第32話 邪神、騎士達を高みへ導く

「テオ様! お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」


 私が訓練場に顔を出すと、騎士団の人間達が挨拶をしてきた。

 今日は兼ねてから告知していた通り、リクの成長を見せつけることになっている。

 相手はもちろんゴトムだ。他の人間どもはこれを待っていたと言わんばかりに、期待の眼差しを向けてくる。


「よろしくお願いします」


 ゴトムにやられていた時のリクとは似つかぬほど落ち着き払った態度だ。

 ゴトムもその変化を訝しんでおり、渋々といった様子で武器を手に取る。


「ゴトムー! 手加減してやれよー!」

「子どもだからってわざと負けてやることないんだぞー!」

「現実を思い知らせてやれ!」


 様々な声が飛び交う中、ゴトムの動きは固い。何を戸惑っているのかわからんな。

 もしやリクに怖気づいているのか?

 確かに今のリクは訓練開始当初と比べて、波動の質が上がった。

 対してゴトムのほうはほぼ変化がない。鍛錬は怠っていないはずだが、その理由は他にあるのだろう。

 いずれにせよ、これはゴトムだけが思い知ることではない。

 リクの成長は騎士団全体にとって意味があるものだ。


「チッ……。リク、強くなったみたいだがまだまだ俺に勝つには早いぞ」

「勝ちます」


 ゴトムとリクが剣を構えた。静寂の中、互いに身動き一つない。

 最初に攻めたのはリクだ。その気迫たるや、ゴトムを一瞬だけ引かせるほどだった。

 しかしそれが仇となり、ゴトムはリクの剣を受けた時にわずかに重心をずらしてしまう。


「たぁぁぁーーッ!」

「こ、こいつ!」


 リクの猛攻がゴトムをひたすら攻め立てる。

 まだ無駄が多いが、ひとまず戦う体として仕上がったようだ。

 ゴトムを防戦一方にまで追い込んだところで、リクは足払いをかけた。


「うおぉっ!」


 ゴトムがリクの足払いによって転んで尻餅をついた。

 そしてすかさずゴトムに剣先をつきつける。


「決着だな。リク、貴様の勝ちだ」

「領主様……オ、オレ、勝てたんですか?」

「よくやった。当然の結果だがな」

「オレが勝った……やった! やったぁ!」

「大いに喜べ」


 トーガ他、人間達が盛大に拍手を送った。

 そんなリクは今までよほど褒められた経験がないのだろう。日雇いとやらの仕事でも蹴られて罵声を浴びせられたことが何度もあったと話していた。

 そんな境遇において、リクが唯一憧れたのは騎士という存在だ。

 それも酒場の仕事をしている際に大人同士が話していたのを聞いた程度で、リク自身が騎士を見たわけではない。

 見たことがないものに対して、それほど強い思いを抱けるのは他に何もなかったからだ。

 何もないからこそ、騎士という概念を知ってひたすら妄想にふけった。

 同じ人間でありながら、魔物を討伐できる力を持った騎士というものになりたいと願った。

 だからこの町で騎士団が結成されると聞いて、飛びついたのだと話していたのだ。


「リク! よくやりましたね!」

「ト、トーガ騎士団長……。領主様のおかげですよ」

「実は少し心配でしたけど、今の戦いぶりを見てよくわかりました。あなたにはこのエイクシルの騎士になる資格があります」

「エイクシルの騎士……?」

「向上心を忘れず、立ち上がる精神を持つ。領主であるテオ様が求めているものでもあります」


 トーガめ、いつの間にこの私をそこまで理解していたのだ?

 それこそが私が人間に求めているものだ。だから人間は強くなれる。

 こうして互いを励まし合えば、どこまでも迫れるのだ。たとえ邪神の喉元であろうとな。


「リク! よくやったな!」

「レイジスさん!」

「トーガ騎士団長の言う通り、何の心配もないな。お前には才能がある」

「オレに才能が……」


 レイジスを初めとして、次々と人間どもがリクを称えた。

 才能というのはいわゆる波動だろう。感じることができなくとも、見れば理解できるものだ。

 今のリクの波動は微弱ながらも刃のように鋭く、決して折れない強さを感じる。

 それに比べて、あちらはどうかな?


