第2話 損失は突然に

 いまどきの女子高生なら、土日は部活に明け暮れているだろう。そうでなくても、友達とショッピング、映画、食事など、たくさんの楽しいことができるだろう。家にいたとしても、ゲームやマンガ、アニメなど、楽しみには事欠かない。


 加えて、今は冬季オリンピック最後の週末。世間はカーリング女子決勝戦にくぎ付けになっている。


 しかし、そんな一般大衆の境遇とは、全く違った。


「このまま、ポジションはとっちゃだめだからね」


 そう自分に言い聞かせる。


 土日は、ほとんどがチャートの分析だ。


 なにせ、進級がかかっている。


 100万円を元手にしたデモトレードで、20万円を稼ぎ出さなければ、留年なのだ。


 ギリギリ20万円の利益を出すことには成功している。2年生のカリンとともに、今年度中はこのまま何もしなければ、進級が確実だ。


「さすがに下がりすぎてるけど……いやいや、ぜったい、ポジションをとっちゃだめだ」


 もしこれ以上の金額を稼ぐことができれば、奨学金が得られる。


 入学した頃のことを振り返る。


「相手、任意保険に入ってなかったから、入院費全額出なかったんだよね」


 高校の入学式の日に、車にはねられた。相手の老人は、自賠責保険以外は、何も保険に加入していなかった。


 骨折し、入院も長期に及ぶ重傷で、入院費は自賠責の保障する上限の120万円を軽くこえた。


「あのあと、ボケがひどくなって、裁判もろくにできていないし」


 はあ、とため息をついた。


「とにかく、進級が第一。ウクライナ情勢もよく分からないし、危ないことはやめておこう」


 そう一人でつぶやく。


 週末は、ニュースのチェックで終わっていった。




「アヤノ~、先週は本当にありがとう~」


 2月21日月曜日、部室に入るなり、先にきていたカリンが感謝の言葉を言ってきた。


「120万4千円。本当にやばかったよ~」


 先週、カリンも相当にトレードで負けていた。危うく総資産120万円を割り込むところだった。


「週末にさ、もしあの時アヤノが決済してくれなかったら、どうなってたのかな、なんて考えてたら、本当に怖くなって。本当に、ありがとう~」


 そういって、カリンがアヤノに抱きついてくる。


 そんなカリンを押し戻して、


「まったく、わたしが損切の決済注文しなければどうなっていたことか。とにかく、私もカリン先輩も、今年度はいじらないでおきましょうね」


「だね~。じゃあ、部活の活動は、来年度に向けて、チャート分析だね」


 あとは3月末まで、ひたすらパソコンでチャートを眺めていればよい。奨学金がもらえないのは残念だが、無駄なリスクは、とらなくてもよい。


 ヘッドニュースを確認すると、アメリカのバイデン大統領と、ロシアのプーチン大統領が会談を実施すると書かれていた。


「それで、今日は上がってきているのか。これなら、FXでもCFDでも、ロングすれば勝てたかも……」


 そんなことを考える。


「いまなら、2、30銭くらいはとれそうだな。もしいまロングすれば、10Lotで2、3万円プラスできるのにな」


 チャートは、不気味に上昇を始めている。




 2月22日火曜日、前日の米露首脳会談がご破算となり、株も為替も大きく下落していた。


「うそ、下がってる。昨日は入らなくて正解だったな」


 世界情勢が混沌としているときは、ポジションなどとってはいけないことを肝に銘じた。


 しばらく、株や為替のことを忘れて、学校の授業に集中した。


「明日は、休みか」


 部活では、ただチャートを見ながら、カリンと雑談する。


 カリンは先輩ではあるが、偉ぶる態度はとらず、気も合う。


「もう少し、部員がいれば楽しいのかな」


 そんなことを考えてもみたが、今でも十分に楽しい。


「あ、アヤノ、見て」


 カリンがチャートを指さす。


「結構、戻ってきたよね」


 米露首脳会談が実施されないことになり、バイデン大統領によるロシア批難が熱を増してはいるが、株や為替は下落分を取り戻す動きをしている。


「今なら、どこで入っても、なんとかなりそうだよね」


 カリンが笑いながら言う。


「でも、欲望に負けちゃだめですよ。留年なんてしたら、シャレにならないですから」


 ふう、と息を吐きながら、アヤノが答えた。


 チャートが怪しく動く。どうも、ポジションを入れろと、手招きしているようだ。


「その手には、乗らない……」


 じっと、チャートの動きを追い続けた。




 2月23日、祝日ではあるが、相場はせわしなく動いている。


「うーん、下がってるな」


 午前中はスマホでチャートを見つめていたが、なんだか気分が滅入ってくる。


「ちょっと、でかけよう」


 そういって、マスクをつけて近所をウロウロと歩く。


 息がマスクの中にこもり、温かい。ただ、しばらく歩くと、息苦しくなる。


「世界はもうマスクの規制解除してるのに、日本はいつまで続けるのかな」


 行くあてもなくさまようと、小さな商店街まできた。


「ここ、何年ぶりだっけ?」


 商店街を歩いてみる。昔来た時には、古い時計屋、おもちゃ屋、畳屋なんかもあったと思う。しかし、今はドラッグストアが多く入店している。


「時代だなぁ」


 この新型コロナの影響で、廃業した店も多いのだろう。


 古いコーヒー屋が目に留まった。店の中をのぞいてみる。祝日なのに、客は誰もいないようだ。


 マスク越しからも、コーヒーの香ばしいかおりが感じられる。


「たまには、こういうところもいいかな」


 軽い気持ちで中に入ってみた。


 中は、カウンターに付属した席があり、窓際には、二人掛けや四人掛けのテーブル席もある。カウンターには、たくさんのコーヒー豆や、抽出するための道具が並んでいる。中年のマスターが一人、真剣に書類に目を通していたが、アヤノに気づき、


