第一話 はじめての寝台列車

 1月16日(月曜日) PM9:10


 夜行列車に乗るために、私は出発の地である東京駅へとやって来ていた。さすが大都会東京の名を関する駅だけあって、九時過ぎだというのに人の波がすごい。私の実家は田舎と言うほどさびれてはいないけど、最寄り駅は夜九時ともなれば降りる人もまばらだ。


「さて、出発時刻までまだあるし、駅弁でも買おうかな」


 この夜行列車には食堂や売店のようなものはなく、飲食物が欲しければ自分で持ち込む必要がある。晩ご飯は普通に食べてきたけど、明日の朝食用の駅弁を購入しようと思っていたのだ。高松に付くのは七時過ぎになるみたいだし。


(明日の朝には瀬戸大橋から海を眺めつつ、駅弁を楽しむ。……完璧じゃない?)

【↑🔷そう上手くいくものかな?】


 えーっと……たしかこっちのほうに駅弁売ってる店が集まってような。駅構内をブラつき朧気な記憶を辿って土産物やお弁当を売っているお店に辿り着く。さあ駅弁、駅弁っと。


「………?」


 あれ、なんか少なくない? 前見たときはもっと多くのお弁当が売られてたと思うんだけど、いま見ると種類も数も少なく、ショーケースにまばらにしか置いていない。そんなバカなと思って向かい側にあるもう一つの店にも入ってみたけど、こっちもさらに数が少なかった。これって、もしかして……。


(もしかして、駅弁って夜はほとんど売り切れちゃうものなの!?)


 まあたしかに夜九時以降に駅弁を買いに来る人なんてそんなにいないだろうけど、でもこういうものなの? 経験がないからわからない。種類も少ないため購入するかどうか迷っている間にも、残り少ないお弁当がドンドンとはけていってしまう。


(こうなったら! 向かいにあったお高めの牛タン弁当! あれを買おう!)

【↑🔷急げナトリン】


 そう思って向かいの店に戻ると、最後の一個となっていた牛タン弁当を手にしているカップルの姿があった。ああ、ダメか……と思っていたら、男性のほうが持っていた弁当を戻した。買うかどうか迷っていたらしい。私はその戻された弁当の前に立つ。ただ、すぐに手を出すのは溜められていた。


 アレなウイルスが流行ったり、不衛生な迷惑行為が動画で拡散されているご時世からいって、他人が長時間触っていたのを見ると手を出しづらい。……でも、これを買い逃すとお弁当ナシになりそうだしなぁ。そんな風に迷っていたら、横から伸びた手がサッとそのお弁当を奪っていった。


 見ると、さっき購入を諦めた男性が再びお弁当を手に取ってカゴに入れたのだった。……私が買うか迷っている姿を見て、やっぱり惜しくなって買うというわけなの? 私は空っぽになったショーケースを見ながら溜息を吐いた。


(……もういいや。朝はうどん県でうどん食べよう)


 私はその店で残っていた生ハムとチーズのお摘まみを買い、キオスクで度数の低いお酒とカフェオレを一本ずつ買った。こうなら車内で晩酌したる。あんまりお酒は飲めないほうなんだけど。そんなことを思いながら、私はサンライズ瀬戸が到着する9番線へと向かった。新幹線と違って特別なホームとかはないんだね。


「あ、電光掲示板があらぶってる」


 見上げた先にあった電光掲示板には『サンライズ瀬戸 高松行き』の文字……かと思えば、それはすぐに切り替わり『サンライズ出雲 出雲行き』に切り替わり、またすぐに『サンライズ瀬戸 高松行き』に切り替わり……を繰り返している。スマホで調べてみるとどうやらサンライズ号は岡山で切り離してそれぞれの場所へと向かうらしい。つまり……。


「サンライズ号は出雲と瀬戸のシンメトリカルドッキングした姿! サンライズだけに!」

【↑☆たしかに勇者王はサンライズだけどわかりにくい!】


 そんなバカなことを考えながら電車を待つ。……あ、そうだ。ポチポチっと。


ナトリン💣:旅に出ます。探さないでください


 数少ない友達にメッセージを送る。すると既読はすぐにつき……。


さっち🔷:ナトリン、大丈夫? なにかあった?

さっち🔷:私もミーくんもいつでも話聞くよ

さっち🔷:だから絶対、早まっちゃダメだからね!


