第23話 エビチリを食べに行こう

「「「頂きます」」」


 真奈美もお風呂から上がり、2人が夕飯の仕上げをしに台所へとまた戻ってから10分弱。

 料理が完成し、3人で食卓を囲む。


 今日は油淋鶏にカボチャの甘煮、わかめスープだ。


 本当に至れり尽くせり。

 お風呂からご飯まで、さっきはマッサージもしてもらった。


「凄い美味しい」


 率直な感想が漏れる。

 油淋鶏は肉厚で旨味がたっぷりなのに、さっぱりしていて食べやすい。

 甘煮も柔らかく味が染み込んでいて、それでいて型崩れしていない絶妙な火加減。


「私だって柚希程じゃなくても料理はするんだからね。たまには私が作るのも良いでしょ?」


 柔らかく笑い、俺の反応を見て満足げな顔をする明音。

 普段は「美味しい」と言ってもらいたくて料理しているけど、逆も良いものだなと感じる。


「まあそれでも真剣にレシピと睨めっこしてたお母さんは可愛かったよ」


「ちょっと! それは言わなくても良いじゃない。これはあれだからね? 失敗したく無いだけだから。変な意味は無いの」


 慌てて訂正する明音だけど、一生懸命作ってくれただけで嬉しいし、滅茶苦茶美味しいよ。


 またいつかお礼をしないとな。

 こうしてまたゆったりとご飯を食べながら、たまにはバラエティーでも見ようかとテレビを点ける。


 一応今日は日曜日。

 しかも今は19時台というゴールデン。


 今映っているのは、某アイドルグループが主体となって様々な企画を実行していく番組。


「この人たちって普段何している人? タレントじゃないっぽい感じだけど」


 彼らを知らないらしい真奈美が聞いてくる。

 30年後にはもうテレビで見かけないのだろうか?


 島を開拓したり、村から家まで作ってみたり、畑仕事などお茶の子さいさいな彼らはそれでもアイドルだ。


「あれジャ○ーズだよ」


「え、そうなの!? ……知らないな~。やっぱり30年経てば分からないか」


 衝撃らしい事実に驚きを隠せず、ポトリとカボチャを皿に落とす真奈美。


「まあぶっちゃけ俺も世代では無いんだけど。この人たちをメインで見るのはこの番組だしなー」


「そうね。私も同じ感じよ」


 そして今現在放送している企画は、町であった人々から廃材を譲り受けて料理をするという企画。

 今日も様々な食材が集まり、どの様な料理を作るのか楽しみだ。


 そしてCMをはさみ、完成した料理はいずれも出来栄えが良いものばかり。

 なすとほうれん草のお浸しに、名前の分からない魚の香草焼き。それから辛み要素が少なげなエビチリだ。

 多分貰い物にチリソースが無かった感じだと思う。


 それってエビチリなのか?


