第5話 安定してきたかもしれない

 パーシルとヴェインの生活は徐々に安定していった。

 契約の通り、朝7時からシアはヴェインを預かり、昼になるまでパーシルは睡眠をとることができるようになっていた。

 5時間ほどの睡眠であったがまとまった睡眠が取れることでパーシルはかなり体調を回復することができた。

 

 昼からは火ノ車亭で依頼を受ける。

 シアの配慮からか、ほとんどの依頼は荷物運搬や、害獣駆除のための罠の設置、畑を荒らす魔物の護衛など、その日のうちに片付くモノばかりで、パーシルは実直に依頼をこなしていった。

 どの依頼も十年以上冒険者をやっているパーシルからすれば比較的楽なもので、体調が万全でなくても問題がなくできるものばかりであった。


 そして夜、パーシルは依頼完了の報告し、シアからヴェインを引取り家に帰る。

 深夜のミルクやりや、おむつの交換、洗濯等は相変わらずだが、この二か月間でパーシルの育児技術が向上したことにより、だいぶ作業効率がよくなり、疲れが残りづらくなっていた。


 よい循環が生まれていた。


 かくしてあわただしく半年が過ぎた。

 生後9か月のヴェインは順調に成長し、首がすわり、わずかだが歯が生えはじめ、体の筋肉も増えたのか寝返りや体を起こして座るようになり、今では何かと立ち上がろうと挑戦するようになった。


「なあ、ヴェイン。今日は魔物退治をしたよ。畑を荒らすフォレストウルフって魔物がいてな――」

「66……」


 名前を呼ばれたあの日以降、パーシルはヴェインに話をするようになった。


 夜、ミルクを与えつつ、パーシルが仕事の話をする。育児を始めたばかりの余裕のないころには考えられない事だった。市場のおばちゃんいわく、赤ん坊は人の話を聞き言葉を覚える、のだそうだ。

 

 パーシルの仕事の話はヴェインにとって、とても興味深いものなのか、じっとパーシルを見つめ、真剣な表情で聞いている。


 そう真剣に話を聞いてもらえるとパーシルとしても話に熱が入り、ついつい話が長くなってしまう。そしていつも話が終わるころにはヴェインが眠たそうになる。


「さて、そろそろ寝ようか」


 夜のミルクを済ませ、おむつを替え、パーシルは眠そうなヴェインを寝室のベッドに置いた。

 パーシル自身もベッドにもぐり、少しでも眠ろうと目をつぶる。


「すてータす」


 ヴェインの声がはっきりと聞こえた。

 パーシルがはっとなって、ヴェインの方に視線を向けると、ヴェインは天井に手を伸ばし、何かをなぞるように手を滑らせている。


「……UYQ@BO、はずれスキル」


 そんなヴェインを見たパーシルは、以前聞いた噂を思い出した。

 その噂は、ティルスター王国の南東に位置するサンズライン共和国の話だった。

 なんでもその代表は異世界転生者で「ステータス」とつぶやき、今のヴェインと同じ手の動きをして、人の才を見抜けるらしい。


――やはりヴェインは異世界転生者なのかもしれない。


 だが、それならば伝えなければならないことがあるとパーシルは口を開いた。


「ヴェイン、それはやめた方がいい」


 ヴェインは眼を瞬かせ疑問符を浮かべた。

 パーシルはこの国の異世界転生者の扱いを知っている範囲で彼に教えた。


「この国の異世界転生者は、貴族たちに集められ使いつぶされてしまう存在だ」


 何処まで言葉が通じたのかわからないが、ヴェインの顔は真っ青になった。

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