第9話 もはやただのデート

 時刻は14時半を過ぎた頃。

 真奈実に見送られ、俺と明音はショッピングモールの中を再び歩いて行く。

 これまでは3人で回っていたけど、今からは2人。


 当初の予定とは違うけど、明音とのデートが実現した。

 隣を歩く彼女は一見無表情で楽しんでいないように感じるけど、そんなことは無い。


 その証拠に今俺達は手を繋いでいる。

 いままでも手を繋ぐことはあった。

 でもただお互いにそっと握るだけ。それが今は恋人繋ぎになっている。


『デート、でしょ?』と明音から手を差し出してきたのだ。

 可愛い。

 明音からされるのは実は初めてで嬉しさと共に驚きもある。


 いや、今日はそれ以外にも色々とあったな。

 服や髪の毛だっていつもよりお洒落だし、隣を歩くときもいつもより距離が近くドキドキした。

 後で気が付いたけど、間接キスもした。


 なんだか真奈実が来てから明音が積極的になったというか、普段しないようなことをするようになった。

 俺としては嬉しい限りなので何の問題も無い。


「さて、さっそく柚希の服を見に行くわけだけど、予算はどれ位あるの?」


「多くて1万5千とかだな。可能なら1万以内に押えたい」


「なるほどね。ちなみにだけどさっき私と真奈実が買った服幾らぐらいしたか分かる?」


 明音は上下2セット、真奈実は4セットぐらい買っていた気がするな。

 1着が高くて4000円ぐらいだと俺は予想している。


「明音が1万5千円位かなと」


「惜しい。2万円いかないぐらいよ」


「結構高いな」


「まあ今回は少し高い服も買ったからなんだけどね。それでも1万円で押えようと思ったら上下合わせて1つしか選べないわ」


「ユニ○ロか○Uならいくつ買えるかな」


 いつもお世話になっている某大手ではTシャツ1枚1500円とかで買う事が出来る。

 着心地も問題ないし特に気にしていないが、今回は別だ。


 隣から『行かないからね』という無言の圧。

 分かってはいる。少しお高くてもお洒落な服を増やした方が良いのは。


 ただ俺にその服を選ぶセンスはないので明音に頼らざるをえない。

 そのセンスは未来でも変わっていないようなので諦めた方が良いかな?