 と、矢継ぎ早に返信が来た。……あれ、これって心配されてる? 私は目まぐるしく行き先が切り替わる電光掲示板をパシャッと撮影して、写真をメッセージに添付する。


ナトリン💣:本当に旅行に出るだけだから心配しないで


 そうコメントすると、またすぐに返信が来た。


さっち🔷:なんだ、心配したよ

さっち🔷:旅行。楽しんできてね


 さっちゃん、優しい。ホント好き。

【↑☆やさしくしてくれる人にチョロい女子】


 そんなやりとりをしている間に、構内のアナウンスが列車がやってくることを告げていた。すると写真を撮ろうとしているのか、黄色い線の内側からカメラを構えている人たちの姿が。私もホームに入ってきた戦闘が丸っこい列車をスマホで撮影する。いまからこれに乗るんだよね。


「えっと……私の車両は……」


 キップを取り出して見てみるとどうやら真ん中のあたりらしい。停車した列車の横を歩いて行くけどなかなかたどり着けない。こうしてみると新幹線並みに長い列車だよね。そうして目的の車両へとたどり着いたんだけど、準備中のようですぐには入れなかった。そうしてしばらく待っていると、扉横の行き先表示が高松になり扉が開いた。


 もう入って良さそうなので、乗車してみると1階と2階へそれぞれ向かう短い階段があった。私はBシングルの二階部屋なので階段を上り、左右に並んだ客室の中から自分の部屋番号を探す。


(……ここかな?)


 番号の部屋を見つけて中に入ると、そこは扇方にカーブしていて見晴らしの良い窓と、部屋のほとんどをうめるベッド(靴を脱ぐ場所以外ほぼベッド)のある部屋だった。なんというか、本当に寝るか座ってるかするための部屋という感じだ。


(学生のころ、体調悪いとき寝に行ってた保健室のベッドみたい)

【↑☆ヒッドイ感想だ】


 一先ずバックパックを置き、靴を脱いでベッドに膝歩きで座る。小柄の私でも立ったら頭をぶつけるくらいせまいけど、座って足を伸ばせば広々としたスペースに感じる。広い窓からは外のホームの景色がハッキリと見える。こっちからこんなに見えているということは、向こうからも私のことが見えているのだろうか?


(まるでペットショップで売られている子犬みたいな気分)

【↑🔷ヒッドイ感想だPERT2】


 すると車内放送で『車掌による乗車券の確認があります』『車両によって車掌が来るまで時間がかかる場合があります』みたいなことを言っていた。……そう言えば、まだ乗車券の確認されてなかったっけ。車掌さんに会わなければならないなら、まだ上着とかを脱ぐわけにもいかないか。暖房きいてて室内は暖かいので、寝るときは肌着だけになるだろうけど、外からも見えてしまいそうなのでベッドにチョコンと座って待つ。


 あ、キオスクで買った生ハムチーズのお摘まみとほろ酔いできる程度のお酒は出して窓辺に置いておこう。そのとき、スマホにメッセージが届いていた。ミーくんからだ。


ミナト☆:ちゃんとメシ食ってるか?

ミナト☆:実家から食料品が大量に届いた。お裾分けに行っていいか?


 私の数少ない(さっちゃん以外では唯一の)友達であるミーくんからだった。気を抜けば炊事が疎かになってしまう私を心配して、よく差し入れをしてくれる。ホント、さっちゃんにしろミーくんにしろ、私にはもったない友達だ。


ナトリン💣:いま旅行に行くとこだから受け取れない。でも、ありがとうね


 そうメッセージを送ると、返信がすぐに来た。


ミナト☆:え、あのナトリが? 旅行?

ミナト☆:家族かサチが一緒なのか?


 だいぶ混乱しているのか「!?」マークの付いたスタンプが連投されている。


ナトリン💣:一人旅。夜行列車で

ミナト☆:マジで!? なにかあったのか?

ナトリン💣:……さっちゃんといい、なんでなにかあったと思うの?


