第21話 月に1度の祭り(バイト)

 遂に今月もこの日がやってきた。

 真奈美がバイトを始め、昨日もイベント会場の臨時スタッフとして働いてきたわけだが、俺も働かなくてはいけない。


 真奈美と違い、罪悪感などでは無くて義務感が近い。

 生活費を自分で賄っているため、「働きたくないでござる!」等とふざけたことを言っていたらそのうちお金が無くなって死ぬ。


 ただバイト自体はそれなりに楽しくやっているのでその様な事態にはならないはず。

 今日を除いては。


 今日はバイト先で月に1度行われる特定商品が大幅に割引される日だ。

 そのため多くのお客さんが来店することになる。

 つまり滅茶苦茶忙しいということ。

 しかも今日は日曜日。


 ただでさえ忙しいというのに、日曜日という休日ブーストが掛かり仕事の大変さは想像も出来ない。


 何故このような日に10時半から18時まで働かなくてはいけないのか。

 まぁ店長に「この日入れる?」と聞かれて肯定したからなんだけど。


 その時はイベント日だということをすっかり忘れてしまっていた。

 結局は自業自得なのだが、シフトに入ってしまったものは仕方が無い。


 時間になったので渋々厨房へと向かう。

 幸いまだお昼前と言うこともあり、お客さんはまだそれほど来ていない。


「よお杉本。ようこそ地獄の入口へ」


 厨房に入って開口1番、先に働いていた高木から苦笑いと共に揶揄される。

 まだ忙しいわけでは無いのに、もうすでに疲れた顔をしている。


「なんでもう疲れてるんだよ」


「俺昨日も働いたんだよ。昨日も忙しいしさ、もう帰りたい」


 はあ、と大きな溜息をつく高木を横目に、仕事を探す。


 今のうちに出来る事を終わらせて、後を楽にしたい。

 注文を聞いて提供するポジションから、付け合わせの商品を作る人、レジ、洗い物をする人など仕事は多岐にわたる。

 先程メンバーを確認したところ、今日俺はメインの商品を作る事に従事するような気がする。

 ちなみに高木は洗い物をするっぽい。


 幸い作るのは比較的楽な商品なので問題は無い。

 麺類を取り扱うため、麺を伸ばして湯がくのを忘れなければ。


 なので今のうちに下準備だけしておこうと仕事に取り掛かる。



 そしてそこから1時間も働いた頃には、外まで行列が出来るほどの忙しさとなっていた。

 案の定忙しさは苛烈を極めている。


 注文は隣で別の人が取ってくれているので、俺は商品を作って作って作りまくり、一瞬空いた時間に麺を伸ばしまくる。


 滅茶苦茶忙しいとき、先輩や店長は「お客さんからリンチにあう」って表現をするけど、正に暴力。

 注文という名の武器をかざし、圧倒的な物量で攻め込まれている感覚すらある。


 見た目の目まぐるしさ以上に慌ただしく、休む暇もない。

 本当は麺を伸ばすのは他の人にお任せして俺は商品作りに専念したいが、あいにく他の人も手が空いていないので諦めた。


 だったら俺がやるしかない。

 もっと作業を効率化しろ。もっと早く! もっとだ。


 商品作りと麺伸ばしの二刀流でテキパキと業務を往復させる。

 疲れてきたからか、麺を伸ばしつつ頭に訳の分からないことがよぎってきた。


 今なら出来るかもしれない。スターバー○トストリ……


「あ、お父さんいた。やっほー」


 その声に我に返った。

 声のする方を見ると、明るく笑う真奈美と、哀れみの目を向けている明音がそこにいた。


「大変そうね。シフト断って正解だったわ」


 一瞬頭の整理が付かず、麺を伸ばす手が止まった。


「な、なんでいるの?」


「なんで、って言われても。それは勿論お昼ご飯を食べに来たからだけど? 真奈美に誘われたのよ」


 かろうじで出た言葉に、明音はさらりと何でも無いことのように答える。

 真奈美を見ると、てへっと舌を出している。


「それにしても、人が多い割にシフトの人数足りていないんじゃ無い?」


