コンテスト

 貴志くん、いや、麦野案山子むぎのかかしはコンテストに向けて長編を書き始めた。


 規定の文字数があるそうで、最低でも10万字は書かないといけないとか。

 わたしにはちょっと想像がつかない数字だ。400字詰めの原稿用紙4枚の感想文でもなかなか埋まらないのに。


 みんな、このコンテストのためにそれだけの量を書くんだ。すごいなあ。わたしも精いっぱい、麦野案山子を応援するぞー!


 なにしろ、貴志くんにとってネットでの初めてのコンテスト。

 途中で心が折れないよう、彼の繊細せんさいな心をフォローし、コメントで励まし続けなければ!

 自分が書くわけでもないのに、わたしはひとりで盛り上がった。


 ***

 

「題名は『田舎暮らし』にしようと思うんだけど、どうかな?」

 貴志くんに相談されたとき、わたしは即座に否定した。

「いや、ダメでしょ」

「え、ダメ?」


 ここは心を鬼にして言おう。


「ネット小説だと、内容がわかるような長めの題名をつけた方が、読まれる確率が高いらしいよ。ランキング上位の作品を見たらわかるでしょ。その題名だと、田舎に移り住んだ老人の話だと思われてもおかしくないもん」


「そっか。いい題名だと思ったんだけどな」


 しょんぼりする貴志くんを見て胸が痛む。

 そんな悲しそうな顔をしないで。


「じゃあ、葵ちゃんはどんな題名がいいと思う?」


 貴志くんは、小説の大体のあらすじを話してくれた。あらすじだけでも面白そう。


「そういう感じだと……最近はのんびり暮らすことをスローライフって呼ぶのが流行ってるから、『世界の片隅でスローライフ』とか『能力を隠して田舎でスローライフ』とかどうかな?」


「なるほど。葵ちゃんはほんとによく知ってるね。ありがとう、参考になったよ」


 貴志くんがふわりと笑う。ああ、もうっ。いい笑顔!

 

 それからも意見を出し合い、最終的に貴志くんが考えた『勇者であることをひた隠して、田舎でスローライフ』に決まった。



 ***



 貴志くんがネットに投稿し始めてから、およそ2か月。物語は完結した。


 評価の星の数が100を超え、レビューの数も少しずつ増えている。初めての長編小説にしては上出来じゃないかな。

 わたしももちろん、hollyhockホリーホックのIDでレビューを書いた。


『勇者のスキルを持つ平和主義の主人公が、王都から抜け出し、田舎でスローライフを送る物語です。


主人公のジェレミーは、勇者であることを隠しているつもりだけど、魔物を一撃でやっつけたり、盗賊の集団を一人で追い払ったりするので、村人たちにはバレバレ。だけど、ジェレミーのことが好きな彼らは、気づかないフリをしています。


そんなジェレミーのもとへ聖女が勧誘にきますが、ジェレミーは自分が勇者であることを認めません。村に住み着き、ジェレミーの説得にあたっているうちに、聖女まですっかりスローライフにはまってしまいます。


王都に戻らない聖女を追って、魔法使いや王子様まで、のんびりした田舎の村にやってくるという展開。


さくさく読めて面白い、お薦めの作品です。ぜひ読んでみてください!』


 貴志くんからコメント欄にレビューのお礼の言葉が届いた。


hollyhockホリーホック

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 毎回、楽しくて丁寧なコメントをいただいたことで、とても励まされました。

 素敵なレビューもありがとうございます!

 嬉しくて何度も読み返しました。

 hollyhockさんのレビューのおかげでフォロワーさんも増えました。本当に感謝しています。』


 読みながらついニヤニヤしてしまい、お母さんにからかわれる。


「まるでラブレターでももらったみたいね」

「うるさいなあ。あ、わたしがフォローしてること、貴志くんに言っちゃ駄目だからね」

「言わないわよぉ、はたから見ると面白いし」

「あとは結果待ちかあ。とりあえず、中間選考通るといいなあ」 

「そうねえ」



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