 私が一人旅に出るってそんなに驚くことだろうか? ……驚くことかも。なにせバリバリの文系で、インドア派だったからなぁ。二人が心配するのも無理ないか。


ミナト☆:ごめんごめん。楽しい旅になるといいな

ナトリン💣:うん


 スマホを閉じると、出発を告げるアナウンスが流れた。車掌さんが来るよりも発車するほうが先のようだ。発車ベルがなり、ガコッという軋みと共に列車が動き出した。大きい窓の外の景色が流れていく。私の乗った車両がホームを出たとき、窓に間の抜けた自分の顔が映った。外より部屋のほうが明るくなったため、窓が部屋の中を映したのだ。


(あ、じゃあ……)


 私はスイッチを操作して部屋の灯りを消してみた。途端に窓は透明になり外の真っ暗な景色と、その中でも輝く都会のビル群という光景を映し出している。メトロポリスって言葉が頭に浮かぶ。東京駅ならなんども来たことあるけど、寝台列車の中で見る光景は格別だった。闇の中で散らばる光が流れていくその光景はまさにSF。もっと言えば……。


(あれだ。999)


 メーテルと一緒にメガロポリス中央ステーションを旅立つテツローの気分だ。私はスマホのミュージックで検索して、ささきいさお様の歌う『銀河鉄道999』を掛けてみる。魅惑の低音ボイスで歌われる、銀河の旅人の歌。めっちゃ浸れる。


(『時間は夢を裏切らない。だから夢も時間を裏切ってはならない』)


 昔に読んだ『銀河鉄道999』の中で、一番印象に残っている言葉だ(劇場版を含めるならハーロックの『負けるとわかっていても戦わなければならないときがある』とかも好きだけど)。夢に費やした時間は必ず夢の実現のために力を貸してくれる、だから費やした時間を裏切って諦めたりせず、必死に夢を掴んでみせろ……という意味だと私は解釈している。


 ともすれば無駄な時間を過ごしてしまったんじゃないかと思いがちな私にとって、背中を押してくれる言葉だった。遠回りしようが、たまに躓いたり間違えたりしようが、必死にあがいた時間は無駄じゃなかったんだって思えるから。この順番だから意味があるんだよ。この順番だから価値があるんだよ。


(マッ○ーはそこらへんがわかってないんだよねぇ~)

【↑☆なにさまだ】


 しばらくささきいさお様とゴダイゴ様の歌う999の曲を聴きながら、闇夜の景色を眺める。そして買っておいたお酒を飲みながら、生ハムチーズのお摘まみを摘まむ。


(何コレ!? めっちゃ美味っ)


 駅弁も買えず小腹が空いていたってこともあるけど、生ハムのおつまみは思っていたより美味しかった。


(これは良い旅の始まりなんじゃないかな……)


 動く列車の中、ベッドの上、999の曲を聴きながらお酒とおつまみを楽しむ。眠くなったらこのままコテンと横になって、寝てしまっても構わない。……最&高。


(フフフ……フフフフフ)

【↑🔷心の中で気持ち悪い笑いをしている】


(コンコンッ)『失礼します』

「ぴゃっ!?」


 浸っていたら、不意に扉を叩かれた。え、なに!?


『乗車券の拝見にうかがいました。扉を開けて確認させて下さい』

(あ、そういえばまだ乗車券の確認がまだだったっけ)


 私は部屋の灯りを付けると、扉を開けた。外には車掌さんが立っていて「乗車券を出してください」と言われたので慌てて差し出す。すると車掌さんは乗車券にポンと判子を押して返してくれた。


「ご協力ありがとうございました」


 車掌さんに挨拶され、私は扉を閉めてロックした。ふう……これであとは目的地まで乗ってれば良いんだよね。もう一度電気を消し、窓の外を見る。いまは……大体川崎か横浜あたりかな。夜景は見えているけど東京駅付近と比べれば暗闇って感じだ。もう少し都会から離れれば星空も見えるだろうか?


 お酒もおつまみも少ししかなかったので、もうなくなってしまった。明日からの旅に備えて、今日はもう寝てしまってもいいかもしれない。


(そういえば……シャワー券がどうのとか言ってたっけ)


 アナウンスでシャワー室を使うには券が必要だとかなんだとか。一瞬買おうかともおもったんだけど、まあ出掛ける前にお風呂には入ったしべつにいいかと思ったのだ。私はベッドに横になると毛布を被る。


(明日はもううどん県。目が覚めれば……きっと……)


 段々とうとうとしてきた私は、ゆっくりと眠りに落ちて……。


 ガタコンッ「っ!?」


 ……落ちていくことができなかった。電車が思いっきり左右に揺れているのだ。


(え、なに!? 寝台列車ってこんなに揺れるの!?)


