星降り注ぐSinfonia(4)~ゴミカスみたいな矜持を胸に

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!!」


 ざっくり髪を切り落して偽物です発言をしたフォートくんに、混乱したように赤い頭を掻きむしる第二王子。

 自分以外の転生者以上に、本物と信じて疑っていなかった原作主人公が偽物だった事実は想像以上に彼を混乱させたようだった。


「マリーデルが……居ない!? 弟!? 馬鹿な、そんな……!」


 そんな第二王子に声をかけたのはアラタさんだ。

 どこか遠慮がちに口を開く様子がどこか痛々しい。……仕えてきた人間の醜態は、見ててきついだろうな。


「殿下。俺は国の危機を危惧して、原作前から最悪のルートが成立しないように動いていたんですよ。けどイレギュラーでなにが起こるか分からない。そこでイベント管理をするために、彼に協力してもらっていたんです」

「お前のせいか……!」


 第二王子は充血した目でアラタさんを睨む。そこからは普段の人格がいっさい垣間見えない。

 それはさっきからずっとそうだといえばそうなのだけど……ここまで来ると、ちょっと嫌な予感してきたな。


(なんというか、激昂するどころか正気を失いかけていません!? 口から泡吹き始めてない!? 人って口から泡吐く事本当にあるんだ!?)


 そう感じた私の感覚は正しかったらしく、何かが軋むような音がした後……ガラスが砕けるのに似た音が空間を満たした。

 アラタさんが顔色を変える。


「まずい!」

「アラタさん、これは!? もしかして結界壊れました!?」

「いや、まだかろうじて保てている。けど砕けるのも時間の問題かもしれない。……殿下に供給されていた"外"からの呪力は断ち切ったが、"内側"から力が膨らんでいる」

「それってどういう……」

「……もう、あの方の体内に冥府へ通じる門が出来てしまっているんだ!」


 なんて!?


「門って……さっき第一王子が禁則地だ何だって言ってたそれですよね!? 場所がちゃんとあるんじゃないんですか!? 体内に門ってどういうことです!」

「力に汚染されすぎたんだよ! 禁則地、冥界門に通い続けたことで……殿下は門自体の依り代になってしまった! あれはいわば"第二の冥界門"だ!」

「ちょっ、封印ってそんなガバガバなんです!? 現役の星啓の魔女様は何をやってるんですか!」

「二つ目の門が出来るとか星啓の魔女様も予想外だよ! ……それでも封印された本体ともいうべき門がある限り、冥府そのものの降誕は無い。国民が生贄にされることもない。……けど!」

「けど!?」


 アラタさんが私の質問に答える前に、"それ"の声が耳に届いた。









『ようやくだ。ようやく、解き放たれる』


 這うような、粘つくような、金属をひっかくような。

 声の形をかろうじて保っている、耳障りな音が第二王子の口から零れ落ちた。










 アラタさんはぎりっと歯を食いしばり険しい表情で第二王子を見ると、武器に手をかけ臨戦態勢へと移った。


「門の向こうで虎視眈々と復活を狙っていた冥王は別だ! 来るぞ!」

「は!? 冥王!? いや、来るって言われても……!」


 急展開に次ぐ急展開に思考が追い付かない。

 変なパワーを手に入れちゃった第二王子だけどうにかすればええんやろ~? って思ってたのに、いきなり冥王て!

 冥府降誕ルートはもう無いって聞いてたから、冥王うんぬんは殆どお話を伺ってないんですけど! え、待て待て。私も出来ることはやる覚悟してましたけどガチ戦闘は普通に戦力外だが!? 決闘みたいな催しならともかく実践で使える応用力とかないよ!?


 しかし私の動揺などおかまいなしにアラタさんはキリっとした顔で指示を飛ばしてくる。かっこいいけど待て。頼む。


「こいつを外に出すわけにいかない。俺が死ぬ気で結界内に抑えるから……フォートと力を合わせてどうにかしてくれ!」

「マジで言ってます!? どうにかって、どうやって!? な、なななななななななんか第二王子の体が変形してきてるんですけど!! 筋肉が盛り上がって服が裂けているんですけど!! 肌の色も変わってきてるんですけど!?」

「うっ。リアルで見るとえぐい……」


 私たちの目の前でみるみるうちに変質を遂げていく第二王子に冷や汗が止まらない。

 さっきまでの一連の出来事で、事後処理の面倒くささもろもろはともかく完全に追い詰め切ったと思っていた。あとはどう大人しくさせて連行するかって……そういう段階だと思っていたのに、なにやら様相が変わってきたんですけど。


