第11話

「はぁ……。」




 畑を耕しながら、テオドールは今日何度目か分からない大きな溜息をついた。





 テオドールは、クラウディアにあの木箱を渡した時のことを思い返していた。随分と美しい令嬢がお忍びでやってきたな、と思ったのも束の間、あまりの疲労困憊っぷりに何かしてやりたいと思わず木箱をプレゼントした。




 すると泣かれてしまったものだから、それはそれは慌てたのだが、泣き止んだ後に嬉しそうに微笑み、テオドールの作った木箱を宝物のように優しく抱えたクラウディアを見ていると、それはそれで気持ちが落ち着かなかった。




 この令嬢が、クラウディアだと気付いたのは暫く経ってからだ。







 更に暫く経った後、甥のレジナルドから、クラウディアとの婚約話を持ち掛けられた。その時テオドールはレジナルドに手が出そうな程、内心では激怒していた。レジナルドは、鍛錬嫌いで有名なので、畑作業に明け暮れているテオドールの太い腕では一発で倒れてしまっただろう。



 だが、あの疲れ切ったクラウディアを救うチャンスだと、気持ちを堪え、婚約を了承した。まさか、レジナルドがクラウディアとアネットの掌の上で転がされていたなんて、夢にも思わなかったのだ。





(しかも、俺のことを……。)



 クラウディアからの告白を思い出し、全身からぶわりと汗が噴き出した。頭を振り、慌てて畑を耕す手を速めた。あんなに可愛らしく、優秀な令嬢が、自分のようなオッサンを好きだとは信じがたい。だが、テオドールを見つめる、あのクラウディアの瞳は……。





「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 今日何度目かの叫び声を上げて、何かを振り切るように作業に没頭しようとした。最初は驚いていた使用人たちも、何度も繰り返されることで「またか……。」と冷たい視線を送るだけになっていた。









 テオドール、四十六歳、女性経験なし。




 こんなオジサンには、若く、美しく、そして拗らせているクラウディアは、未知の領域なのだ。

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