第6話 家族でお買い物

 そして日付は変わり、現在朝の9時20分だ。

 俺の住むアパートから歩いて15分位の場所にあるのが、明音の住む学生寮だ。

 家賃はそれなりに安く、オートロック等を搭載しているが他人の宿泊に申請が必要だったり部屋が狭かったりと、少し不便もあるため大人気というわけでは無い。


 そしてその寮に着いたと明音には20分前に連絡を入れたけど、未だ2人の姿は無い。


 これはあれだな、明音が起きてこないんだなきっと。


 普段は物静かで素敵な女性だが、どうにも朝が弱いらしい。

 大学でも必修科目以外は絶対に1限は選択しないみたいだし、以前俺の部屋に泊まったときも朝はなかなか目を覚まさなかった。


 普段朝用事があるときは寝る時間を早めたりと対策を取っているらしいが、昨晩は夜更かしでもしたのだろうか。


 そんなこんなでしばらく待っていると、元気よくエレベーターから出てきた真奈美と、彼女に引っ張られるようにしてやって来た明音の姿が。


「おはようお父さん、お待たせ。ごめんねーお母さん中々起きなくて」


「……お待たせ。遅くなったわ」


 2人は申し訳無さそうに言うけど、過去に似たような経験をしているから特に気にはならない。


「おはよう2人とも。何だか可愛いな」


「ん、ありがと」


「やったね~お母さん」


 それよりも2人の格好だ。

 真奈美は白くゆったりしたブラウスに黒のタックススカート。

 そして明音は黒のニットプルオーバーにグレーのワイドパンツといった出で立ち。


 更に明音は髪もセットしており、ハーフアップにまとめている。

 普段よりも確実に身なりに気を使っているのが見て取れた。


 明音が起きるのが遅かったって言っていたけど、半分ぐらいはこの支度に時間が掛かったのではないだろうか。

 可愛いから良いけど。


「それじゃあ行くか」


「ええ」


「レッツゴー」



 大学周辺から電車で3駅ほど進むと、県内でもトップクラスに大きいショッピングモールなどがそびえる比較的栄えた地域へと出る。


 今日はここで真奈美の生活用品から服や布団までの、居候に必要な物を買いに来た。


 予算?