「いらっしゃい。好きな席にどうぞ」


 と声をかけてくれた。


 窓際の席に座る。


 マスターがメニューをそっとおいてくれる。


「お好みは、ありますか?」


 メニューを見る前からそんなことを尋ねられて、アヤノは驚いた。


「あ、あの、お好み?」


「はい、苦いのがいいとか、酸味があるのがいいとか」


 あまりコーヒーに詳しくはない。そのようなことを考えたこともなく、チェーン店のブレンドコーヒーや、本日のコーヒーをなんとなく飲んでいたのだ。


「え、えーと」


 アヤノが困っているのを感じたのか、マスターは、


「メニューにも書いてあるから、ゆっくり選んでね」


 ニコリと笑って、メニューを置いて、カウンターに戻っていった。


 これは場違いな場所に来てしまったのではないかと思った。


 ただ、ここで出ていくのも気が引ける。


 メニューを見る。


「コーヒーの種類は……」


 モカブレンド、キリマンジャロブレンド……


 苦味や酸味が五段階評価で示されている。


「産地も書いてある」


 ザンビア・コロンビア・エチオピア……


「産地って、味と関係あるのかな?」


 ブラジル、南アフリカ……


「レアル? ランド? いやいや、それは通貨か……」


 かなりの数があり、悩んでしまう。


「そろそろ決めないと、悪いかな……」


 なぜだか、少し恥ずかしくなってきた。


「株や為替もそうだけど、知らないものに手を出しちゃ、ダメなのかな……」


 はやくも、店に入ったことを後悔し始めていた。


 と、そこへ、


「おとうさ~ん、消耗品の経費の計算終わったよ~」


 聞きなれた声が聞こえて、アヤノは思わず声のした方を見た。


 カウンターの奥には、毎日顔を合わせている、カリンの姿があった。


「カ、カリン先輩!?」


「アヤノ!?」


 私服に身を包んだカリンだった。そういえば、学校以外で会うのははじめてだ。


 カリンが近寄ってくる。


「いらっしゃい。わたし、家のこと教えてたっけ?」


「いえ、たまたま入ったんです」


 カリンがアヤノの向かいの席にすわる。


「すごい偶然! コーヒー、もう注文した?」


「いえ、えーと」


 カリンはアヤノがコーヒー選びに戸惑っているのを察したようだった。


「アヤノは、チョコレートは甘いのが好き? それともビター派?」


「えーと、どちらかというと、甘いのが好きですね」


「じゃあ、コーヒーはチョコレートの好みとは逆の、苦い方が合うと思うよ。最初は、ちょっと酸味もあるのを試した方がいいかな」


 と言って、


「おとうさーん、キリマンジャロ二つ!」


 と注文してしまった。


「ありがとうございます。こういう店、あまり経験なくて」


「うーん、うちの店は変にこだわっているから、ちょっと分かりづらいかもしれないからね」


 カリンが向かいに座ってくれて、緊張がほぐれた。


「そういえば、家の手伝いですか?」


「うん、確定申告。青色申告はたいへんでさ~」


 確定申告と聞いて驚いた。確定申告は、とても難しい税金の計算ではなかっただろうか。


 それを、目の前の、いつも顔を合わせている一つ年上の先輩がやっているのだ。


「カリン先輩、そんなことできるんですか?」


「うちはお父さんパソコンできないからね。65万円の控除うけるにはパソコンのe-Taxでやらないといけないから、私が駆り出されているんだよ。うちで会計ソフト使えるのも私だけだし」


 カリンを尊敬のまなざしで見つめてしまう。高校生でもこれだけのことができるのには驚きだった。


「お父さんは、チェック専門なんだ」


 そういって、お父さんの方を顔でしめす。


 店に入った時、カリンのお父さんが書類に目を通していたのは、確定申告の書類だったのだろう。


「はい、おまたせ」


 カリンのお父さんが、コーヒーをもってきてくれた。


「まずは、砂糖もミルクも入れないで飲んでみて」


 カリンに言われるままに、一口飲んでみる。


「おいしい」


 苦めなのはすぐにわかった。それから、舌をそうように流れていく感覚。これが酸味なのだろう。


「コーヒーって、色々な要素が混ざり合って、味になっているんだよ」


 カリンもコーヒーを一口飲みながら言う。


「豆の種類のほかにも、その年に豆を作っている場所が温かかったか、寒かったか。乾燥していたか、湿気があったか、とか。早くに豆を摘んでしまったりしても、変わってくるよ」


