第10話/ミッシングリンク

「……で、結局サフィは一切の連絡を見てないってことだな」

 既読がいつまでもつかないメッセージ画面を伏せ、アメジストは頭を抱える。

「まいったね、タオと接触してるのはわかってるが、探ってほしいことを探ってくれてるのかはさっぱりだ」

「パパとデートなんだから、仕方がないわ」

「ああ! まったく二人らしいったらありゃしないね!」

 アメジストは大きくロッキングチェアを揺らしながらぷりぷり怒っている。ルビーはその口にキャンディを放り込んで強制的に黙らせると、笑顔のままフーッと息を吐いた。蔵書の関係で、アメジスト宅はニコチンの有無にかかわらず全面禁煙の独自法が敷かれている。不機嫌の理由はそれが中心というわけではないが、二人とも同じ理由ではある。

「あ!」

 居心地悪そうに尻尾をゆらゆらさせていたシャノアールが慌てて電話を取る。

『よう。そっちは集まってんのか?』

「はい! あ、えーと、聖母殿は相変わらずです」

『はあ……まあ、鳥野郎が動いてそうだし、問題ねえだろ』

「それでは……一旦、情報共有の場を設けさせていただきますね。文筆先生、ご協力お願いいたします」

 アメジストは不貞腐れた顔のままひらひら手を振った。ホワイトボードがスーッとやってきて、シャノアールの横で止まる。ペンは勝手に動いたが、指し棒はシャノアールの手に収まった。

「タオについて、ですが……文筆先鋭と長官、ルビーさんと僕の二手に別れて、それぞれ別ルートからのアプローチをかけました。文筆先生方には戸籍の洗い出しを、僕らは別件を」

 シャノアールに頷かれ、アメジストが応える。

「魔法界におけるここ百年程度の戸籍と、そこに付随する家庭環境の調査書を精査したが、タオらしき人物に該当する者はなかった。ここから考えられるのは、タオはいわゆる『透明な存在』であるか、まったくの外部、つまりは人間界から連れ込まれた子供であるかのどちらかであると言える」

「僕たちは人間界に定住する、千里の魔女・オリビンさんにお力添えいただき、人間界においてそのような事例がなかったか調査してもらいました。結果、人間界換算の十八年前に、人間界の女の子が魔法界に連れ去られた事例が判明しました」

『女児、か。当てが外れたわけか。こっちはまるっきりの別件を追っていたんだが、どうにも関わりがあるらしいぜ。つまり、収穫アリだ』

 ビャクダンからの通話には強い風の音が入っている。おそらくは、エメラルドと共に上空にいる。

『連続しているペット窃盗と獣人誘拐を追っていたんだが、どうやらその元締め、通称「ブリーダー」とやらの取引会場を割った。匿名のタレコミで、「ペットショップ」と呼ばれている。いま、ポイントデータを送った』

「北区の……せんべろ街、ですか? あまり良い噂のない地区ですが、まさかそんな犯罪者の本拠地になっていたとは……」

『その通り。なんでも、タオはここらへんで顔利かせてたそうでな。甘いコロンの甘いマスクだなんだで有名だったらしい。驚いたことにな、先に接触したブリーダーとタオと、同じコロンの匂いがしたよ』

 点ばかりが集まってきたが、なかなか線にはならない。あれを正しいとすればこれが正しくなく、これを正しいとすればそれが正しくなくなる。

「仮にブリーダーとかいうヤツとタオに関係があったとして、タオを帰すわけにはいかないよな。おいギベオン、ブリーダーの運営してるペットショップは、どうあれ潰すよな?」