 諭吉さんが10数人いらっしゃるので問題ない。


 真奈美が持っていた封筒に入っていたお金をありがたく使わせて頂く形だ。

 真奈美本人がこれで支払うと言っているので俺達が止める事も無い。


「まずは何から買いに行く?」


 さっそく買い物を始めるわけだけど、買う順番とかは特に決めていなかった。

 買いたい物から順に回っていこうと俺は考えていたが、明音から提案がされる。


「布団とか大きな物を先に買う方が良いわね。服とか買ったら荷物になるしニ○リなら買った物を配送してくれるはずだから」


「それじゃまずはニ○リ行くか」


 1階エントランスから、目的のお店まで中を進む。

 土曜日と言うこともあり、モール内には買い物客が多数行き交っている。


「それにしても明音そんなサービスとかよく知ってたな」


「一人暮らし始めるときにお世話になったの」


「なるほどな。俺は全部自分で持っていったなー。配送して貰ったのは洗濯機と冷蔵庫位かな」


「わたしも同じ感じだったよ~。お父さんが車に全部積んで運んでた」


 引っ越し代がかさむから、と業者には頼らず父親が主導で引っ越しを行ったのだが、未来の俺はその経験をフルに生かしているようだ。


 やるな未来の自分。


「でもそれなら確かに買い物中荷物としてかさばることは無いな」


「ええ。だから先に布団だけ買ってしまいたいわ」


「わたし折角買うなら良い布団にしたい! 羽毛とか」


「構わないけど予算は考えろよ? そのお金は今日使わなくてもこれから入り用になるかもしれないんだから」


「はーい」


 元気の良い返事と共に先へ先へと進む真奈美。

 この状況で当の本人が1番楽しんでいる気がする。


「走っちゃだめよ真奈美」


「む。さすがに子供じゃないんだから走りはしないよ~。せいぜい早歩きですっ。ほらもう到着」


 モール内に設置された店舗のため単体の売り場よりも品数は少ないが、さすがは県内トップクラスに大きいショッピングモールといったところだろうか。

 布団コーナーだけでも十分な販売面積が確保されていた。


「一式揃っているこのセットとかが無難じゃないかしら。料金的にも大きさ的にも」


「まあ確かにね~。でもわたしは敢えてマットレスと布団を分けて買いたいのです。何故なら羽毛布団にしたいから! 全部セットだと普通の布団しか種類ないもん。それにこっちもそれほど高くないよ」


「羽毛布団にするのは別に良いけど、このマットレスは分厚すぎるわ。さすがにここまでは必要ない、というか置けないと思うわ」


「む、確かに」


 無難な一式セットを推す明音と羽毛布団とマットレス、ついでに枕も良いものを買いたい真奈美。


 買うのも払うのも真奈美だから好きに選べば良いと思うけど、さすがに倍近くの金額差があれば話は別だ。


 明音が言うようにマットレスは要らない。

 買うにしても薄めでいい。


「あと真奈美、柚希の部屋で使うなら多分床に敷くのよ? 片付けることも考えたらマットレスが分厚すぎるのは大変だと思うけど」


「あ、そうだった。ベッドじゃないこと完全に忘れてたよ」


「買うのならコンパクトに出来るものの方がお勧め。柚希と真奈美が良いなら私としては文句無いけど」


「俺的には畳める方がありがたい」


 多分、いや確実に邪魔になる未来が見える。

 一応布団をしまえるスペースは作ってきたけど、折りたためないなら入りきらないだろう。


「じゃあこっちの薄くて折りたためる方にする」


「切り替え早ーな」


「だって置けないんだったら仕方ないじゃん」


「まあそうなんだけどな」


「でも敷き布団と掛け布団は関係ないよね? なので羽毛にします!」


 どうにも羽毛布団への固執が凄いな。


「なんでそこまで羽毛布団が良いんだ?」


「意味は特にないけど、軽くて暖かいから良いかなって。折角買うんだから後悔したくないもん。『迷惑掛けない範囲でやりたいようにやれ』っていうのが2人の教えだよ?」


「そ、そうか。まあ真奈美が良いなら俺からは言うこと無いけど」


 結局、3つ折りタイプのマットレスと後で見つけた普通の敷き布団と羽毛の掛け布団セットを購入することになった。


 2万2千円。

 果たしてお値段以上の価値があるのかどうか俺には分からないが、真奈美が満足しているのなら良しとしよう。


「それでは本日18時半頃にお届け致します」


「よろしくお願いします」


 無事配送の手続きも完了し、今度は服や生活用品を買いに向かう。


「いよいよ新生活を始める、って感じだね~。こうやって家族で買い物に来るのは大学の入学準備以来かな」


「そうは言っても今大学2年なんだからせいぜい1年と少し前位だろ?」


「そうなんだけどね~。その時でも家族で買い物に行ったのは久し振りだったからな~」


「もしかしてあまり家族仲良くない?」


「そー言うわけじゃ無いんだけどね。ただ昔に比べて頻度が減ったなって思っただけだよ」


 昔を懐かしむように語る真奈美はふと立ち止まり、通路の反対側を見る。

 そこには、お父さんとお母さん、そして小学生ぐらいの女の子。


 親子3人で笑いながら歩く姿はまさに幸せそのもののようだった。


「寂しいわけじゃないんだけどね、またああやって休みの日に出掛けるのも良いなーって」


「だったら、未来に帰ったときにまた家族でお出掛けしましょうか。きっと未来の私達も喜ぶと思うから」


「うんっ。そうする!」


 明音に言われ無邪気に笑う真奈美はとても楽しそうにまた歩き出した。



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