 と、さらに冷静に言われる。

 店長もまさかここまで忙しくなるとは思っていなかったんだろうなと思う。


 実際日曜日のイベント日にしても今日はとりわけお客さんが来ている気がした。


「明音が今から入ってくれても良いんだけど?」


 麺伸ばしを再開しつつ冗談交じりに聞いてみる。

 冗談が言えるぐらいには回復していると今気が付いた。


「いやよ。だって忙しいもの」


 ただ当然ながら誘いは却下される。


 でも2人の顔を見ただけで気が休まるなんて、現金なものだ。

 もう少しだけ頑張れる気がしてきた。


「ほらお母さん行くよー」


「ちょっと。外ではそう呼ばないでって言ったじゃない」


 列が進み、明音と真奈美は注文口へと向かう。

 その去り際、明音から「今夜も行くから」とだけ小声で伝えられる。


 それだけで、今日の戦いを生き残れる気がしてきた。



「疲れた」


「俺もだ。杉本はまた働くのか」


「そーだよ。でもピークは無いからまだ良いや」


 お昼も終わり、休憩の時間となった。

 さっさと賄いを食べ終わり、今は事務所でシフトを終えた高木と愚痴っている。


「俺も帰りたいんだけどな」


「諦めて働くんだな。そう言えば今日真奈美ちゃん、だっけ? 杉本の親戚来てたな。誰かと一緒だったけど」


 思い出すように語る高木に、「その人も知り合いか」と聞かれる。

 明音と付き合っていることは内緒だけど、そもそも高木は明音のことを知らないし。

 何と答えようか悩んでいたとき、事務所のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「やあ2人ともお疲れ。あ、杉本君さっき安城さん来てたけど気が付いた?」


 やってきたのは店長。

 この人は俺と明音のそれぞれ働いている店舗の店長だ。

 普通1つの店舗に1人の店長が就くと思うのだが、人手不足で2店舗兼任しているらしい。


 ただそのおかげで俺はもう1店舗へとヘルプに行く機会が出来、明音と出会うことが出来たので店長には影ながら感謝していたりもする。

 ちなみに安城は明音の名字。


「お疲れ様です店長。……そう言えば来ていたような気もしますね」


「店長もお疲れ様です。誰なんですか? 安城さんって」


 1人知らない高木が明音のことを聞いてくる。


「12時前ぐらいかな? その時に来た黒髪ボブの女の子なんだけどね。僕のもう1店舗で働いてる子だよ」


「高木。今言ってた連れがその安城さんだよ」


「へー。そうなんか」


 何の気なしに答えてしまったが、大丈夫だろうか。

 親戚やら同僚と言っているが、俺達3人の関係がバレると面倒な事になりそう。


「そう言えば安城さん誰かと一緒だったね。結構似ていたから姉妹とかかな?」


 店長も気が付いたらしく、2人の関係に疑問を口にする。

 それはもう親子ですから似ていて当然ですよ、なんて言えるわけもなく。


「その人杉本の親戚の子ですよ。髪が長い子ですよね?」


 と、あっさり店長にバレる。


「そうそう、髪が長い子。そっかー、杉本君の親戚なんだ。あれ? じゃあもしかして杉本君と安城さんも親戚とか?」


「えーっと……、まあそんな感じです」


 取り敢えずごまかしておく。


「なんだよ、また親戚かよ。面白くねーなー。彼女とかじゃねーのかよ」


 思わずドキリとするが、顔に出さないよう努める。

 このままここに居たらうっかりボロを出しそうだ。


「時間なのでもう行きますね」


 シフトを言い訳に事務所から逃げ出す。

 またいつか問い詰められたらバレそうだな、と若干憂鬱になりつつまた戦場へと戻っていく。


 そこからは、あと数時間働けば明音に会える、それをモチベーションに残りの仕事をこなしていった。

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