 こちらが動揺している間にも第二王子は変質していき、その姿は生徒会室の天井も破壊した。瓦礫ごと吹き飛ばしたのでこちらにそれらが降ってくることはなかったが、何の気休めにもなりはしない。

 三日月の浮かぶ夜空を背景に高々と聳え立つそれを前に、私はまぬけにも口を大きく開けて見上げる事しか出来なかった。














 下半身は固そうな鱗と粘液に覆われた爬虫類のような皮膚で、月の光にてらてらと光っている。

 牛や馬のような足が節足動物の様に無茶苦茶な数生えており、よく見ると猿に似た腕も混じっていた。

 尾にあたる部分には九尾の狐や八岐大蛇を彷彿とさせる様相で、ずらっと蛇の体が複数……それぞれ意志を持ったように蠢いている。

 上半身は虎に似た模様が張り付く皮膚に、背中には巨大な鳥の羽。

 頭部に生えた羊の角は悪魔を彷彿とさせた。その下に生える兎の耳だけ妙に可愛くて冗談みたいだ。

 口は耳元まで避けており、その中には鋭くとがった犬歯と、ネズミのようなげっ歯類の前歯が混在している有様。

 筋肉が盛り上がる腕は玉をもつ龍のように、鋭い爪を備えていた。












「………………………………」


 しばし言葉を失った後。


「これは……違うゲームだろ!!」


 叫んだわ。

 こんなモノお出しされたら「流石に想定していた空気感と違うんだよな!!」って気分になるしブチ切れるに決まってんだろ。乙女ゲーだぞ。


「それ冥府降誕ルート初見で誰もが言う奴です」

「でしょうね!! おいおいおいおいおい乙女ゲーの皮被せてなんてもん作ってやがる制作陣!! 金のあるオタクどもはこれだから! 好き勝手作りすぎでしょう馬鹿どもがよぉッ! がっちがちのクリーチャーを隠しボスにしてるんじゃないですよ!! 鵺もびっくりのキメラだわ!!」

「わかる~! 初見時俺もそれ言った!! クリエイターの中に有名ゲームのモンスターデザイン手がけた人が居てSNSで「めちゃくちゃ気合入れたので楽しみにしててください!」って当時言っててだな……まさか本職の方でお出しされるとはって驚かされて……」

「アラタさん緊張をほぐすためかもしれませんが、きりっとしたイケメン騎士の表情のままそのトークするのやめてくれません? さっきから情緒が忙しいんですよ!!」

「すみません」


 敬語で謝るのやめてほしい。いや、アラタさん自身も動揺しているのはよくわかるのだけど。

 それにしても、これをどうにかしろって無理では?学園の校舎と同じくらいデカいんですけど。




 デカさはイコール強さなんですよバーカ!! 怪獣映画の見過ぎなんだよ制作陣のバーカ!!

 どうして前世の私はこんな突っ込み要素モリモリのゲームをプレイしておいてこいつが出てくる馬鹿ルートを見てなかったんですか!! もう裏ルートじゃねぇよ! 馬鹿ルートだよこんなん!!




 心の中で今後会う事は叶わないであろう制作陣この世界の神に毒を吐くも、体は硬直している。

 いや、だって普通に怖い。例えばだけど恐竜とかを前に動けるかって言われたら私は無理。

 映画やらでまず"逃げる"って行動をとれてた人たちはもうそれだけで生存本能MVPですよ!!


 そうやって内心だけはやかましく叫び散らかしながらぷるぷる震えている私だったが……。



 真横から宵闇を引き裂くような閃光が走り、門となった第二王子をそのまま自身の依り代としたらしい冥王に激しくぶち当たった。

 その容赦のなさに「うおっ」お声が出る。


「とりあえず、あれをどうにかすればいいんだろ! 呪いだの操るだのされるより、よっぽどシンプルでいい! ファレリアは下がってて。ここは僕がやる!」

「君の度胸どうなってるんですか!?」


 先ほど啖呵を切った時と変わらない様子のフォートくんが、すでに相手を倒すべき敵として見据えて攻撃をしていた。

 おいおいおいおいおい。勇者か?





 ……でも。





 私は震える手をギュッと握りしめた。

 先ほどのフォートくんの行動のおかげで硬直していた体は動くようになっている。ならばビビって手をこまねいているわけにもいかないでしょう。

 アラタさんがクソ雑魚の私に無理を承知で頼むくらいにはまずい状態なんだろうし……。ここで言われるがままに引き下がるわけにはいかない。本心ではめちゃくちゃ引き下がりたいけど、ゴミカスみたいな矜持が今はそれを許さない許しちゃいけない。




 私は密かに決意を固め、前に出てフォートくんの隣に並び立つのだった。






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