「もちろんです。現実的な運びは、ペットショップ関係者を一斉検挙してタオについて問い詰めるか……」

「でも、タオ本人についてはなままね。戸籍を洗っても、人間界を見ても、外れだったのだし……」

 暗くなりだす空気感。そこへ差し込む、一条の光と同等のコール音。

「サフィ! どこで油売ってた!」

『売らないわよそんなの。あたくしは服屋さんですよ。んもう、感謝なさい? 一日中あの二人のこと見てて差し上げたんですからね』

「メッセ見てないのか? 最初からそれ頼んでただろデカい口叩くなよ」

 文句ばかりが出るアメジストのことはすっかり無視して、サファイヤは続ける。どこか急いだ口振りである。せかせかと動いているときと同じような感じがする。

『皆さんお揃いなら好都合ってものね。いい? 手短に話すわ。タオくんが攫われました。犯人はもちろん、お父さん。急がないと手遅れになってしまいますわ』

 空気は一瞬にして張りつめた。さんざんブーたれたアメジストはすぐさまペンを取る。

「詳細を頼む。簡単にシナリオを書くから、手伝ってもらうぞ」

『よくてよ。まず、あの子は人間界の子。ブリーダーに攫われて、そのまま育てられたようね。ブリーダーは昔から北区のせんべろ街を拠点に非合法のペットショップを運営していたらしいわ。タオは今日そこで、高額取引される予定よ』

「待って頂戴! 確かに、あの子の年頃あたりで人間界から攫われた子供がいることにはいるけれど、たった一人、しかも女の子よ? 条件が合わないわ」

 サファイヤが驚いて「まっ!」と言うのが破裂音のようにスピーカーに入る。

『あーたたちまだ勘違いしてらっしゃんの!? タオは女の子よ!』

「はあ!?」

『肩幅見ればわかるわよそんなの! ひょっとして、あーたたち、ずっと男の子の前提で調査してきたわけ? 時間の無駄! お馬鹿さんたちねえ!』

「そういうのは早く共有してくれよ!」

『気付いてると思ってたのよ! もうっ、呆れちゃう! 時間がないのよ!?』

 カランカランと、「GALA」の店の扉が開く音がする。支度を整えるようだ。

「聖母殿。彼……もとい、彼女は、どのように売られるのです? 売り文句ですとか、どのように特別なのかとか、ペットショップ側からのそういうのは」

『ねえもしかしてあれじゃないスか? さっき会場で見た「桃娘タオニャン」ってやつ』

『タオが女なら説明がつくな』

「なんですかァそれ?」

 サファイヤは何やら忙しそうにしつつも説明を省かない。

『人間界で信じられてる人体の改造方法よ。産まれてからずっと桃か桃味のものしか食べさせずにいると、体臭が桃の芳香になり、血肉は桃の風味になるというもの。あの子はまさしくそれとして育てられた子よ』

「じゃああの匂いは、コロンなんかじゃないんだァ……」

『桃娘として価値がつくものには条件があるそうよ。まず桃以外を口にしたことがないこと。それから、傷の一切のないこと。最後に、美しいこと』

「ゾッとするな。確かに人間界の技術じゃ無理だろうが、魔法界ならそうは言い切れない。しかし急に売り出すことになったな。サフィ、何かしたのか?」

 あくまでとぼけるらしいが、素直に答えることはしてくれるらしい。

『さあ……? でも、別に、わざとじゃありませんのよ? ついうっかり、美味しい点心を、ご一緒しちゃったけれど……そのあとから桃の香りはあんまりしなくなりましたけれど……』

「商品としての価値をなくしたのね。さすがよサフィ。でも、相手も諦めなかったってことでもあるのよね」

『ええ。とにかくあたくしたちは北区に急ぎますわ』

 すすり泣きの声は、ようやく触れてもよい頃合いだろう。

「……大丈夫かい、トパーズくん」

『ほんのちょっと、離れたときに……私のせいだ、私がしっかりしてなかったから』

『あー、お嬢ちゃん。少なくとも俺は、お嬢ちゃんを責めたりはしないよ』

『根本的に悪いのは向こうなんで、気にすることないっスよ』

「ほーらこういう連中なんだ。さあ、まだ気を抜いてはいられないぞ。最後に必要な情報がある」

 着々と書きあがるシナリオ。空白の部分にマルをつけて、アメジストは最後の質問をする。

「重要事項だ。それじゃあ、タオの、本当の名前は一体何なんだ?」

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