番外編:変遷 ⑩



「お、重い……」



 ふらふらと寝具を運んでいると時折「ねえちゃん、運んでやろうか」と声が掛かる。丁重に断ると「気を付けて帰りな」と苦笑いで手を振り見送られる。この一帯は治安も良く、声を掛けてきた男たちも善意からの言葉だろうが、頼り下手のジョアンナには彼らの言葉に笑顔で頷くことが難しかった。



 大体、寝具を購入した店の店主も配達を勧めてくれたのだ。だが、配達となると翌日以降に受け取ることになると聞き、どうしても今日全ての寝具を取り替えたかったジョアンナは店主の勧めを断った。ジョアンナが持ちやすいように包装されたそれは、徐々に重くなり自宅のアパートが途方もなく遠く思えた。一歩進む毎に足が重くなり、息が上がっていく。




「……っ、あっ!」



 バランスを崩し足がもつれ、倒れそうになる。痛みを覚悟してジョアンナは目をぎゅっと瞑るがいつまで経っても痛みは襲って来なかった。代わりにふんわりと温かいものに身体を包まれた。




「ふう……間に合って良かったです」



「サム……どうして」



「はぁ、離したくない、けど」



「?」



 ジョアンナが首を傾げるのを見て「やっぱり伝わってないですね」と小さく呟く。ジョアンナの体勢を整えた後で、寝具を取り上げる。



「な……自分で持つわ」



「今、転びそうになってたのに?」



「う……」



「転んで怪我でもして、それを見たクラウディア様がどうお思いになるか分からない訳ありませんよね?」



「……」



 サムに正論で打ち負かされる日が来るとは思いもしなかった。それはいつもジョアンナの役目だったというのに。悔しくて言葉が出ないジョアンナへサムは微笑み、優しく語りかけた。



「……なんて、クラウディア様を理由にしていますけど、本当は俺が嫌なだけなんです」



「え?」



「ジョアンナさんが転んで痛い思いをして欲しくないだけなんです。だから、持たせてくれませんか?」



 それはまるで、仕事中にちょっとしたことをお願いする時のようで。これでは嫌だと断る方が悪者ではないか。視線を逸らし、小さく頷くと「ありがとうございます」と嬉しそうな声が耳を擽る。




 狡い人だ。彼はいつだってそうやって相手を頷かせてしまう。




 狡い人だ。こんなに苦しい思いをして買ったばかりの寝具を運んできたというのに。寝具を替えるくらいではあの夜のことを忘れることはできないと一瞬で思い知らされる。もう重たい荷物は持っていないのに、呼吸は苦しいままだ。




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