 おかしい。学生だったころの下校中の電車の中とか、座席に着けたら寝落ちしないように気を付けててもうっかり寝落ちしちゃってたのに、なぜかいまは眠れない。眠気はある。もう夜遅いしお酒もほろよい一本だけだけど飲んだため、瞼は重くなっている。しかし左右に身体を大きく揺すられると、意識は覚醒してしまう。


 ガタゴトと強い揺れが断続的に襲う。乗り物酔いする人は辛いだろう。幸い私は乗り物酔いはあまり経験したことがない。家族旅行に行った先で潮流体験をしたときでさえ、船酔いに苦しむお母さんを横目にケロッとしていたほどだ。実際にいまも酔いのような感覚はない。ただ眠れないだけだ。眠い目と眠れない頭。


(座ってたら眠くなるのに、寝転がってたら寝られないってどういうこと!?)


 時刻は……夜の十時半を過ぎたくらいか。この時間、普段ならゲームのオンラインプレイをしている時間だし、二人も起きているはず。


ナトリン💣:寝台列車なのに寝られない!

ミナト☆:なんだ急に?

さっち🔷:なにかあったの?


 二人からの返信はすぐに来た。私はいまの状況を簡潔に説明して、なんでこんなに揺れるのかを尋ねてみた。するとミーくんが「乗ったことないから確かなことは言えないけど……」と前置きをしてから、


ミナト☆:二階だからってのもあるんじゃないか? ほら地震のときって高層マンションの上のほうが下より大きく揺れるって言うだろ? 電車が傾いているわけだから、地面から遠い分だけ揺れ幅も大きくなるはず


 ……と書き込んだ。なるほど、説得力がある。


さっち🔷:あと寝っ転がってるか座ってるかの違いもあるんじゃないかな? 電車で居眠りしてるときってせいぜいお尻と足裏、あと背中の一部くらいしか揺れる車両に接してないし。寝っ転がってると背中面全体で揺れを感じることになっちゃうし


 さっちゃんもそう書き込んできた。これもまた説得力のある意見だ。私は身体を起こして見る。……あ、たしかに寝てるときよりは揺れが気にならないかも(それでもかなり揺れてるけど)。う~ん……景色が良いからって二階個室にしたのは失敗だったかなぁ。どうしよう……このままじゃ目的地まで寝られないかも。


さっち🔷:眠れなかったら目をつぶってるだけでも疲れはとれるって聞いたよ? 旅行前とかで興奮して眠れないとき、ママが言ってた

ミナト☆:まあ寝られてない気がしても、合間合間でちょいちょい寝てるってこともあるしな。寝なきゃってプレッシャーで寝られないくらいなら、べつに寝なくてもいいかくらいの気持ちでいるほうがいいと思うぞ


 二人は親身になってアドバイスをくれた。やさしい。我が心の友よ。


ナトリン💣:そうする。ありがとね


 そうメッセージを送って私はスマホを閉じた。私は再び電気を消して横になる。やっぱり揺れが気になって眠れそうにない。でも、さっちゃんから目をつむっているだけでも疲れは取れるという話を聞いて少し気持ちが楽になった。このまま目をつむっていればいずれ眠れるかも……うっ。


 ピカッ(カンカンカン………)


 赤く眩しい光に思わず目を開ける。どうやら踏切を通過したらしい。そうか……新幹線とは違って在来線の線路を使ってるのだから、踏切とかもあるのか。見晴らしの良い大きな窓は踏切のランプの光もよく通してしまうようだ。踏切がこんなに眩しかったなんて初めて知ったよ。私はカーテンを閉めようとして、ふと空を見上げた。


「あっ……」


 見上げた夜空には多くの星が輝いていた。東京だと金星くらいしかハッキリ見えないのに、ちゃんと絵に描いたような星空が見えている。どうやらいつの間にか列車は静岡に入っていたらしい。


(綺麗だなぁ……まさに銀河鉄道じゃん。なんて)


 そんなことを考えていたら、


 ピカッ(カンカンカン………)

「うっ……」


 また踏切の眩しい光に目をやられる。目が、目がああ。私はちょっともったいないと思いながらカーテンを閉めた。真っ暗になった部屋。重い瞼を閉じる。揺れは相変わらずで眠れそうにないけど、私はじっと目を閉じながらある決意を固めていた。


(次、乗る機会があったら、絶対に一階にする!)


 こうして私は旅行0、5日目の長い夜を過ごすこととなった。

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