 カリンは相当にコーヒーに詳しいのだろう。それ以上に、コーヒーのことが好きなのだということが分かる。


「なんだか、投資に似てるかもね。複合要因っていうか」


「また、投資の話ですかぁ」


 突然投資と結びつけてしまうのは、お互い様だ。アヤノも、産地を見たときには、その国の通貨を思い描いてしまった。


「まあ、コーヒーも先物取引で売買されているからね。今年は高くて困っちゃってるよ」


 落ち着いた店内だが、カリンと話していると、騒がしかっただろう。店に他に客がいないのは幸いだ。


「それにしてもさ、進級できることになって、本当によかったよね」


 カリンが思い出したように言う。


「ほんとうに、欲をかいたら、ダメだよね。あとは学校生活、ゆっくり楽しく過ごすことにするよ」


「ほんとうですよ。カリン先輩はすぐに欲をかくんですから」


 そんな冗談を言い合いながら、静かに時間は過ぎていった。


「一緒に進級しようね」


「当然です」




 カリンと別れ、家に帰りスマホでチャートを見る。


「今日は出かけてよかったな」


 チャートが上昇しているのが分かる。


「ちょっと、パソコンで見ようかな」


 パソコンを立ち上げる。


「上がってきた……」


 株価も為替も上昇している。リスクオンだ。


「欲をかいちゃ、いけない」


 しかし、株も為替もどんどん上昇を示している。


「でも、かなり低いところにある……」


 日経平均株価は2万6,000円台。上昇しているとはいえ、まだ安いとも捉えることができる。為替も、大きく下げた分はまだ取り戻していない。


「戦争なんて、いまの時代あるわけないし……」


 日経平均、ニューヨークダウ、ナスダック、S&P500。チャートを眺める。


「今ロシアともめているのは、アメリカとヨーロッパだし。日本は関係ないし……」


 マウスを動かす。


「こういう時に、儲けないと、機会損失って言うんだよね……」


 マウスのカーソルが、CFD日経平均の「買い」と書かれた表示の上にくる。


「今日はカリン先輩と会えたし。奇跡的な偶然だったし……」


 マウスのカーソルをクリックする。ポジションの数値画面が表示される。


「コーヒーの飲み方も分かった。今日はついてる」


 ポジションに10と打ち込む。


「そう、今日のわたしは、ついてるし!」


 確定ボタンをクリックする。


「少しだけ。ほんの少しだけとれればいい」


 チャートは上昇していく。スプレット幅分を取り戻し、数字の先頭のマイナスバーがなくなる。


「よし、よし、すぐに決済する」


 数字は0円を示している。


「少しだ、少し……」


 100、200、300…


「1000円だ。1000円でいい……」


 800、900、1000


「よし、決済……いや」


 900、800、700


「すぐに戻るはず……」


 200、100、0……


「こんなの、ただのノイズ」


 -1000、-1500……


「だいじょうぶ、明日になれば、なんとかなるよ。あんまり見続けるのは、よくないよね……」


 そう考えて、パソコンの電源を落としてしまった。




 投資は思い通りにはならない。


 翌2月24日……


「うそ……」


 朝、チャートを見ると、日経平均は下落して止まっていた。


「ううん、これはただのノイズ。寄り付きで上がるよ。だいじょうぶ、部活までには戻っているはず」


 制服に着替え、登校する。


 授業中、チャートが気になる。1時間目、2時間目が終わる。途中、スマホでチャートをチェックする。じわじわ下げる。


「戻るはず、戻るはず……」


 昼休み……


