放課後イセカイ探索部~美少女転校生にシナリオをぶっ壊された件~

坂道

クローズド・シナリオ / ドアの開け方

「キミ、ちょっとキミ。生きてる?」


 聞きなれぬ声に導かれるままにゆっくりと目を開いた俺は、突然飛び込んできた光に思わず目を細めた。薄目越しにぼんやりと女性の姿が見える。声の主は彼女なのだろうか。


「よかった。死体じゃなかった」

 黒髪の女性は、天気予報を見たときぐらいのテンションでそう言った。今日、雨じゃなくてよかった。例えるなら、そんなテンションだ。

 目の前にいたのは、美しい肖像画のような人だった。外見から判断すると、高校生か大学生くらいの年齢だろう。彼女の格好はブランドのロゴが入ったボアジャケットにデニムパンツ。そして、彼女には不釣り合いな武骨なデザインの大きなリュックサックを背負っている。

 彼女はじっと俺を見つめていた。彼女の目を見ていると、その目の中の深海のような暗闇に吸い込まれてしまうのではないかと錯覚してしまう。


 その視線から逃げるように、俺は辺りを見回した。俺がいるのは、真っ白な壁に囲まれた四角い部屋だった。部屋には四方に白いドアがある。そのうちの1つには、『出入口』と書かれていた。それ以外は何もない殺風景な部屋だ。部屋にいるのは俺と目の前の女性の2人だけ。

「......しないと出られない部屋?」

 寝起きと状況で気が動転しているせいで、俺は思い浮かべていたことをそのまま口に出してしまう。

「何か言った?」

「いや、別に」

 俺の言葉は彼女には聞こえていなかったようだ。よかった。初対面の女性に不適切な発言をする危険人物には、ならずに済んだ。

 

 俺は身体を起こし、自分の存在を確認するように呼吸をした。いったん落ち着こう。この部屋は明らかに俺の部屋じゃないし、目の前にいる女性のことも記憶にはない。

「あの、すいません。ここがどこかわかりますか?」

 俺は彼女にそう問いかけた。

「アノじゃないよ。鏡ヶ原かがみがはら高校2年生、巡坂めぐりざかほしクン。私は森林木しんりんぎ和可わか

 森林木と名乗る女性に見覚えはなかったが、彼女はなぜか俺の学年と名前を知っていた。

「もしかして、どこかで会ったことありますか?」

「ううん」

 彼女はそう言うと、俺に1枚のカードを見せてきた。


鏡ヶ原高等学校2年生 巡坂星


 それは明らかに俺の生徒証だった。顔写真の中の俺は凶悪犯のような人相でこっちを睨みつけている。いや、別に俺が普段から悪人面をしているってわけじゃない。記憶によると、この写真を撮った日は寝不足だったんだ。

「ごめんね。キミが寝てる間に勝手に調べてたんだ」

 彼女は財布に生徒証を戻し、俺に手渡した。

 明らかに俺の財布だ。寝ている人の財布を勝手にあさるなよ。


「森林木さんは、ここがどこかわかりますか?」

「ううん」

 森林木は首を横に振る。

「森林木さんも、気が付いたらここにいたんですか?」

「ああ、ごめん。言葉が足りなかったね。私が言いたいのは、座標とか住所みたいなキミに位置を教えてあげられる情報はわからないってことだ」

 寝ぼけた頭のフル回転では、彼女の言葉の意味を理解することはできなかった。


「私はあそこから入ってきたんだ」

森林木はそう言って頭上を指差した。見上げると天井のパネルが1枚だけ外れていた。

「私がここに入ってきたときに、キミはそこの床で死んだように寝てたよ」

 この部屋で寝ていた?

 俺は昨日の一日を思い返してみたが、今の状況を説明できそうな出来事はなかった。起床、通学、帰宅。いつも通りの毎日を過ごし、ベッドに入ったはずだ。

 しかし、俺は見知らぬ部屋にいる。服装も寝るときに着ていたのはジャージだったはずだが、今は制服を着ている。俺はなぜここにいるのか。その理由を俺は知らなかった。


 夢を見ているのかと思い、自分の頬をつねってみたが何も起きない。

 淡い期待を抱いて、もう一度自分の頬をつねったが同じだった。ジンジンと痛む頬は、この状況が現実であるという事実を身に染みて理解させてくれるだけだ。

「えい」

 森林木が俺の頬をつねった。突然近寄ってきた彼女に驚き、俺は思わず後ずさる。

「ごめんね。二度もつねってたから、頬をつねられるのが好きな人かと思って」

 そんな人がいてたまるか。森林木につねられた方の頬は、自分でつねった方の頬よりもずっと痛かった。


「あ......」

 『握力強いですね』と言いかけて思いとどまる。初対面の女性の容姿のことを言うのはマナー違反だが、握力のことを言うのはマナー違反すぎて死刑レベルに罪が重い。それが許されるのは、ゴリラ同士のお見合いぐらいだ。