「ク、クソ……! 俺があんなガキに!」

「ゴトム、これが答えだ。私は弱い人間を集めたつもりはない」

「結局、俺はダメってことかよ! この年齢で昇進もできず、挙句の果てにはガキなんかに負けちまう! クソォーーー!」

「喚くなッ! 見苦しいッ!」


 私が一喝するとゴトムだけではなく、誰もが黙った。

 ゴトムは座ったまま、私を見上げている。ゴトムの鎧に指を食い込ませてから強引に持ち上げて立たせた。


「よ、よ、鎧が……ひっ!」

「嘆いて何が変わる? 言っておこう! ここに来た以上は貴様が嘆いて地に伏そうと、私が立たせる! 拒絶しようが無駄だ! 立てッ!」

「うぉっ……」

「自分の足でしっかりと立てッ!」


 怒声を浴びせるとゴドムが直立した。うむ、やればできる。


「立てたではないか」

「テ、テオ様。でも、俺はこの歳でガキに負けちまったんですよ……」

「貴様もリクと変わらん。腐らず剣を振るい続けていたからこそ、ここまで来たのだろう。ならば歩みを止めるな。そしてまずはリクを認めろ」

「リクを……」


 ゴトムがリクを一瞥した。こいつはリクが年下という理由で見下している。

 私からすればたかが二十年や三十年など誤差でしかない。

 重要なのは密度だ。短い時間の中でテオール達が私に迫ることができたのも、濃密な時を過ごしたからだろう。

 そうでなければ、人間よりも遥かに長く生きている私が負ける道理などない。


「ゴトム、貴様とてリク同様、例外ではないのだ。貴様も鍛錬をすれば更に強くなる」

「俺が? 本当ですか?」

「私が見込みのない人間を入団させるはずがない」

「……そこまで言ってくれたのはテオ様、あなたが初めてです」


 こいつもそれなりに苦労したのだろう。

 歪みがあるとすれば、こいつの素質を見抜いて正しく立たせなかった人間どもだ。

 愚かなことだが、そんな人間どもがいたおかげでいい拾いものができた。

 感謝はしないが、その見る目のなさをあざ笑っておこう。


「さすがテオ様……。あんな風に言われたら、がんばらないわけにはいかないな」

「小さいながらも、よく人を見ている」

「あのリクがあそこまで強くなったんだ! 俺だって!」


 このひと時を人間どもが成長の糧とするならば良し。ひとまずやる気は十分のようだな。

 ならば本来の目的を果たすとしよう。私もそろそろ剣術というものをやっておきたい。


「トーガ。今日は私が直々にこいつらを訓練する」

「テオ様がですか? 剣をお使いになられたんですね」

「大体覚えた。後はこいつら相手に試運転するだけだ」


 人間どもがざわついているが、まさか怖気づいたわけではあるまいな?

 剣を鞘から抜いて、人間どもに突きつけた。


「貴様ら、今日はこの私が相手だ。いつでも構わん。全力でかかってこい」

「え、い、いいんですか?」

「来い」


 戸惑ってはいるが、やる気になって最初の一人がかかってきた。

 だが遅い。剣を弾いた上に蹴りを入れると、訓練場の壁まで吹っ飛んでいく。

 ぐったりとして動かなくなった人間を見て、いよいよ怖気づいたか。


「け、蹴りで、あんなに……」

「かかってこい! 強くなりたいのならば、息継ぎなどさせん!」

「ひぃぃーーー!」


 日が沈むまで訓練に没頭するとしよう。リクのように限界まで体力を絞れば、こいつらも見えてくるものがある。

 もちろん逃げるなど論外だ。一人、また一人となぎ倒すごとに私は活力が漲る。


「いいぞ! この一撃が貴様らを強くする! ハハハハハ! フハハハハッ!」

「も、もう、む、り……」

「まだだぁーーー!」

「ぎゃあぁぁぁーーー!」


 宙に舞う人間どもが逆光に照らされた。この一撃が貴様らを高みに導く。

 そう信じて戦え。これを乗り越えた先にこそ、真の強さというものがある。

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