「おーい、ロシアがウクライナに攻め込んだんだってよ! 映像アップされてるぞ!」


 男子が叫んでいる。


「うおー砲撃だ! かっこいい~!」


 男子が、スマホで戦争の状況を見ているらしい。


「かっこうよくなんてない。戦争だよ? 人を殺しあうんだよ? おかしいよ、おかしいよ……」


 日経平均のチャートは、グングンと下降している。


 純資産は、120万円を下回っている。


「2万6,000円割れ? なんで? なんで?」


 お弁当はなんとか食べられる。でも、味も風味も分からない。


「どうして? どうして? なんで戦争が起こってしまったの?」


 午後の授業は、先生が何を話しているのかも分からなかった。


 ただひたすら、先生の目を盗んでスマホをのぞき込む。


「だめ、ぜんぜん上昇しない……」


 こうしている間にも、お金は減っていく。それは、アヤノが来年、また1年生をやり直すことにもなりかねないことを意味している。




 放課後になった。


 部室にカリンの姿はなかった。


「カリン先輩、まだ、来てないのか……」


 パソコンの電源を入れる。


 いつも通りの手順で、チャートを表示させる。


「2万5,500円台……入ったところから、千円以上下がった……」


 純資産には、108万円と表示されている


「12万円減ったの? 今年度はあと1か月しかないんだよ? どうするの……」


 もう、何がなんだか分からない。


「こわい、こわい、こわい」


 体が震えてきた。


「いやだ、いやだ、いやだ」


 留年なんて、したくはなかった。入学式当日に事故にあい、入院したことで、高校生活をスタートさせるのが遅れたことを思い出した。


「もう、クラスのみんなは関係できあがってたし。そこに入っていくの、転校生みたいでたいへんだったんだよ」


 退院してからのことが走馬灯のように思い出される。


「ようやく、クラスに溶け込めたのに。苦労したんだよ……」


 その後の、部活での日々のことも思い出す。


「20万円稼ぐの、どれだけ大変だったとおもってるの?」


 もうどうしていいか、わからなくなる。


「なんで、なんでこんなぁぁぁ!!」


 そこへ、部室のドアが勢いよくあいた。


「おつかれ~! アヤノ、もうきてたんだ! 昨日はきてくれてありがとね~!」


 カリンは何も知らずにアヤノに近づく。


「いや~、ついに戦争はじまっちゃったみたいだね。ポジション入れてたら終わってたよ……」


 そこまで言って、アヤノの様子がおかしいのに気付いた。


「アヤノ? 具合悪いの?」


 カリンが肩に手を置く。


「……!!」


 アヤノが泣きじゃくっているのを見て、カリンは驚いた様子だ。


 それとともに、素早くカリンはパソコンをのぞき込み、一瞬で事態を呑み込んだらしい。


「アヤノ……何したの……」


「カリン……先輩……わたし、バカなこと、しちゃいました」


「純資産108万円……」


 評価額の表示を見て、カリンがいう。


「はい、12万円の含み損です……」


 しばらく沈黙がながれた。重い空気がただよう。


「アヤノ、昨日言ったよね。一緒に進級しようって……あれ、嘘だったの……」


 アヤノは何も言えない。


「もう、何もしなければ、進級できたんだよ……」


 涙すら止められない。


「奨学金、もらえるかと、思っちゃって、欲出しちゃって……」


「大バカ!」


 カリンが怒鳴った。でも、カリンはアヤノを抱きしめてくれた。


「カ、カリン先輩?」


 突然のことで、困惑した。


「アヤノ、もしかして、わたしのせい?」


「え?」