「美味しそうね。でもあれがエビチリになるのかは疑問だわ」


 明音も同意見らしく首をかしげている。


「さっきトマトで炒めていたし、見た目的にはあっているんじゃないかと」


「なるほど。まあ貰い物で即興料理な訳だから、特段気にする必要も無いわね」


「そうだなー。辛くないと認めないって過激派じゃなければ気にしなくてもいいか。真奈美はどう思う? 実は過激派だったり」


 それまで沈黙を続けていた真奈美に話を振ってみて、真奈美が頭を捻っていることに気が付いた。


「真奈美? どーした?」


 真奈美は何かが分からないという顔でこちらを向き、ゆっくりと、厳かに口を開いた。


「お父さん。あれがエビチリなの?」


「……はい? そりゃあ、そうだけど。中華料理のエビチリだよな」


 これで中華料理では無かったらお手上げ。俺も知らない。


「多分そうだよ」


「多分って……。もしかして食べたことないの?」


「うん。見たこともなかった」


「まじか」


 愕然とする俺の横からすっとスマホが差し出される。


「これよ、エビチリ。ピリ辛で美味しいわよ。今テレビでやってるのと見た目はほぼ同じね」


「へー、これがエビチリなんだ」


「えーっと、1つ聞きたいんだけど。家で作らないにしても、どこかの店で食べたりしなかったの?」


「しなかったねー。そういえばわたし中華料理店行ったこと無いかも」


「1回も?」


「1回も」


 俺と明音は無言でうなずき合い、決意した。将来真奈美が生まれたら少なくとも1回は中華料理を食べに行こう、と。


「今度、エビチリ食べに行くか」


 そして折角の機会なので今の真奈美にも知ってもらおう。 


「えっ! 良いの?」


「当たり前だろ。勿論明音も一緒に」


「ええ、良いわよ」


 こうして3人で中華料理屋に行くことが決定した。


「いつ行く? 来週とか?」


 ノリノリでいつ食べに行くかを聞いてくる真奈美を見ると、本当に不甲斐なさを感じる。

 何をやっていたんだ未来の俺達。

 中華ぐらい娘に食べさせてやれよ。


 翌日、大学の講義を終えた夕方6時前、俺達は近くの中華料理屋にやってきた。

 早いほうが良いだろうと予定を確認したら、俺も明音も今日が空いていた。


 真奈美の方を見ると、長い髪を揺らしながらそわそわとしていた。


「ん? どうした真奈美、緊張?」


「そんなんじゃないけど、初めてだからさ~。楽しみすぎて今日内職全然進まなかったんだよね~」


 あれからも真奈美は業務委託としてボールペン組立を進めており、完了すると新しく発注をしていた。

 この1週間座りっぱなしで作業し続けているので、体調を崩さないか心配になる。

 ただ今この時ぐらいはそれも忘れて料理を楽しんで欲しい。


「身構えなくても大丈夫よ。ファミレス感覚で臨めばいいのよ」


「それ例えとしてどうなのさ」


 カランカランと音を立てて中へ入ると、よく見る真っ赤な中華テーブルが10席近く置かれており、それぞれのテーブルには様々な料理が並べられている。


「わっ! テレビでしか見たこと無いやつだ。本当にあったんだ。しかも真ん中クルクル回してる!」


「そりゃあ中華テーブルだからな」


 歓喜の声を上げる真奈美をよそに明音が店員さんに声を掛けている。


「予約していた安城です」


 中に通され、4人掛けのテーブル席へと案内される。

 残念ながら中華テーブルではなかった。


「じゃあ好きなもの頼みな。勿論エビチリ以外も注文して良いから」


「うんっ」


 元気な返事と共に、あれこれと注文していく真奈美。

 このお店はいくつか料理を頼んで、各自に分配していく方式。

そのため多少は多くても問題ないのだが、沢山注文して3人でも食べきれるだろうか。


 しばらくして料理が運び込まれ、テーブルには八宝菜や春巻き、炒飯、天津飯等々数多くの中華料理がずらりと並んでいる。

 そしてその中に、お目当てのエビチリも。


 早速頂くとしよう。


 エビはプリプリで歯ごたえが良く、程よい辛みもあって食が進む。

 俺も滅多にエビチリを食べるわけではないが、それでもここの料理が絶品なのは間違いないと思う。


 正面に座る真奈美も、それはそれは美味しそうに夢中で箸を動かしている。

 気に入って貰えたようでなによりだ。


 そこからしばらく、3人とも中華を堪能して過ごした。

 久しぶりに中華料理店で食事をしたが、たまには中華も良いなと思い直す。


 普段外食をするなら定食やラーメンが多く、それかもう食べ放題になるため中華は頻度が低い。

 ラーメンも中華だろと言われればそれまでだが、あくまで中華料理とラーメンは別枠だ。

 異論は認める。


 気が付けば1時間弱経過しており、お腹も充分満たされていたのでお店を後にする。

 支払額が高いのは仕方が無い。

 なにせ美味しかったのだから。


 3人で割り、1人当り2千円以内には収まった。


「美味しかったー。エビチリも食べれたし他の中華料理も堪能出来てわたしは満足ですよ」


 真奈美はいたくご満悦のようで、連れてきた甲斐があったというもの。


「また3人で行きましょうね。たまには来ても良いと思うわ。次はいつが良いかしらね」


 明音も満足しているらしく、次の予定を立て始めている。


 外はもう陽が消えかかっており、じきに夜へと変遷していく。

 陽が伸びたのは嬉しいが、次第に気温も高くなっている。


「7時でも暑いわね。もう夏になるのかしら」


 明音の言うとおり、陽が落ちかけでも気温は下がっていなかった。

 中華料理を食べたこともあって体温が上昇しているため、余計暑く感じる。


 最近は気温の差が激しく、朝と昼、昨日今日でも肌寒いと暑いが隣接している。

 6月に入り、もうすぐ梅雨入りとなる。

 洗濯物が乾かなくなるので更にやる気が削がれてしまう。

 もっとも、最近は真奈美が洗濯をしてくれるのだけど。


「そーいえばわたし夏服買った記憶無いんだけど」


「確かにそうね。この前は春服ばかりで、半袖はあるけれど夏には暑いわよね」


「じゃあまた買いに行こっ。今度は資金がたっぷりあるからね」


 携帯をフリフリとかざし、余裕たっぷりに笑う真奈美。


「じゃあ今度夏服を買いに行きましょうか」


「やったー」


 こうして俺達3人は、大満足で帰路についていった。


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