初恋twilight(2)~ため息は尽きず


 なんやかんやと賑やかだったここ一年なわけだが、大きく変わったことは他にもう二つほど。

 意外や意外。フォートくんがアルメラルダ様に生徒会へと引きずり込まれたことには驚いた。




「私を……推薦?」

「ええ。光栄に思うのね、マリーデル・アリスティ。貴女を生徒会役員に推薦します」



 あの聡明なフォートくんが理解するのに数秒を擁するほど、その言葉は意外だったのだろう。

 少しの間を置いた後、フォートくんは謙虚なそぶりで断ろうとした。


「そんな、生徒会だなんて。せっかくのお誘い嬉しいのですが……とても私には務まりません」


 ただでさえ忙しいのに勘弁しろよ! フォートくんのそんな気持ちが透けて見えたような気がする。

 そうだよな。大団円のため立ち回ろうと、特定の部活に入らず駈けずりまわってるもんなフォートくん。


 だけどアルメラルダ様はお構いなしだ。


「いつもくっついてこられるだけでは迷惑なのよ。少しは役に立ってみせるなら、多少目を瞑ってさしあげてもかまいませんことよ? …………まあ? 出来ないというのなら、それも仕方ありませんわね。所詮、そこまでの小娘だったというだけですもの。ほほほっ」

「…………」


 あ、と思った時は遅かった。


「別に出来ないとは言ってない」

(あああああ~!)


 心の中で頭を抱えた。


 フォートくんは基本に合理的、理性的な子なんだけど……。アルメラルダ様には素がバレているからなのか、本心を隠せない時がよくある。

 その本心の中に、どうも演技でなく本気でアルメラルダ様に抱いている対抗心があるらしく……決闘や試験でもバチバチやりあっているから、こうした煽りには敏感なのだ。

 アルメラルダ様もそれを承知していて煽るのだから手に負えない。悪役令嬢は手のひらの上で人を踊らせるのが得意らしい。

 



 そんなことがあり、フォートくんは現在生徒会の仕事も並行しながらイベント管理を行っている。

 時々死にそうな顔をしていて心配だが、逆に今まで多忙だったアルメラルダ様はフォートくんにいくつか仕事を押し付けて余裕が出来たようだ。

 その余裕で"あること"に取り組んでおり、楽しいらしく日々つやつやしている。






 そのアルメラルダ様が取り組んでいる事が、大きな出来事のもうひとつ。


 ……アルメラルダ様による、アラタさんへの婿教育だ。







「ふんっ。マリーデル・アリスティ、そこそこ使える人材のようですわね。おかげで時間が出来ましたわ」


 フォートくんを口車に乗せちゃっかり生徒会に引きずり込んだアルメラルダ様は、にんまりと悪役令嬢スマイル。

 時間が出来た……それはつまり、最近前よりはなりを潜めていた私への魔法特訓がまた始まるのか!? と、身構えていたのだが。

 アルメラルダ様からは思いがけない発言が飛び出てきた。


「これでようやく! …………アラタ・クランケリッツの婿教育が出来ますわねぇ~! ほーっほほほほほほほ!」

「む、婿教育!?」


 驚く私にアルメラルダ様は輝かんばかりのドヤ顔だ。

 これ本人の中ではきっとすでに決定事項だし、めちゃくちゃ良い思い付きをした! って思ってんだろうなぁ! 


「ええ。ファレリアは……クランケリッツが好きなのでしょう? ならば他に相手をあてがうのも野暮というもの」

「そ、それは私の気持ちをくんでくださり、大変ありがたく光栄ですハイ……」


 アルメラルダ様、私に相応しい相手を見極めるって息巻いてたもんな。

 例の事件があった後でもアラタさんをその候補から外さないのは、それだけ彼がアルメラルダ様のお眼鏡にかなっているということだ。すごいなアラタさん。


 聞いた内容を処理しきれないままぼけっとしていると、アルメラルダ様から質問が投げかけられる。


「伯爵家の五男坊で本人自身が技量のある魔法騎士。……一応聞くけど、当然、結婚するならば婿よね? 貴女、ご兄弟は居ないのだし」

「そのつもりです!」

「そうよね! ええ、ええ。悪くない選択ですわ! ……嫁に行かれるよりは」


 最後ちょっと聞き取れなかったけど、アルメラルダ様には私の打算的な部分も見抜かれているようだ。

 好きという感情の他、アラタさんが婿にするには非常に都合の良い男だという打算を。


 そしてアルメラルダ様はひとつ頷かれると、パンっと扇を手のひらに叩きつけると猛々しい勢いで語り始めたのだ。


「でも、まだ。まだまだまだまだまだ! 足りませんわ! ファレリアの婿として認めるには、圧倒的に足りていませんわ!! 全てが!! まず相手が何者であれ、操られるなど軟弱にもほどがある! それでファレリアを守ってこの先の人生を歩めるとでも!? 馬鹿をおっしゃい!!」

「あ、アルメラルダ様!? なにを……」


 戸惑う私にアルメラルダ様はニヤリと笑う。


「つまりこのわたくし直々に、再教育してさしあげるということよ!」

「お待ちください!? まず私はですね、一回フラれて……あっ」


 まずい。余計なこと言った。

 すでにフラれ済みな上で日々求愛してるって事実を話してなかった気がする。


「…………それは初耳ですわね」


 アルメラルダ様の声が低い。

 しかし次の瞬間、慈母のごとき柔らかい声色が発せられた。


「安心なさい? クランケリッツ程度の相手、いずれ星啓の魔女となる私の手にかかれば結婚一つ整えるなど容易い事ですもの。振った振られただの、そんなもの関係なく!」


 い、いや。いやいやいや!? 待って!?


(む、無理やり結婚させる気だぁぁ!? 本人の意志! 人権! 大事に! あと、それで結婚できても私が気まずいんですけど!? あ、アラタさぁぁぁぁぁぁん! 逃げて! 逃げて―! いや逃げられんわ毎日一緒に居るわ今も部屋の外で待機してるわ!!)



 私はそっと合掌をした。


 最終的に結婚する、しないの段階になったら本人の自由意思で選べるように尽力するしそれまでに好きになってもらえるよう頑張りますので……!

 なので今はアルメラルダ様の特訓にどうか耐えてください。



 

 

 ……そういった理由で、現在フォートくんとアラタさんはアルメラルダ様プロデュースによる過酷な日々を送っている。

 なおアラタさんに教育をつけはじめたからといって私への魔法訓練がなくなるとかそういった事はまったく無く、私も息も絶え絶えな日々を継続中だ。

 前に比べて道連れが一緒に苦労している分、まだ精神的には余裕がありますけどね……!








 そんなこんなで、ここ一年は実に濃かった。

 そりゃ過ぎ去るのも早いわ。








(……あれ、そういえば最近記憶の図書館に入っていないな)


 まったく入っていないというわけではないけど、寝る前に一時間とか。以前に比べて格段にその時間は減った。

 多分日常が賑やかすぎて、入ってる暇が無いんだと思う。


 けどなんとなく悪い気はしない。


 毎日疲れるけど、私はそれなりに今を楽しんでいるようだ。




 未だ不穏な事は解決していないし、先送りにして目をそらしている案件もあるのだけどね。



 ……はぁ。




 今日もまた、ため息は尽きない。







 




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