な思いをなんとか飲み込み、ヴェインの様子を伺った。
「ちなみに、最適化した結果はこう」
そういってヴェインは指でチョキを作り、呪文を詠唱した。
「――灯火よ集え。以下略。二回」
するとチョキの指先にそれぞれ二つの火が灯る。
パーシルは自分が使う魔術と同じものだと理解したが、一回唱えると息が切れるパーシルとは違い、ヴェインはケロりと何ともない表情を浮かべている。
――もしかするとヴェインは天才かもしれない。
異世界転生者は特異なスキルを持つというが、性格や適性はまた別の話だとパーシルはヴェインを育てながら理解していた。
そうなると、この魔術の適正はヴェインの元々の素質なのだろう。
「おお、なるほど~。余計なオブジェクトをカットすることで消耗を削ったのね。一回分、いや、0.5回分の消耗で、二回魔術を使う。こやつめ、やりおるわ」
「それほどでも」
「ねえ、パーシル。この子エルフの里につれてってもいい? あの石頭どもが唖然とする表情が見てみたいわ!」
「ダメだ。私怨にヴェインを巻き込まないでくれ」
「けちー」
「ハハハ、残念だったなレイン」
レインが膨れ、アーランドが笑い、ヴェインが少し自信がついた表情をする。
パーシルはそんなメンバーを見ながら、少し早い昼食の支度を始めることにした。
ふと、魔術をとめたヴェインがパーシルを見上げた。
「ずっと考えていたんだ。パーシルは魔の領域に行きたいんじゃないか?」
「ヴェイン……それは」
パーシルにとってそれは図星だった。
フロムロイに言われ、父が魔の領域に向かったと知った時から、パーシルはそのことがずっと頭の中で引っかかっていた。
――守るために戦えといった父がなぜ魔の領域に向かったのだろうか。だが……。
ただ、同時にヴェインを残していくということも気がかりだった。
一人で行って生還できる保証もない。
自分がなるまいと思った父と同じ行動をすることをパーシルはできなかった。
ましては自分一人のわがままで。
「オレも魔術が使える。魔の領域には行っても大丈夫なはずだ」
「魔物がいるのなら、俺とレインで何とかできよう」
「あたしは、報酬としてヴェインの貸し出しを希望するけどー」
パーシルはハッとした。
ヴェインはそのために魔術を覚え始めたのかと、今に至って理解した。
アーランドとレインももとよりそのつもりだったようだった。
「いこうパーシル。オレなら大丈夫だ」
ヴェインは自分の手をパーシルに伸ばした。
「そうだな、行こう。……ありがとうな、ヴェイン」
パーシルはその小さな手を握った。
それはパーシルが知っている手よりも、また一回り大きくなった手だった。
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