2-4 寝ているときに見ている空想?

 目が眩むほどの眩しい太陽が照りつける。新緑に光る木々が揺れる。

 セミが鳴いていた。元気に駆け回る子どもの声も聞こえる。

 そんな子どもたちと同い年くらいの小さな女の子が彼らとは離れ、ひとりポツンと佇んでいた。明るい景色や空気とは不釣り合いに俯き、しゃがみ込んでいる。女の子は縁側の近くにいた。その目は何かを追っている。

 少女の視線の先には黒い線があった。線は一列に続いている。よく見ると動いているようだ。

 線の正体は蟻の行列だった。蟻たちは道を外れまいと、前を進む蟻について行く。


 一列に並んで進む蟻の進行を遮るものがあった。少女の手だ。少女は表情を変えることなく、蟻の行列に手を突っ込んだ。

 突然、障害物が現れたことに動揺を見せた蟻たちも、すぐに軌道修正を行い、進むべき道へと戻っていく。少しばかり遠回りすることも彼らの中ではよくあることなのかもしれない。


 しばらく様子を見ていた少女が、再び手を動かした。今度はすぐ近くにいた蟻を捕まえた。足をばたつかせる蟻を、顔前に置いて眺めていた少女は、空いている方の手でも蟻を持つと、それを半分に引きちぎった。

 頭の方を残し、もう片方は地面に投げ捨てる。

 再び空いた手にチャッカマンを持つ。少女には似合わない。

 少女は手慣れたようにワンプッシュで火をつけると、頭だけになった蟻にその火を近づけた。蟻は熱さから逃げるように半身を必死に動かす。力尽きるまで蟻はもがくことをやめなかった。


 最後は火の中に蟻を落とした。

 少女の顔には笑みが浮かべられていた。




 ***




 寝覚めは最悪だった。

 寝ていたはずなのに、昨日は感じなかった疲労感を覚える。


「嫌なもの見たな……」


 誰の夢だったのかもわからない。少女視点だったのだろうが、見覚えはなかった。微かに誰かの面影を見たような気はしたが、はっきりとはわからない。

 横を見れば、やはりというべきか、バクが渉の布団に潜り込んでいる。


「もはや、ここは佐々木さんの寝所でもあるよな」


 このバクはよく眠る。とはいえ他のバクのことは知らないし、バクの生態についても詳しくないのでわからないが、比較対象がなくともよく眠っているように思う。

 散歩に行くか、ご飯を食べるか、もしくは眠っているか。飼われている動物は大体そうなのかもしれないが。遊んでくれ、と構われに来ないところが異なる点だろうか。

 遊んでくれとはいわないが、夜中勝手に寝床に潜り込んでくる。渉が布団に入る頃にはいないのに、必ず眠っている間に入り込む。それを狙っているのかどうかはバクのみぞ知る。


 寝覚めの悪いときは必ずと言っていいほど、六夏の方が先に起きてきていた。部屋を出た瞬間にコーヒーの香りが鼻を掠めるので、姿を見ずともわかる。

 リビングの扉を開け、挨拶をすると、六夏は神妙な面持ちで渉を見た。


「朝食の前に、ピョン吉くんの顔色が悪い理由について聞かせてもらおうか」


 何でもお見通しな六夏に、渉は話すのを躊躇った。

 話したくないというわけではない。依頼に関係があるかどうかもわからない、誰の夢かもわからない話をしても何の意味もないと思ったからだ。

 そうはいっても、話せという六夏を前に話さないという選択肢はない。拒否権も黙秘権も、六夏には通用しない。

 渉は今朝見た奇妙な夢のことを話した。


「それは何とも言えないね」


 聞き終わったあと、六夏は珍しく険しい顔をした。


「内容自体ひどいものでしたし、それを小さな子どもが行っているというのが何とも……無邪気さの一端なのか、いやそもそも夢の中でくらいその人の好きにしてもいいのかもしれませんけど……」

「ピョン吉くんは夢の定義って説明できる?」

「夢の定義、ですか?」


 突然の質問に、すぐには答えが出ない。

 少し考えて、渉はゆっくり口を開いた。


「寝ているときに見ている空想、とかですかね?」

「なるほど。じゃあ、ピョン吉くんは夢と現実の区別ははっきりつくタイプ? そもそも自分の夢を見たことあるのかな? 他者の夢を見ているとなると、そこは完全に現実とは切り離せるものなのかな?」


 六夏は時々——いや、頻繁にこちらが困るような質問をすることがある。

 答えを知っている、もしくはそちらの方が詳しいのではないかと思うことを訊いてくる。

 もともと他者の夢を見ているのだと渉に伝えたのは六夏なのだから、その辺の詳しい条件のようなものも六夏の方が知っているのではないのか——他者の夢を見る条件などを訊いてきたこともあったので、渉のような存在について完全に知っているわけではないのかもしれない。ただ、自分の夢を見たことがあるのかという問いに対しても、渉は答えを持ち合わせていない。

 それでも何も答えないという選択肢を選ばせてはもらえないので、必死に頭を絞る。


「深く考えたことはありませんが……夢と現実は完全に違ってますね。他者の夢だからということもあるのかもしれませんが、夢の中での自分の立ち位置は必ず傍観者ですし」

「うんうん、なるほどね。それはピョン吉くんだから可能なことだ。でも実際、夢と現実の区別がつかないことはよくあることなんだ。例えば、鳥のように空を飛んでいる夢を見たとする。夢の中で自分は鳥になったつもりでいる。目が覚めたとき、どちらが現実なのか区別がつかなくなるんだ。鳥になった夢を見ていたのか、今現在人間になった夢を見ているのかわからなくなるんだ。そして、先ほどまで自由に飛べていたことがそのまま現実に持ち込まれ、現実世界で飛び立とうとすることも」


 渉は息を呑んだ。そのあとに続く現象を想像するだけで目を閉じたくなる。


「そして何より、夢の定義は科学者の中でもまだはっきりとはしていない。色々な定義を科学者ごとに提示しているという段階みたいだよ。つまり言いたいことは、夢か現実かわからないまま、夢で見たことを現実世界でしてしまうなんてこともあるから、一概に夢だから大丈夫とも言えないんだよ」

「前の依頼者が見ていた歯が抜ける夢と、どことなく似てますね」

「確かにね。現実との曖昧な境界線については同じだね」

「夢ってあんまり深く考えたことなかったですけど、結構現実にも影響するんですね」

「ピョン吉くんは夢占いの本とか見たことない?」

「ないですね。他者の夢だったからかもしれませんけど、自分には関係ないってちょっと離れたところから見てたのかもしれないです。無意識でしたけど」


 同じ質問を聞き返そうとして、渉は言葉を飲み込んだ。

 前に六夏は夢を見ないと言っていた。夢を見ない人には、夢占いというものには無縁だろう。

 六夏が夢を見えることができないとしても、夢占いというものを信じるとは思えなかったが。

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