第21話 邪神、領主テオであり続ける

 町長はスケルトンどもに引き渡した。

 死なない程度にこき使っていいこと、逐一働きぶりを私に報告すること。使い道は任せること。

 更に働きぶりに応じて賃金を上げてやる予定だ。餌さえ与えておけば家畜は働く。人間は奮起して思わぬ成果を上げることがある。

 なんとも単純な生き物だが、扱いやすくてかわいいものだ。

 ところが気絶した町長を叩き起こしてスケルトンどもに会わせたら、また気絶しおった。


「テオ様、こいついきなり寝てるじゃないですか」

「どうにも根性が足りんと見える。その辺りも鍛えてやれ」

「あいあいさー! おい! 起きろ!」


 私が立ち去るとまた背後から悲鳴が聞こえた。

 いつまでもあんな人間に構っている暇はない。ファムリアの報告によればあと一つ、問題がある地域があった。

 ここより東に広がる草原地帯には二つの種族が住んでいるという。

 二つの種族は昔から折り合いがつかず、絶えず争いを続けていた。これだけ聞けば、またいつもの小競り合いだ。

 飽きるほど人間が繰り返した歴史であろうが、ファムリアによればどうも様子がおかしいとのことだ。


「あの辺りにはトキャ族とクード族っていう獣人が昔から住んでいるんです。仲はよくないですが、それなりに昔からうまくやっていたみたいなんですよ」

「それが最近になって争いが激化したということか? さほど珍しいことでもあるまい」

「それがですねー。なーんか魔物の気配を感じるような、感じないような……。ボクの気のせいならいいんですけどね」

「いや、お前の感知能力は当てにしている。現地に向かうぞ」

「さすが邪神様! 決断や行動がお早い!」


 今回もファムリアに続いて、エリシィを連れていく。

 こいつには色々と見聞きさせて経験を積ませなければいかん。今回は相手が魔物とは違うというのだから尚更、都合がいい。

 獣人は人間よりもマシな身体能力を持つにもかかわらず、あまり野心を持たない。

 その気になればこの領地ごと乗っ取ることも可能だというのに、奴らはどちらかというと自然と共存して過ごすことを選んでいる。

 そんな生物が争っているというのだから、確かにファムリアが言うように魔物が絡んでいるのかもしれん。

 場所はクローサステップと呼ばれる草原地帯だ。その広大な草原地帯も我が領地内なのだが、昔から獣人どもが居座っているせいで人間は住んでいないようだ。

 これでは実質、獣人どもの支配下のようなものである。

 我が領地で生きるなら相応の立ち振る舞いをしてもらわねばいかん。

 東のクローサステップが近づくと、私は目を見張った。


「こんなに広い土地を持て余していたとはな」

「でもテオ様、獣人はどちらも縄張り意識が強くて、やってきた人間を攻撃することもあるみたい」

「なんだと、エリシィ。ここは私の領地だぞ?」

「獣人には人間の領地だとか、そんなの関係ないのよ。エイクシル家がここを領地とする前から住んでいるから……」


 縄張りか。魔物の中にもそのような概念を重んじる個体がいると聞いたことがある。

 獣人のほうこそ、ここは自分達のものだと主張しているわけか。

 それはそれで面白い。支配者たる自覚をもって居座っているのであれば、ぜひともその実力を見せてもらいたいものだ。

 この広い草原を歩き続けると、心地よい風が鼻腔をつく。


「悪くない場所だな」

「えぇ、気持ちいいわ。テオ様、ここら辺でお弁当を食べましょう」

「いい判断だ」


 エリシィがランチボックスとシートを広げている傍ら、私は空気を吸った。なかなか爽快な気分だ。

 このような場所に対して私は心地よいと思ってしまった。たかが自然の環境に身を置いただけだというのに。

 これは人間としての私の体が喜んでいるということかもしれん。

 なるほど。そうであれば、こういう場所は人間どもにとっても有益ということ。

 場合によっては獣人どもを処分してでもここを手に入れて見せよう。


「邪神様! ボクも作ったんですよ!」

「これは闇の物質ではないか。食料としては向かんな」

「ファ、ファムリアさん! あれほど入れないでって言ったのにいつの間に!」


 だが何事も試さなくてはな。闇の物質を口に入れると苦みと臭気が混じり、あまりに独特の味わいが広がった。

 エリシィが作るそれとは大きくかけ離れており、あまり積極的に食されるものではないかもしれん。


「テオ様! そんなもの食べなくていいから!」

「へへーんだ! 邪神様の好みはボクがよくわかってるの!」

「邪神様、ね……」


 エリシィがランチボックスに目を落とす。そして私の目を真っ直ぐと見て、かすかに波動が立ち昇った。


「テオ様……。あなたは邪神の生まれ変わりなのよね?」

「そうだ。私はかつてバラルルルフと名乗っていた」

「……そう」

「貴様が私を討つというのであれば好きにするといい。ただし今の貴様では不可能だがな」


 エリシィは何も言わずに目を逸らした。

 かすかに波動が立ち昇ったのは、ほんの一瞬だが敵意を抱いたからだ。

 あのテオールと遜色ない波動だが、やはり今はまだ未熟。到底、私に及ぶはずもない。


「パパが言ってたわ。今にして思えば、邪神が自らの手で何かを破壊して奪ったことはほとんどなかったように思えるってね。邪神に惹かれた邪悪な魔物達が集まってきて、悪さの大半はその魔物達がやっていた。だけど邪神は自分の影響力なんて気にしなかった。それがどうにも許せなかった、と……」

「テオールは健在か?」

「うん。邪神討伐の功績が認められて、公爵の爵位を与えられてお仕事をがんばってるわ。本人は逃げたがっているけどね」

「そうか」


 テオールが健在と知って、私の中で何かが熱くなった。

 たかが人間一人に私が何かを感じてしまうとはな。だがあれはそれほどの人間だ。嫌でも認める他はない。

 エリシィがランチボックスからフォークを取り出して、卵焼きに突き刺す。


「ここにいるのはエイクシル領の領主テオ様よ。邪神はとっくの昔に討伐された。変な話をしてごめんなさい」

「貴様……」

「さ、食べましょ! ファムリアちゃんは責任とって闇の物質を処理してね!」

「んなぁーー!?」


 今のこいつの波動は実に穏やかだ。怒りや憎しみといった感情がまったくない。

 私は過去を悔いるつもりはない。今の私の中にある感情こそが正しい。

 私はこれからも何も変わらん。消えたのは私が邪神という事実のみだ。


「邪神様ァ! この黒いのマジでくっそまずいんですけどぉ!」

「貴様が生み出したものだろう。む? 何やら声がするな?」


 ファムリアを無視して、私は声がするほうを見た。

 遠くで大勢が争っているようだ。金属音と怒声が入り混じっており、衝突が激しい。


「あれはもしや獣人か。ファムリア、エリシィ。向かうぞ」

「えぇー! この黒いのはどうするんですか!」

「捨てろ」


 ランチを中断されたのは腹立たしいが、当初の目的があちらからやってきたのだ。

 我が領地でこれ以上の勝手は許さん。縄張りとやらを主張するのであれば、相応の力を誇示してもらおう。

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