 明音に連れられる形でショッピングモールを進み、程なくして到着。


「取り敢えずここで見てみましょうか」


「H○M?」


「そうよ。値段もそこまで高くないから安心して」


 店内にはカジュアルな服が多く並び、ユニクロとはまた違った雰囲気だ。

 それでいて1着余裕で8千とか1万を超える店とは違い、スキニーパンツやスラックスが4から5千円程度と比較的手が出しやすい。

 これでも高いと感じてしまうけど。


「さあ選ぶわよ」


 着る本人よりもやる気満々な明音は服を見て取り出し、悩んで戻す。

 この作業を繰り返し、よさげな服が見つかったのか隣で同じく物色していた俺の所へ持ってくる。


「手広げて」


「こうか?」


 服と体を照らし合わせ、満足がいったのかカゴに入れる。

 いつの間にか黒のスキニーパンツも入っていた。

 今の服と合わせて着るのだろうか。


「後で纏めて試着しましょ」


「ああ」


 その後数着選んで試着室へと入る。

 一応俺自身で選んだ服も候補に入っている。


 普段選ばないような種類だけど案外悪くないと思う。


「はい、どうだ?」


 試着室のカーテンを開けると、納得のいった様な、得意げな表情をする明音。


「似合っているわよ。柚希は細身だし背もそこそこ高いから、スラッとしたコーデが合うわね。……格好いいのなんかむかつく」


「何でだよ!? でもまあ確かにこの服良いな。結構好きかも」


 黒のスキニーに白のプルオーバー、黒のカーディガンという組み合わせ。

 早速だが気に入っている。

 3つ合わせて8千円と値段もそこそこだ。


 それからいくつか試着し、最初に着たものと白シャツに黒のニットがセットになった服を購入。

 全部で1万と千円とある程度予算内にも収まっている。


 これで少しは俺の格好もマシになるだろうか。

 常日頃からバッチリ決める必要は無いかもしれないけど、これからの明音とのデートではせめて格好良い姿でいたいな。


 真奈実に送り出されたデートだが、早くも30分で当初の目的を達成してしまった。

 明音と真奈実が服を選んでいたときとは異なり、俺の場合は1店舗で決めてしまったため、時間が掛からずにすんだ。


「これからどうする? さすがにもう戻るのは早いと思うんだけど」


「私ももう少し2人でいたい」


 2人でいたい、と言う言葉に思わずドキリとする。

 前までの明音ならまず言わない台詞だ。


「だったら映画でも見に行くか?」


「いいわね。折角買ったチケットを無駄にしないためにも、ね?」


「ああ」


 今日本来のデートは映画を観に行くこと。

 そして事前にそのチケットを予約していたのだ。

 真奈実が来たことにより仕方なく諦めていたが、運に恵まれたようだ。


「なら映画見に行くこと一応真奈実にも連絡しておくか」


「そうね」


 そこでふと気が付いたことがある。

 俺達は真奈実と連絡先を交換していないのだ。

 というかそもそもこの時代で真奈実の携帯は通信関係の機能が使えない。


 真奈実も昨日言っていた気がする。


「まあ仕方ないわ。連絡先については後で考えましょ。映画を見ても時間的には問題ないわ」


「そうだな。じゃあ行くか」


 予約していたチケットの上映時間はもう間もなくなので映画館へと移動する。


「それにしてもこの時間を予約していてラッキーだったな」


「そうね。私が寝坊することを想定して遅くしたってことには不満だけど」


 昨日の夜俺の家に泊まり、それから映画を見たり色々回る予定だったのだが、映画を午前に見に行くとしたらそこそこ朝早く起きることになる。

 明音は朝に弱いため、だったら最初から遅い時間に見に行けば良いと言うことになった。


「寝坊っていうか、まああれだ。朝はのんびりしてから行こうって意味だから」


「ふうん? 何か意味深だけど。まあそういうことにしておいてあげる」


 意味深と言われて内心慌てた。

 なにせ付き合っている大学生のカップルが同じ屋根の下で一晩を共にするんだ。

 もちろん夜にそういうことをする、というかしたいという願望はある。


 まだキスもしていないことからも分かるとおり、俺達はせいぜい手を繋ぐ所までしか関係が進んでいない。

 俺がヘタレなせいもあるけど、そういうことは明音に好きになってからだと考えていたのもある。


 付き合うことになったとき、俺はともかく明音は俺に対して完全な好意を抱いてくれていたわけでは無い。

 『これから好きになって貰えるよう努力する』


 こう告白したからこそ、明音が俺のことをすきになってくれて、そこから段階を踏むべきだと考えていた。

 だからこそこれまで一晩家に泊まっても手は出さないようにしていたし、これからも明音が嫌がることはしないつもり。


 ただそれはそれとして明音とそういうことをしたいという願望はある。


 もっとも明音はもうすでに好意は持ってくれているみたい。

 それは物凄く嬉しい。


 ちなみにこれまでは明音がベッドで寝て貰い、俺は床で毛布をかぶっていた。

 カーペットがあるからマシだけど、朝起きると少し体が痛い。


 もし仮にこれから明音が俺の家に泊まることがあるのなら、真奈実の布団があるためそこに2人で寝れば俺はベッドで寝られるのでは!?


 あ、でも真奈実がいるなら明音とイチャイチャすることは出来ないな。

 それはそれで残念だ。


「どうしたの柚希。ぱあっと明るくなったりしょぼんと暗くなったり。表情変わりすぎよ」


「え、ああ何でも無いよ」


 がっつり顔に出ていたらしい。

 明音に不審がられたけど何でも無いとごまかし話を逸らす。


「それよりポップコーンとか買うか? 映画のお供には必須だろ?」


「食べたいけど、見終わる頃は17時とかだし夜ご飯食べられなくなっちゃうわ」


「む。確かに……。なら今回は諦めるか」


「それが良いわね。変わりと言ってはなんだけど、見てる間はずっと手繋いでいるから」


 これで妥協して? と微笑みながら繋いでいる手を顔の前に持ってくる明音。

 そんな可愛いことされたら断れるわけないだろ。


 ポップコーンのない映画も良いものだな、と安直に感じながら2人並んで館内を進んでいく。


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