「あ、ありがとうございます」

 俺はとっさに適当な言葉を口に出す。

「それはどうも?」

 森林木は怪訝けげんな顔でこちらを見ている。

 結局、初対面の女性に頬をつねられてお礼をする危険人物になり下がってしまった。


 とりあえず、これが現実だということがわかった。ならば、可能性として高いのは......。

「俺、もしかして誘拐されてます?」

 俺の言葉を聞いた森林木は、突然くすくすと笑い出した。

「面白いね、キミ」

「冗談で言ったわけではないんですが」

「口調が軽いから、ジョークなのかと思ったよ。誘拐されたなら、もっと被害者面した方がいいんじゃない?」

「被害者面ってのは、本当は被害者じゃない人がさも被害者のように振舞うことですよ。俺は本当に被害にあってますから」

「そうだったんだ。じゃあ、後方彼氏面は?」

「それは、アイドルのライブで意味深にうなずいたりしているファンのことです。当然、本当の彼氏ではありません」

「悪人面をしてるキャラクターは」

「最初は敵ですが、だいたい途中から味方になります」

「仏頂面をしてる人は」

「もちろん、仏頂尊ぶっちょうそんではありません」

 初対面の人となんてやり取りをしているんだ俺は。

 俺はいつも仏頂面をしている生徒指導の先生を思い浮かべた。願わくは、彼が仏様のような慈悲の心を持ってくれますように。


 とりあえず、俺は目の前にいる変わった女性、森林木和可に全てを伝えることにした。俺が昨日はいつも通りの1日を過ごしていたこと、自分のベッドで寝たはずが目覚めたらこの部屋にいたことを。

「なるほど、そして起きたらここだったと」

「そうなんです」

「なぜキミがこの部屋にいたのか、ね」

「もしかして、心当たりがあるんですか?」

「キミになければないよ」

「『そこになければないです』みたいに言われても困りますよ。ちゃんとバックヤードも見に行ってください」

「うわあ。クレーマーみたいなこと言うね、キミ」


 森林木は視線を宙に向けて『心当たり』を考え始めた。

「そうだ、デスゲームとかはどう?アナウンスが流れてきて、『キミたちには今からゲームに参加してもらいます』ってね」

 確かに。最近見た映画でもここと同じような部屋で、二人が殺し合いをさせられていた。

 デスゲームと言われて思い浮かぶのは、ワインを飲みながらモニター越しに俺を見て笑っている主催者のことだ。きっと「人間の本性が見たい」とかバカげたこと言ってるんだろうな。

 俺は無性に腹が立ち、存在しないカメラに向かって中指を立てた。ファック・ユー。


「変わってるね、キミ」

「こんな変な状況に置かれたせいです」

「カメレオンみたいだね」

「そういえば、森林木さんはここに『入ってきた』って言ってましたよね」

「そうだったね」

「なら、デスゲームはないと思います。本来ここにいるのは、俺一人みたいですし」

「確かにね。でも、ひとり焼肉だってあるし、ひとりデスゲームもあるかも」

「ソリティアでもさせられるんですかね?」

 参加者も退屈だが、それを見ている主催者もかなり退屈そうだ。


 森林木はまた視線を宙に向けて考え始めたが、すぐに諦めて口を開いた。

「とりあえず、突然意味不明な部屋に来て困ってるってことでいい?」

「要約すれば、そういうことです」

「それなら、利害は一致してるね。私も早くこの部屋から出たいと思ってる」

 森林木はそう言って部屋のドアを指さした。

 

 どのドアも何の変哲もない白のドアだった。俺は『出入口』と書かれたドアのドアノブに手をかけるが、鍵がかかっているようでドアは開かない。ドアノブの横には0から9までの数字のキーが設置されており、そこで8桁の暗証番号を入力しなければドアは開かないようだ。

