第3話/聞かせてよ

『まっ! ウチの鍵っ子ちゃんが? そうなの。それで? 勝ったの?』

「は?」

『大魔女ってだけでそーゆーのはわんさか相手しなくちゃスからねー。今回は初めてっぽかったんで手伝いましたけど、自分で解決した方が早くて楽なんスよ』

「は?」

『見習いちゃんは大丈夫として、シャノアールくんは平気なの? 心配だわ。すぐ行くわ!』

「は?」

『そうか、トパーズくんも大魔女らしくなったじゃないか。どれ、いまはまだ伸びてる犯人くんのツラでも拝みに行こうかね』

「は?」

 こうして、ずっと不機嫌だったトパーズのもとに、四人の大魔女が集まった。

「ちーっす! いやー、ミートエメちゃんの後はミート暗殺者アサシンスか、すごいスね」

「も~とんだ迷惑ですよ! お二人には怪我させちゃいましたし……」

「いや~……ははは……」

 おそらく、反論や擁護等一切の言説が無意味と悟ったビャクダンとシャノアールは苦笑いに徹している。

「怪我したの!? シャノアールくんっ大丈夫なの!?」

「うにあ! にあ゛~~~!!」

「薬の効きは? 体調におかしなところはないかしら」

「おいっ、コラッ」

 シャノアールを執拗に撫でまわすルビーにとりあえずの一言を入れ、アメジストは「しかし」と話題を転換する。

大魔女われわれ相手は難しかったにしろ、彼らの相手だってそう簡単なはずはないんだが。大魔女と張り合える警察官を一度に二人も片づけるなんて、彼は何者だ?」

「現在調査中です。原稿はよろしいので? 文筆の魔女殿」

 しれっと取調室に入ってきたギベオンには誰も驚きはしないが、アメジストは苦すぎるコーヒーを間違って飲んでしまったときと同じ表情で言い返した。

「いいに決まってるだろ。書きかけの原稿より目先の面白いモン見とかないでな~にが作家だ」

「お変わりないようで。とはいえ、彼、名乗りはしたそうですね?」

「は、はい。タオ……そう名乗ってきました」

 サファイヤが首を傾げたが、誰も見ていない。

「偽名の可能性が高いですが、ご本人がいらっしゃるなら、直接お話を伺ってしまう方が早いでしょう。鍵の魔女殿、起こして差し上げてくださいますか」

「はいっ!」

 基本的に、魔法はかけた者でしか解くことはできない。強力なものであればあるほどそのセオリーは変わらない。ここにいる大魔女たちが束になってかかっても、タオにかかっている「トパーズによる」魔法はトパーズでしか解けないのだ。

「ちなみに、どういう魔法をかけたのかしら? 鍵っ子ちゃん」

「意識に鍵をかけてます。私が解かない限り、自力では何もできません」

 「なるほど」とか「やるわね」などの言葉が大魔女たちの間で飛び交うが、他の面々は顔を青白くして俯いている。こんな芸当を考え付くのだから、つくづく大魔女たちは敵に回すものではない。皆、そう思っている。

 トパーズが顔の前で鍵をひねるような手の動きをすると、椅子に座らされているタオがものすごい勢いで跳ね起きた。真ん丸に目を見開いて、周囲の状況を読み込んでいる。しばらくしてトパーズの顔を見上げると、訝し気に首をかしげた。

「オマエ、オレに何した?」

「魔法かけたの」

「ちっげー! オマエ! オレのことビンタしたろ! 畜生ッ、親父にも殴られたことねーのに!」

 取調室は静まり返っている。危険性を鑑みてタオはガラス越しの別室にいるのだが、そして意識の鍵を開けるためにそこに入っているトパーズ以外は、モニタリングしながら、こんなときにどんな表情をしたら良いのかわからなくなっている。

「え~っと……そのお父さんのところに帰したいから、ね、きみのこと教えてくれるかい?」

 ベテランの刑事はこんなときでも冷静だ。トパーズの魔法で手足は椅子にロックされているため、タオは暴れたくても暴れられず、グルルルと唸っている。反射だろうか、シャノアールもフーッと牙を剥いている。

