第2話

 『イケオジ』沼は、クラウディアの生活を一変させた。それまで、公務に追われ、感情を無にして生活していた。だが、イケオジを愛するようになったクラウディアは、嫌っていた王宮がオアシスのように輝いて見えた。例えば、騎士団の定年前のくたびれたイケオジ。門番を務める、厳しい目つきをしたイケオジ。厨房で、下っ端たちにきつく指導するイケオジ。―――クラウディアは、これまで薄暗い場所としか思えなかった王宮が光り輝いて見えた。




 しかも幸運なことに、王宮のイケオジたちは、クラウディアに優しかった。国王夫妻と、その息子に大きな迷惑を掛けられているクラウディアを不憫に思う、イケオジたちは、いつもは厳しい顔をしていても、クラウディアにだけは優しい顔をして気遣ってくれる。これは、昔からそうだったのだが、クラウディアはイケオジ沼に落ちてから、漸く気付いた。




(イケオジ、最高ですわ!)



 イケオジを愛でるようになったクラウディアは、イケオジたちとの挨拶や会話の端々に優しさや敬意を込める。そうすると、イケオジたちは余計にクラウディアへ優しく、甘くなる。こうしてクラウディアは、楽しいイケオジライフを過ごすようになった、のだが。








 クラウディアが、イケオジ沼に落ち、偏ってはいるが以前より人間らしく過ごしていることが気に食わない者が一人だけいた―――レジナルドだ。クラウディアの執務室に急に来たと思えば、声を荒げた。



「最近調子に乗ってるらしいな。」



「ちょっと仕事ができるからって偉そうにするなよ。」



「お前みたいなやつと結婚なんてごめんだね。」




 当たり屋のように、暴言を吐き散らし、スッキリした表情で去るレジナルドをクラウディアは呆然と見ていた。少し前の、イケオジ沼に嵌る前のクラウディアは、聞き流していただろう。だが、今、イケオジのお陰で人間らしさを取り戻しつつあるクラウディアの心は揺れた。





「クラウディア様、大丈夫ですか?」



「今、お茶とスイーツをお持ちします。」



「宜しければ、庭園の薔薇を見に行きませんか。」








 口々に心配し、気遣うイケオジ使用人や、一緒に働くイケオジ文官たち。レジナルドの暴言は論外だが、周りに置く者たちを、全てイケオジに替えたクラウディアは、少し……ほんの少しだが、レジナルドの言う通り、調子に乗っているかもしれない。

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