 俺は数字のキーで「00000000」と入力してみた。しかし、電子ロックは不正解を告げる間の抜けた電子音を鳴らすだけで、開く気配を見せなかった。

 暗証番号を初期設定のままにしているデスゲーム主催者はさすがにいないか。


「鍵がかかってます」

「みたいだね」

 俺は大げさに肩をすくめて見せたが、森林木はあっさりした反応しか見せない。俺が寝ている間に、電子ロックのことなど確認済みなのだろう。


 これは困ったことになった。昔、スマホのロックを総当たりで開けようとしたことがあるが、4桁の暗証番号でさえ半日かかった。8桁の暗証番号だとその一万倍の時間がかかる。総当たりで探せば、白骨化コースまっしぐらだろう。

「何かヒントでもあれば......」

 数字のキーをじっと見つめてみたが、暗証番号のヒントになりそうなものは何もない。例えば、特定のキーに汚れがあれば、たくさんの人がそのキーに触れて手あかがついている、つまり、暗証番号にそのキーの数字が含まれていることがわかる。しかし、数字のキーは新品同様で、ヒントになりそうなものはなにもなかった。


 俺はそれ以外のドアも見てみることにした。今見ていたドアの隣のドアを試してみると、ドアはあっけなく開いた。

「あ、そっちは危ないよ」

 森林木はそう忠告した時には、もう遅かった。

 俺が踏み出した先には何もなかった。行く当てのない片足はむなしく落ちていく。バランスを崩しそうになる体を、反射的にドアを掴んで支えた。

 ドアの先には暗闇が広がっていた。上下左右どの方向を見ても何も見えない。ここに落ちた時のことが鮮明に思い浮かび、背筋に悪寒が走った。

「鍵が開いているドアは全部同じだったよ。どこにもつながっていなかった」

 森林木は無感情な声でそう言った。

 それを先に言ってくれよ。俺は死と隣り合わせの状況にいることを実感し、ぐっと気持ちを引き締めた。

 

 他の方法を考えよう。俺は森林木が入ってきたという天井の外されたパネルを見たが、天井までは高すぎて二人がかりでも届きそうにない。


 俺はしばらく辺りを調べていたが、脱出の手がかりになりそうなものは何もなかった。

 サレンダー。お手上げだと言わんばかりの表情で、俺は森林木を見る。


 森林木はリュックサックをおろして、中から荷物を取り出していた。

「危ないから、ちょっと離れててね」

「危ないって、何が......」

 森林木がそう言って取り出したのは、長さは俺の肩から指先くらいある金属の棒だ。そう、称するなら『バールのようなもの』!推理小説の中で『被害者はバールのようなもので殴られて』と言われるやつだ。まさに、命を刈り取る形をして......

 いない。あれは釘を抜き取る形をしている。その片方の先端は、てこの原理を利用して釘を抜くことができるように直角に曲がっていた。これは『バールのようなもの』ではなく普通の『バール』だ!


「それで何を?」

「何って、ドアを開けるの。危ないから、離れててね」

 俺は森林木の言う通りにドアから数歩離れた。


 確かに、バールならドアをこじ開けられるかもしれない。バールは狭い隙間に差し込んで力をかけることができるように先端が平たくなっている。そのため、車上荒らしが車のドアを開けるために使うこともあるそうだ。バールをドアの隙間に差し込んで、てこの原理を利用して力をかければ、きっとドアは開くだろう。

「力仕事なら俺の方が......」

 そう言って、俺は森林木に後ろから声をかける。ドアをこじ開けるなら、見るからに華奢きゃしゃな森林木より俺の方が適任だろう。


 その瞬間、俺は戦慄せんりつした。

 森林木は両腕を思い切り振り上げると、バールを勢いよくドアに打ち付けた。火花が散り、重たい金属同士が衝突する音が部屋に響く。


「え......?」

 突然の出来事に驚いた俺の口からは、言葉にならない声しか出てこなかった。

 森林木はもう一度、野球選手さながらのバッティングフォームでバールを振り抜いた。もう一度、さらにもう一度。まるでルーチンワークでも片づけるように、彼女は平静な様子でそれを繰り返していく。息一つ乱さずに。

 俺はただその場に立ち尽くして、その光景を見ていた。


 森林木和可。この女は異常だ。


 その衝突音を数十回は聞いた頃だろうか。森林木はバールを片づけ、リュックサックからドライバーを取り出した。ドアに取り付けられていた電子ロックは見る影もなくなり、グロテスクに内部の構造を露出させていた。

 森林木が電子ロックがあった部分に慣れた手つきで細工をすると、ドアからはすぐに鍵の開く音がした。そして、彼女はこちらを振り返った。


「さあ、巡坂クン。先に進もうか」


 彼女は口元に少し笑みを浮かべて、そう言ったのだった。

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