 カリンが言っている意味が分からなかった。


「わたしも、先週、アヤノに損切してもらったよね。もし、損切してもらえなかったら、私も同じ立場だよ」


「カリン……先輩……」


「私が欲を出したから、後輩が悪いこと覚えちゃったんだね」


 不思議そうにカリンを見る。


「悪い先輩だね、わたし」


 意外だった。カリンには、呆れられると思っていた。しかし、カリンは優しく受け入れてくれたのだ。


 しばらく、カリンは抱きしめてくれていた。だんだん落ち着きを取り戻してくるのを感じる。


 しばらくして、カリンがゆっくりと言った。


「アヤノ、これはダメなことだよ。でも、こうなっちゃったからには仕方がないよ」


「はい……」


「ちょっと、整理しようか」


 そういって、カリンがゆっくりと話し出す。


「今、アヤノは12万円を取り戻さないといけない。しかも、残り一か月で」


「……」


「でも、今は地政学リスクが高まっている」


「……」


「とにかく、自己管理をしっかりして、向き合っていかないといけない」


「……わたし、自分が信用できません……」


「そう、わたしも、そうだった。だから先週みたいなことになった。でも、今は目標がある」


「目標?」


「そう。アヤノは、絶対に一人で12万円取り返そうなんて、思っちゃだめだよ」


「どういうことですか?」


「投資は自己責任っていうでしょ? でも、あれは本当のお金を使って、個人でやっているからだと思うんだ」


「個人で……」


「でも、私たちは同じ部活の仲間だし、二人で相談しながら決められる。そう、協力できるんだよ!」


「協力……」


「一人だと、判断を間違っちゃうこともあるよ。どうして、こんなところでポジションとっちゃったんだろうって。でも、二人なら、そんなこともないでしょ」


「二人なら、だいじょうぶだと?」


「うん、今回はアヤノはちょっと欲を出しちゃったけど、本来アヤノは冷静だもん。だから、私とアヤノで相談しながら、やってみようよ」


 カリンに言われて、少しだけ勇気がわいてきた。


「でも、12万円、ですよ」


 そう言ってカリンの顔を見ると、カリンはこちらを真剣に見つめている。


「わたしも、自信はない。アヤノの未来がかかっているけど、本当にうまくいくか分からない。だけど、この作戦、信じてみない?」


 普段のカリンの態度から、少し子どもっぽい人と思いこんでいた。しかし、昨日のコーヒー店で見たカリンは、確定申告の書類まで作り、大人っぽかった。


 そして、今日、こうして取り乱していたのを、しっかり包み込んで、なぐさめてくれた。


 カリンとなら、もしかしたら、なんとかなるかもしれない。


 それに、ここまでバカなことをしてしまったのに、すぐに今後の目標を提示してくれたのだ。もしかするとカリンは、冷静な性格なのかもしれない。


「カリン先輩。わたし、こんなバカなことしてしまう子ですけど、つきあって、くれますか?」


 上目遣いでカリンを見る。


 カリンはにっこり笑って。


「もちろん、一緒に頑張ろう」


 また、抱きしめてくれた。




 二人はパソコンの前に立った。


 12万円の含み損が表示されている。


「この長い流れを、断ち切るよ。いいね、アヤノ」


「はい」


 マウスに手をかざした。その上に、カリンが手を乗せた。


 カリンの手はあたたかくて、たのもしい。


「それじゃあ、ここから見せてやろう! 投資部の底力!」


 日経平均、12万円損切。損失額に表示された-12万円の数字が画面の中で輝いていた。

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