「やーだね。つーか、帰れねえよ。親父にゃ黙って家出てきたんだ。また出してもらえなくなる……」

「これぞ箱入り息子、と……。それじゃ、どうして鍵の魔女さんを狙ったの?」

「たりめーだろ! コイツ砂にすりゃ、裏で箔がつくからだよ! そんなん他に捕まえたザコからでも聞けんだろ」

「もう! 乱暴な言葉遣いしないの! 大体、捕まってるんだしきみもザコじゃん」

「ハァー!? テメェにゴチャゴチャ言われる筋合いねーだろ! つかざっけんな、オレはそこらのザコとは違ェし!」

「筋合いあるもん! 殺されかけたんだから!」

「もんとか言ってんじゃねーよ! クソが、ヨユーで勝ちやがったクセに!」

 誰も入り込めないような口喧嘩。もう、誰も何も言わない、その境地に、至ってしまっている。ただ全員、「しょうもな」とは思っている。ここでは、それを口に出すような空気の読めない者がいないというだけだ。無秩序な秩序なのである。

 とはいえ誰かが割って入らなくてはならないことも確かだ。代表してギベオンが咳払いをしてマイクに向かう。

「お二人とも。聴取の途中ですから」

「あっ、あっ、ごめんなさい……」

「やーい怒られてやんのー」

「きーみーもーなんだけどーっ!」

「知るかよ! オレは別に? ずっとここで座っててもいいし」

「いいわけないでしょ! 刑事さんたちに迷惑!」

「誰か私を慰めてください。いますぐにです」

 部屋の隅で三角座りを始めるギベオンの組んだ腕の中に、どこから取り出したか、ふかふかのテディベアをねじ込むサファイヤ。マイクを代わったのはビャクダンだった。

「おいテメェら、聴取が進まねえだろうが」

「あっ! すみません……」

「るっせザコが」

「ンだとォテメェコラ表出ろやオラ!!」

「上長ォ! なにやってんですか!」

 シャノアールに羽交い絞めにされながらもジタバタ暴れるビャクダンの手足を上手くかいくぐってトシはそそくさと部屋を出てしまった。アメジストに「落ち着いたら呼び戻してください、煙草部屋にいます」とメモを押し付けてある。

「正しい判断だな……」

「収拾つかないわよね、これじゃ」

 エメラルドは暴れるビャクダンを面白がってそちらにかまけているし、サファイヤはいつの間にかギベオンに子守歌を囁きはじめている。

「ロージー。彼らを素直にどう思う?」

「息ピッタリ」

「うん、同意見だな」

 大混乱の取調室だったが、トパーズがいつもの様子からはまったく想像できないような大声で「あーもーっ!」と絶叫したことで、一瞬の静寂が訪れる。

「決めたっ! きみは私が、家まで突っ返す! 私が捕まえたんだし、私を狙ってるんだし、お父さんにも言うべきだしっ!」

「は……ハァ~!?」

 タオが何かを言い返す前に、アメジストとルビーからやいやいと野次が飛ぶ。

「いいじゃないか! 陳腐なシナリオだが組み合わせは面白いぞ!」

「見習いちゃんも、もっと力をつけるチャンスね! 素敵!」

「よーし我々はさっさと退散しよう! 若い二人に申し訳ないからな! おいギベ公いつまでショボくれてんださっさと仕事に戻りたまえよ。ほい! 大魔女ども! さっさと退散だ! 退散ったら退散!」

「おい! オレはまだ何も……」

 反論しようとしたタオの首に、ズムンと鍵が刺さる。概念的なものらしく、血が出るとか痛みがあるなどは、ない。


 ガチン!


「私から一定の距離離れたら、強制的に意識に鍵がかかるよ。センサー付きの鍵みたいな感じ。いいね?」

「なっ……! このオレを、犬ッコロみてーに扱いやがって……!?」

 取調室から、タオの「ふざけんなー!」という雄叫びが上がる。喫煙室の換気扇がボボボボ嫌な音を立てるほどモクモクにしながら、トシが乾いた笑いをこぼしていた。

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