7 落ち着かせる


 


 女の子が落ち着くまではそれほど時間はかからなかった。

 辛そうだったのは間違いないけど、もともと症状はそこまで強く出ていたわけでもないし、多少別のことを意識するだけであっさりと症状は落ち着いていった。


「ごめんなさい」


「ああいうのは謝ることじゃないよ。自分じゃどうすることもできないんだし」


 女の子がああなった原因はおそらく昨日の男たちだろう。

 俺が見つけるまでに気絶してしまうほどのことをされたのだから、それに関係することを思い出そうとして、パニックというか一気にストレスを覚えて過呼吸という症状で現れたと。


「いえ、それでもご迷惑を」


「気にしないでいいよ。あれくらい迷惑には入らないし、別に時間に追われているわけでもない。今やらないといけないこともないからね」


 本当に今は仕事に追われているわけでも、人の世話を強要させられているわけでもない。そんなことを考えたら嫌な記憶を少し思い出してしまったが、別の世界に来ている以上もう関係ない話だと割り切り思考の隅に追いやる。


「それで、まあ、たぶん君が聞きたかったのは一緒にいた男たちのことだよね?」


 そういった瞬間、女の子の表情が一気に強張った。落ち着いたところを見計らって話を進めたのだが、まだ早かったようだ。

 しかし、このまま不安を抱えているのもよくない。できればどういう経緯であの状態になったのかを聞きたかったが、長く話を続けるのも負担になると判断して先に現状を告げる。


「ああ、そんなに怖がらないで大丈夫だよ。あの男たちならもういないから」


「……え?」


 いないと言われたことで、強張っていた女の子の表情が理解できないといったものに変わる。


「いないというのは、この近くにはいないということでしょうか」


 この世界で獣人が人間から逃げることができないことは、この少女はよく理解しているのだろう。自分のことを捕まえて、自分のことを痛めつけていた人間から逃げ切れたとは想像できないのかもしれない。


「いや、近くというかそもそももう居ない。存在しない」


「え? それはどういう…」


「君を見つけた時に俺も襲われて、それを返り討ちにして殺しちゃったから」


 まさか俺が男たちを殺しているとは思っていなかったのか女の子の表情が驚愕に染まる。


「それは、あの、大丈夫…なのですか?」


 女の子が気にしているのは、人間に逆らう云々のことだろう。獣人は人間に逆らってはいけないって考えはこの世界の常識のようだし、それに逆らうというのは相当なことなのだろう。

 だが、獣人がこの世界で真っ当に生きるには人間に逆らう必要がある。逆らわなければ奴隷にされるか殺されるか。この世界で獣人がまともに生きるためには人間に逆らう以外の選択肢はないのだ。


「まあ、大丈夫じゃない? もし別の人が来たら同じようにすればいいんだし」


 あの男たちだけでなく、村の人たちの対応的にこの世界はだいぶ命が軽いみたいだし、自惚れているわけじゃないがあの男くらいのやつが何人向かってきても死ぬようなことはないだろう。怪我すら負わない可能性だってある。


 あの男たちの後ろに別の人間が居れば報復に来る可能性があるのも間違いはない。しかし、あれ以外に解決方法がなかったのも事実。


 話し合いで解決できるなら(一方的な)暴力は必要ないんだよね。



 俺が男たちを殺したことを話してから少し。女の子が完全に落ち着いたのを見計らってこれまでの経緯を聞いた。


 女の子の名前はレナというらしい。歳は15。

 唯一の親族だった母親は少し前に亡くなっており、そのあとにいろいろあって男たちに奴隷として捕らえられた。このままいけば愛玩奴隷として売られると聞いて、レナは必死に逃げたそうだ。

 結果的にこの森の中まで逃げることはできたものの完全に逃げることはできず、俺が最初に見た光景につながる。


 その過程であの男たちがこの子にやったことではらわたが煮えくり返りそうなくらいに苛立ったが、すでにあの男たちは死んでいる。この話を聞くまでほんの少し罪悪感のようなものを持っていたのだが、そんなものは一瞬で吹き飛んだ。むしろ殺したのが正解であったことで安堵しているくらいだ。


 しかし、あの男たちと同じようなことを考えているようで嫌な気分になるが、愛玩奴隷と聞いて割と納得できるところがある。


 あまりじろじろと見るのはよくないがレナはかなり見目のいい女の子だ。頭にケモノ耳がついていて、しっぽがある以外は普通の女の子と変わらない外見をしている。そのうえでまだ少し幼さは残っているものの顔はかなり整っているし、スタイルだって悪くない。

 それに髪の色が金なこともあってかなり美人という印象が強い。

 そんな子が奴隷になればどうなるかなんて考えるのも難しくないだろう。


「私はこの後、どうしたらいいのでしょう」


 話を聞いた限り、もともと住んでいた場所にレナの居場所はもうないのだろう。母親と住んでいた家にあの男たちが押し入ったらしいから、あまり戻りたくはないようだ。


「まあ、今後どうなるかはわからないから、今はゆっくりしていればいいと思うよ」


 怪我のこともあるから、それが回復するまではここにいることになるだろう。俺としても下手に外に放り出すわけにもいかないから、ある程度ここに留まってくれると精神安静上非常に助かる。


「あの、じゃあ。その、ずっとここにいても…いいでしょうか」


「それは……」


 返答に詰まる。

 正直なところ、俺は1人で暮らしていくつもりでここに家を建てるつもりでいたのだ。その過程の中にこういう状況は想定していない。何か適当に1人で生活してのんびりスローライフを楽しもうかと思っていたくらいだ。


 別に女の子1人増えたところでそれが崩れるようなことはないだろうが、問題は他にあるのだ。




 ―――――

 レナちゃんは狐系統です。


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